第27話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 14
「そのためにこいつを造ったのだ。よく出来ているだろう、人工生命体だ」
と、あまりの話の突拍子の無さに空いた口が塞がらない状態になっている三人。これまた彼らの想像を遥かに超えた答えが返ってきた。人工生命体など、恐らく初めて耳にした言葉であっただろう。だが呆気に取られているその状態から、意味は理解できているはずであった。言葉の端々から。
つまり人間が作った命。生まれてきたのではなく、造った。目の前の襲い掛かってきたこのベガという男は、人間に造られた生命体だというのだ。普通の人間ならば信じないであろう。
「アルタイル様、早くご命令を。貴方の言葉一つで、俺はこいつらもろとも城ごと吹き飛ばしてみせます」
するとアルタイルはベガの頭を軽く小突いた。遥かに高い身長故、一瞬見せたその威圧感は普通の人間の比ではなかった。それを見たキサラでさえもたじろいでいた。
「という困った奴でね。ようやく完成した記念すべきホムンクルス第一号なのだが、何しろ好戦的な性格をしていて暴れると手が付けられない。主である私以外の言う事も聞かないといった融通の利かなさもある。今回ベガに与えている命令が『魔力源を確保』。そのために手段は選ばない、それがベガのやり方だ。分かったかな」
「分かったかな、と言われてもな」
話し振りからして、目の前のアルタイルという人物が決して彼らに敵意を持っているわけではない。あくまでも命令を与えられたホムンクルスが暴走した結果襲い掛かってしまっただけの事だった。
「危ないから破棄したほうがいいんじゃないのか、そのホムンなんとかっての」
「確かに最初は危険視されたがね。だが、これはこれで使い道がある」
ベガの肩をぽんと叩くその姿は、気前の良い上司といった様子であった。主に触れられるのが嬉しいのか、忠誠するような仕草を見せる。本当に、この男の前でだけは大人しいようであった。
「要するに、危ない時の捨て駒に出来るってわけなのね」
冷たく言い放つセシル。非情なようであるが的を射た答えに、アルタイルは小さく笑った。
「ズバリと言う子だね。聡明だ」
恐らく異性として見てはいないだろう。社交辞令だ。アルタイルの目はもっと遠くを見ている。
「最初の話に戻るけど、例の魔力源を確保されたら困るんだよな。俺達の目的もまさにそれだからさぁ」
「奇遇だね」
と言うにはあまりに出来すぎている話。キサラの表情に笑みが戻る事は無い。
「確保ってのがどの辺りまでなのを言うのか知りたいもんだな。魔力を放出している『物』か。それを持っている『人』もろともか」
「後者だね」
「そうかよ」
落ちた声でぶっきらぼうに答える。ちらと向けた横目に映ったのは、大穴の開いた壁。外は恐らく谷底だ。止まない雨、深い霧が立ち込める中に揺れる針葉樹の森がうっすらと見える。落ちたらひとたまりもあるまい。普通の人間ならば致死に値する高さである。
「なら、譲れねえよ」
駆けた。キサラの足が湿った床を蹴る。咄嗟の行動にその場に居た誰もが息を呑み、瞬きをしている間に事態は変わった。
「キサラ、何をする気だ」
リィンが止める間もなく、一気にベガとの間合いを詰める。剣も何も抜いていない。素手でベガの襟首をつかみ掛かった。
「あばよ!」
力ではない。技でベガを上段から投げ飛ばす。宙に放られ、一気に谷底めがけて軽い身体が舞い落ちた。普通の人間よりも遥かに軽い体重。受身を取る余裕も無いまま、大穴から投げ出される。
「おのれ、死ね!」
空気の流れには逆らえない。咄嗟に落ちながら放ったベガの魔法はすぐには効果が現れなかった。断末魔のようなどこか人間とは違うトーンの声を上げながら、ベガは落下していった。
「シエラを渡すわけにはいかないんだよ」
「キサラ、落ち着いて!」
セシルの声は届いていない。それどころか一人で突っ走り始めるキサラには何を言っても無駄であった。
ベガを放り投げた勢いでキサラは壁に向かって宙を飛んでいた。足裏を壁に水平に当てて蹴り、反対方向へと思い切り飛び退る。
「帰るのは、お前らの方だ!」
上空からの急襲。剣を抜き、アルタイルの頭をかち割ろうと振り下ろした。案の定手にした両手剣を掲げられ、火花を散らした。キサラの手に痺れが走る。
「お前らに何も渡すわけにいかねえ。俺達の大切な物を」
「まだまだ、だ」
アルタイルは口元に笑みを浮かべ、子供と大人ほどもある身長差のキサラを見下ろした。全力を込めるも、もやしのような細さの鋼鉄の剣では歯が立たない。
「まぁ、ベガは死んでいない。あぁ見えてホムンクルスは丈夫だからね。それよりも奴が最後に放った魔法――」
まだ発動はしていない。何を放ったのか見当も付かないが。
「魔法が発動しない内に、目標を確保するとしよう」
「駄目だ。それだけはさせねえ」
「引っ込んでいろ!」
剣を押し返され、キサラは突風に吹かれたように後方に倒れ込んだ。二人が駆け寄り、キサラを引っ張って引き離した。アルタイルは剣を降ろし、言い放つ。
「君がどれだけ魔力源が大切なのかは知らないが、私の仕事はソレの回収だ。邪魔しないでもらおう。これもアルデバランのためだ。別に君達の命を取る事はしない。早急に母国へと帰るがいい」
「そういうわけにはいかねえんだよ。お前達に回収されたら、俺らの国は滅びるかもしれないんだぞ。譲れねえ物があるんだ」
「ふむ、そうか」
その時、遥か背後から水の滴るような音がしてきた。良く聞くと足踏みのようで、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。幽霊などとは違う、現実の生命の匂いがする。だがその足踏みは軽くない。重く暗い物が一歩一歩地を踏みしめるようにして、歩み寄ってくる。
皆は息をするのも少々忘れるほど、音に集中した。ランタンを奥の方へと向けると、何かのシルエットが暗闇にぼやりと映った。その足取りはどこかおぼつかなく、不規則であった。
「おじい……ちゃ……」
確かにはっきりとそう聞こえた。ひたひたと湿った靴音は、すぐ後ろにまで迫った。ランタンを持ち、それを垣間見たセシルは口をぱくつかせている。
「キサラ、確認して。あの子がそうなの?」
振り返るのが躊躇われた。何か恐ろしい物を網膜に焼き付けてしまいそうであった。
「シエラ、か?」
足音が止まった。同時にキサラは振り向く。そこにはあの時とは別人のような姿をした女が暗闇の中に呆然と立ち尽くしていた。