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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第29話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 16

「うぁぅ……。あぁっ」

 突然の叫びにキサラの足は止まった。続けて武器の打ち合いをしている二人も足を止める。

「ちょっと、どうすればいいの」

 発狂したように小刻みに声を上げるシエラの様子を見ながら、セシルはあたふたを繰り返すしかなかった。そして一定間隔で心の臓が時を刻むように、薄闇の中で目に見えるほどの空間を歪ませる禍々しい魔力が溢れ出していた。景色が一瞬ブレては戻り、それを繰り返した。

「気持ち悪い、なにこの魔力の波。強すぎる」

 セシルも思わず四つん這いになり、その溢れる魔から逃げる。腰を抜かしたように脂汗を拭きながら息を荒げた。その内、強い怪音波のようなうねりが城の中を駆け巡り、そこにいた人間達の頭を激しく揺さぶった。波動は壁に反射し、更に強く共鳴しながら嵐の如く吹き荒ぶ。あまりに強い音で壁が軋みを上げ、崩れる煉瓦もあった。

「まずい、覚醒してしまったか! こうなったら――」

 あまりに強烈な魔力は、魔の力に長けているものほど敏感に感じる。この場に居る者の中ではセシルとアルタイルがもろに受け、頭を抑えていた。

 リィンも影響を受けていた。矛槍を持つ両手が鈍い。気分の悪そうな顔をしながら立っている。アルタイルに至ってはもはや倒れそうであった。

「持っているであろう魔力源だけはいただく!」

 駆けた。巨体に似合わぬ素早さでシエラへと近寄る。だが至近距離に近づくと魔力の波は更に強力になり、シエラの叫びと連動して定期的にうねり込んだ。

「やらせるか!」

 そんな中、キサラが同じく走った。だが他の者とは違い、ほぼ影響を受けていない全力疾走であった。アルタイルは負けじと脂汗を額に浮かばせながらシエラの身体をまさぐっていた。狙いはポケット。ホットパンツの両のポケットが妙に膨らんでいる。恐らくここだと判断したのだろう。

「持っているはずだ――恐らく」

 女を乱暴しようとしているわけではないが、そう見えてもおかしくない構図ではあった。乱暴にポケットに手を突っ込むと、アルタイル自身も襲い来る魔力の波に白目を剥いて呻きながらある物をつかんだ。

「あったぞ――ハハハハ」

「置いていきやがれ!」

 キサラが剣をアルタイルの首筋めがけて一気に突き刺しにかかる。だが一足先にアルタイルは飛び退り、荒い鼻息と共に左手を掲げた。そこには薄闇の中でも星のように青く輝く拳大の宝石が握られていた。それを手にしたアルタイルの瞳は子供のように無邪気であり、同時に狂気的な光を宿していた。まるで宝石に心を奪われでもしてしまったような。

「一つだけだが、もらっていくとしよう。今日の所はこれで我慢する。だが、もう一つも後日いただく」

「ふざけるな、一つとして持ってゆかせるわけにはいかない」

 走り込み、セルリアンオーブを手にした左手を斬り落とさんとばかりに剣を振り抜く。だが右手一本で扱う巨大な剣に阻まれ、攻撃は当たらない。

「バカでかい剣持ちやがって」

「攻撃と防御を兼ね備えた武器だ。素晴らしいだろう」

 やはり力量は並大抵ではない。だが今の状況ではキサラの方が有利ではある。魔力ゼロのキサラにはシエラの叫びと連動している魔力がほとんど感じられていない。唯一まともに動けた。アルタイルもそれを察知したのかもしれない。

「駄目だ、持たない。この場に居ると頭が割れる――」

 アルタイルは両手剣を引き、逃げる体勢を取った。この場に留まり続けるのは戦況的にも良くないと判断したのだろう。だが諦めたわけではないはずだ。割れるように頭が揺さぶられている状況で、影響の無いキサラに脳天をかち割られたらひとたまりもないであろうからだ。

「また会おう!」

 左手のオーブを素早く懐に仕舞い、代わりに出したのは拳大の球体のような物体だった。それを床に向かって投げつけると、激しい白煙を当たりに撒き散らした。

「な、何だこりゃ。てめぇっ」

 煙幕に遮られ、その場にいた誰もが激しく咳き込む。訳も分からず涙と鼻水があふれ出てきて、顔はぐちゃぐちゃになった。

「ごほっ、一体何なのだこの煙は……」

「唐辛子の粉でも目に入れたみたいだぜ」

 そして白煙の中、シエラの叫びは更に上がっていった。

「もうやだ、助けて! あぁ」

「一体何なんだよ、シエラお前! 訳が分かんねぇっつの」

 次第に煙は薄くなり、姿が確認できた。セシルは魔力をもろに受けて壁際でグロッキーになっている。かろうじて動けるリィンと共に、シエラの様子を見た。

 彼女の様子は一人でパニックに陥っているようであった。横向きで横たわったまま、激しい呼吸と共に目を見開いている。

「たすけ、て……」

 見えない何かに手を伸ばすようにして、シエラは直後に気を失った。

「おい、どうした」

 肩を揺さぶるも、まるで死んでしまったのではないかというくらいに反応が無かった。ただ、首筋の脈は生きている。訳が分からず、二人は顔を見合わせる。

「一体何なのだ、この女は。嫌な予感しかしない――」

 不吉だと言わんばかりにリィンは嫌悪感を示した。だがすぐに、その予感は現実のものとなった。

「げほっ」

 突然、一つ大きな咳をしながらシエラは目を開けたのだった。これには二人も驚愕し、一瞬たじろぐ。

「うわぁあ!」

 がばっと身体を起こし、キサラの両肩をつかんでがくがくと揺さぶった。口を開けたまま、事態を把握できずにキサラは狼狽する。

「お、落ち着けシエラ! 俺だ、分かるか」

「あぁ、わぁあ!」

 その目は何かとてつもなく恐ろしいものでも見たように恐怖で引きつっており、明らかに正気を失っていた。揺さぶっている相手が誰だかも分かっていないように。

「やめるんだ、いい加減にしないか」

 引き離そうとするも、リィンの腕は振り払われた。同時にキサラの身体をも突き飛ばし、飛び起きる。

「助けて。もうわたしを一人にしないで!」

 両手を天井に向け、耳を劈かんとばかりにはちきれた絶叫を上げる。巨大な魔力が両腕から放出され、辺りはどこからともなく強烈な突風が起きる。床に散乱していたゴミも全てシエラを中心に放射状に吹き飛ばされた。一瞬で目が乾きそうな風を防ぐため、顔を手で覆う。

「被害妄想なのか? だが、それにしてはあまりにも――」

 そう。本当にシエラの瞳にはこれ以上無い恐怖が浮かんでいる。

「ヤバイぞおい、リィン。セシルを担いで逃げる準備しろ! 嫌がられても問答無用だ」

 キサラはこの後起きるであろう大惨事を予期した。声色は焦り始めている。

「わ、分かった! 潰されるよりはマシであるな」

 恐らくリィンも察知したのであろう。壁際でグロッキーになっているセシルは無抵抗であった。

「先に走れ! 俺はシエラを担いでいく」

 そうこうしている内に、シエラの両腕の先から闇を殲滅せし死の光が伸びた。まるであのロードオブバーミリオンがエクスプロードを放った時のような超音波に似た耳鳴りが聞こえる。それは天井に向けて伸びた。

「まさか、ソーラーフレアか!」

 シエラの周りには光の柱が立ち上り、強烈な風を纏って近づけない。光が眩しすぎて、目もまともに開けられなかった。

「あぁあっ!」

 巨大な光線状の光の刃が放たれ、そして――全ての景色が消えた。

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