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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第30話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 17

 キサラは、魔法を放って錯乱状態に陥ったシエラを力ずくで背負って古城から飛び出した。城は、シエラの放った超高エネルギー魔法によって崩壊が始まっていた。どうやら土台となる柱を破壊してしまったらしく、尖塔やら壁の煉瓦やらが上空から隕石の如く降り注いだ。

「まずい!」

 全速力で走った。崩れ行く城から少しでも離れるために。だが目の前にも瓦礫が降り注ぎ、地面に突き刺さる。当たるか当たらないか、もはや運の問題であった。少しでも降り注ぐ瓦礫に当たらないようにするため、鬱蒼と茂る森の中に突っ込む。足元は絡みつくようなツタ状の植物が生い茂り、行く手を阻んだ。

 木に衝突しそうになりながらも、研ぎ澄まされた反射神経で障害物を避けながら猛進する。先に逃げた二人は何処に居るのか分からない。だが生きてさえいれば合流できる。そんな根拠の無い自信がキサラの頭にはあった。

(まさか、こいつがソーラーフレアを放つなんてな――)

 自警団では対魔法使いのための講義も受けている。そのためキサラは、魔法にどのような種類があるのかは一通り分かっていた。攻撃に用いる力は、いわゆる自然の力を増幅して具現化するものが多いのだが、その中でも操るのが難しいものもあるようだ。いわゆる『聖なるもの』。浄化の光を増幅して全てを殲滅せし力。

 その中でも太陽の如き超高エネルギーを放つ『ソーラーフレア』は人間には到底扱いきれるものではない力であり、下手をすれば術師自身も自らの放った高エネルギーによって蒸発しかねない危険な魔法であった。これをまともに扱えるのは魔に長けた種族だけ。その中でも一部。最も魔力に秀で、そして死をも恐れない無謀とも思える精神が伴ってこそ放てる究極威力の魔法。それをレッサーエルフィールであるシエラが放てたのは、彼女が強い心を持っているという裏づけでもある。

「わっ!」

 考え事をしながら走るキサラの足が滑った。雨で地面がぬかるんでいる。空中で足がもつれ、転倒して激しく転がる。背負っていたシエラをも投げ出し、運悪く崖を転がり落ちた。そして――。



 キサラの身体を何かが揺さぶっている。朦朧とする意識の中、目を開けるとサッと岩の陰に隠れる人物の残像が見えた。

「あぁ、痛ってぇ……」

 後頭部を摩りながら起き上がると、キサラの目には視界がブレて映った。意識もまだ朦朧とし、一体何が起きていたのかさっぱり理解できていない。

 森の中のようだ。恐らく崖の上から転落してその真下だろう。完全に森が闇の中ではないことからそんなに時間は経っていないように感じられた。首を上に傾けても崖の上は鬱蒼と茂った森のせいで全く見えない。

(さっき、何かがいたような)

 視線を水平に戻し、辺りを探る。岩の陰に何やら人の姿らしきものが確認できる。頭隠して尻隠さず、と言った所か。文字通り形の良い尻が岩陰からはみ出している。

「……出て来い」

 全て分かっている、といった様子でキサラは岩陰の人物に対して声を掛けた。恐る恐る出てきたのは、シエラ・エタートルだった。彼女は気まずそうな雰囲気を出しながらキサラと視線を合わせないでいる。

「何で隠れる必要がある」

 だがシエラは答えない。一刻も早くこの場から逃げ出したいような雰囲気を漂わせていた。キサラは一つ溜息をつき、立ち上がってシエラに近寄った。

「ほれ、何でもいいから話せ」

 するとシエラは重い口を開いた。視線は合わせずに。

「あんた、怒んないの?」

 シエラの口調は、叱られる事を恐れる子供のようであった。それも無理は無いだろう。国宝を盗み出した犯人な上、こんな余計な捜索までさせた張本人であるのだから。

「怒るのも馬鹿馬鹿しい。俺は、お前の口から真意を聞きたいだけだ。一体お前は何なんだ。何のためにオーブを盗み出し、こんな事を起こした?」

 またもシエラは口をつぐむ。岩を背後にし、文字通り追い詰められたように縮こまった。癖なのだろうか、ショートの金髪を右手でこねくり回す。

「……セルリアンオーブは奴に、アルタイルに奪われてしまった。早く取り戻して修復しないと、取り返しの付かない事になる。セント・ベルクラント公国の狂獣が復活しちまう」

 すると、シエラはホットパンツの右ポケットをまさぐった。確かに何かが入っている事は目視で確認できる。恐らくポケットに入っているのはカーネリアンオーブ。タナトス王国の所有していたオーブだ。

「それ、返せよ」

「やだ」

 二つ返事で拒否する。キサラの視線が険しくなる。

「一体お前の目的は何だ! なぜ、そうしてまで頑なに事情を話さない。協力できる事があるならするさ。そしてお前が何か良からぬ事を企んでいるなら止めてやる。話してくれなければ何も分からないんだぞ」

「……復讐」

 シエラは小さな声で言い放った。

「なんてね」

 彼女の表情は実に穏やかなものであった。まるで恋人に笑い話を語って聞かせるような。それゆえに空恐ろしさが感じられ、キサラはたじろいだ。

「お前、もしかして」

 キサラの考えは一つの答えを導き出した。

「全てのオーブを集めて回ろうとか、考えているのか?」

 やはり答えない。流し目をし、視線を合わせずにただただ沈黙を守っていた。それは全てのしがらみを受け入れ、その上で世界をも許さないといった妥協しないココロが垣間見えた。

「わたしは悪魔になる。地獄に堕ちたっていい。許せない人達がいる、ただそれだけの事」

「俺は、お前に悪魔になんかなってほしくない」

「もう遅いよ。戻れない」

 どこか達観した瞳。強い意志が感じられた。ただそれは、プラスではなくマイナスへと向かう黒い炎。足を突っ込んだら戻れない闇の世界。

「いいや、戻れる。まだ今のお前なら」

 それでも、シエラは視線を合わせなかった。笑顔は戻らない。

「わたしの中には既に悪魔がいる。悪魔は時々、わたしの身体を乗っ取っては苦しめる。逆らったら悪魔に殺される。だから、わたしはもう……」

 シエラの瞳には涙らしきものが浮かんでいた。

「ごめん、オーブは返せない。盗んでいるのはみんなを苦しめるためじゃない。わたし自身を解放するため。そして、この世界を本当の意味で救うため」

「……訳がわかんねえっつの。要するにオーブを盗んでいるのは個人的な理由なんだろ? そいつが無いとますます世界の崩壊が促進されるんだぞ。分かってるのか」

 答えなかった。無言の間が、理解しているという事を悟らせるには十分であった。

「それでも、わたしは……」

 それだけ何かしら大きな目的がある事は分かった。それでも、シエラを野放しにするわけにはいかない。これから先、ますます被害が増えていくだろう。

「全てのオーブを集める。それが、五年前からの目的だった。生を全て投げ打ってでも、この願望だけは捨てられない……」

「そうか。なら俺は、これ以上被害が広まらないようにお前がオーブを集めるのを阻止しなきゃならないな」

「保守的な考えじゃ、この世界はいずれ近い将来滅びるよ。そうしたいわけ?」

「お前の考えは理解できない。ましてや詳しい説明も無いわけだからな」

 口をつぐむシエラ。

「……勝手にすればいいよ。でも、わたしは目的の達成のためなら手段を選ばない」

 事実上の敵対宣言のようにも取れた。どうやらカーネリアンオーブを返す気も無いらしい。今の体力的に弱った状態でシエラとやり合ったなら確実に殺されるであろう事は目に見えている。

 彼女の魔力は想像以上に強大だ。聖なる属性をも使いこなす力は、それだけで力量の違いを示している。

「ん、おい、お前のポケット何か光ってるぞ」

 気付くと、シエラのホットパンツから淡い赤の光が輝いていた。手を突っ込み、確認する。確かに何かに共鳴するかのように光を放っていた。

「カーネリアンオーブが、光ってる……」

「まさか、何かに共鳴しているのか? この近くに違うオーブが――」

「いえ、違う。これは……」

 キサラの脳裏を嫌な予感が過ぎる。生理的に受け付けない、肌がむず痒くなるような感覚。それは一定置きにキサラを襲った。オーブが何か信号のようなものを発している。もしこれが、『良くない事』のサインであれば。

「ベルクラント公国……大丈夫なのか?」

 この離れた土地では分からなかった。それでも、カーネリアンオーブの光は収まらない。それどころか眩くなっている。一定の間隔で心臓の鼓動のように明滅し、薄闇の森の中で光を発する。

「頼む、一緒に付いて来てくれ。俺は港町まで戻る。何か嫌な予感がするんだ」

 シエラは渋るような顔をしていたが、数秒考えた後に小さくうなずいた。

「わかった」

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