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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第28話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 15

「お前、何があった」

 映ったシルエットはまさしくシエラ・エタートルだった。だが腕や足数箇所に痛々しい擦り傷や火傷のような怪我を負い、フラフラの足取りであった。金糸のような髪も煤け、ボサボサになっている。服も泥だらけであった。

 キサラの問いには答えない。だが彼の姿を捉えたシエラの瞳は、一瞬だが生気を取り戻したように光が灯る。

「げほっ……」

 方向の定まらないつま先が躓き、前のめりに倒れ込む。起き上がる気力も残っていない彼女を、キサラは立ち上がって抱え込んだ。顔を覗き込むと、体力を使い果たしたかのようにぐったりとしていた。顔は青く、生気が感じられない。

「どうしたんだ、何でこんな所にいる」

 シエラは両目を瞑りながら肩で大きく息をしていた。苦悶の表情からして、だいぶ体力を消耗しているようだ。答える余裕さえ無い。

「この女がオーブ泥棒であるのだな。見るのは初めてであるが、とても世界中盗んで回るようには見えない――。我々と歳もあまり変わらないようではないか」

 リィンの想像の中ではもっと図体のでかい大女であったのだろうか。

「人は見かけによらないのよ。この子、部落種族らしいし。ほら、耳が長いでしょ」

「だから、部落種族なんて言うなっての」

 セシルに怒鳴りつける。一瞬たじろぎ、身を引いた。バツが悪そうに、面白くなさそうな表情を浮かべてシエラの額へと掌を当てる。小さく魔法を唱えると、腕からやさしい光がシエラの身体に吸い込まれるようにして流れていった。

「都合良く傷を治す魔法は無いけど、代わりに身体を温める魔法をかけたから。これで傷の治りも早くなるでしょ」

 回復の魔法などという都合の良い物は無い。だが、身体を適温に温める事で血液の循環を良くし、新陳代謝を促す効果のある健康促進魔法なら存在する。元々は肥満解消のためにダイエット目的で生み出された日常魔法らしい。そのため、急激に身体が温まって発汗が高まる。まさに今、腕の中でシエラの額にうっすらと汗が滲み出てきている。早速効いてきているようだ。

「あったかい……」

 呟く。花のつぼみのような唇が小さく言葉を紡ぐ。目は開けないが、先ほどより容態は落ち着き始めた。

「さぁ、話は済んだかな。彼女を渡してもらおう。もちろん、持っているであろう魔力源ごと。研究のし甲斐がありそうだ」

 落ち着き払ったアルタイルが、有無を言わせない低い声を賭けてきた。一歩一歩、両手剣を右手に握り締めながら重い脚鋼を踏み締め近づく。一歩寄るたびに、キサラの表情には脂汗が浮いてゆく。

「駄目だ、渡せねえ」

 確かに泥棒である。国の存亡がかかっている宝を盗んだ。だが、キサラはそんな彼女を庇う。理由があるはずなのだ。彼だけは気付いている。何かシエラが隠している事を。

「キサラ、そんな泥棒女などオーブだけをいただいて渡してしまえばいい。我々の国にとって必要なのはオーブだけだ」

「いや、それだけじゃ駄目なんだ。こいつからは真意を聞き出さないといけない」

「違うでしょ。単に貴方がシエラを気に入ってるだけで」

 明らかな悪意の篭った言葉が投げかけられる。セシルの瞳には明らかに侮蔑と嫉妬に似たものがあった。味方からも非難され、キサラは唇を噛む。

 立場の危うくなったキサラは、我武者羅に声を荒げた。

「うるせぇ。コイツは訳ありなんだ。事情も聞かない内に女の一人守る事を放棄するなんて、俺は出来ねえよ」

「まぁ八方美人だこと。私知ってるんだから。この前までアリエル王女に実るはずのない片思いしてたくせに、もう乗り換えたの? 随分と手が早いじゃない」

「何だと」

 二人とも口論になり、泥沼になりかけた。少々引いた様子でリィンは仲裁に入る。

「止めないか。今がどういう状況なのかは分かっているだろう」

 双方の肩を両手で引き離す。全ての原因はキサラの腕の中に居るシエラにある。当の本人は恐らく意識がほぼ無い状態であるが。

「っけ」

 悪態を付いて顔を背ける。反対にセシルも、言い過ぎた事を全く反省する様子も見せない。

「そろそろ仲間内での痴話喧嘩もいい加減にしてくれ。さぁ、その女を渡してもらおう」

「駄目だ」

「ならば仕方ない」

 強情を張るキサラを見限ったのか、静観していたアルタイルは牙を剥いた。両手剣を構えると、大柄な体躯に息苦しいほどのオーラが宿った。それは今まで押し殺していたもの。戦いの時にのみ相手に向けられる純粋な殺意。まるで猛獣と草食動物。

「両腕を落とされるくらいは覚悟してもらおう」

 中途半端な武器では近寄る事すらままならない射程範囲。人の身長と等しいほどの長さの剣。あれが全力で振り下ろされた時には、命は無いものと思って違いないだろう。それが今まさに突っ込んでくる。

「全く、仕方のない分からず屋だなキサラは!」

 さすがのリィンも呆れた様子で矛槍を構えた。

「私は支援しないわよ。戦うなら好きにやって頂戴」

「勝手にしろ」

 床にシエラをゆっくりと寝かせ、自身も剣を抜く。どうやら双方引く気は無いようであった。

「では、行くぞ。敵に回した事を後悔するのだな」

 アルタイルが剣を構えて突っ込んできた。横一直線に振り抜く。空気ごと全てを切断せし凶刃が闇の中を疾駆する。だが大振りのため、姿勢を低くすると見事に空振りした。

「リィン、奴の攻撃は直線的だ。良く見切れば避けられる」

「分かった!」

 だが不利なのは視界が狭い事であった。暗闇のため、明かりが乏しい。加えて、相手の攻撃範囲はこちらの二倍ほどある。

「さすがだな、見切るか。だが、これはどうだ」

 体勢を立て直して素早く何かを唱える。攻撃魔法だ。

「食らうがいい!」

 サンダーボルト。小規模の静電気のようなものが大気中に発生し、キサラの身体を一瞬怯ませた。そこに斬りかかる。

「まずい!」

 そこに相手の武器を打ち払ったのはリィンだった。大振りのスィングが両手剣にかち当たり、火花を散らす。大きく怯んだ所に追撃を加えようと矛槍を薙いだ。

「うぅ」

 激しい打ち合いのさなか、寝ているシエラが呻きを発した。戦いを傍観しているセシルは逸早くそれに気付く。

「うぁっ……もうやめて、おじいちゃ」

 肩で息をし、呼吸が荒くなる。

「ちょっとキサラ、シエラの様子が!」

「んあ、何だ? それどころじゃねえっての」

 シエラの目はかっと見開き、焦点が定まらないでいた。

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