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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第26話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 13

 恐ろしく冷たい声色をした一人の男の声が静かに降りかかった。動いたら頭は吹き飛ばされる。そんな無言の圧力をキサラはひしひしと感じた。

「ゴミの片付けご苦労だな。もうお前達は大人しく帰れ」

「ちょっと、キサラを放しなさいよ。貴方、何なの」

 言い寄ろうとするセシルに向かっても、男の空いたもう片方の掌が向けられる。そこには巨大な魔力の奔流が渦巻いており、その気なら一瞬で消し炭にでも出来るといった力が垣間見えた。少しでも魔法の世界をかじった事のある者ならすぐにでも分かる力の差。今まともにやり合った所でこの男に勝てる者はこの場には居ないだろう。

「お前達に名乗る必要は無いだろうに」

 温度の感じられない機械的な抑揚の無い声だった。男の身体は灰色を基調としたローブに包まれており、その服には端から端までびっしりと呪い(まじない)の文様が刻まれていた。それが集まり、全体で一つの揺らめく炎のような模様を象っている。身長はキサラより少々高いくらいで、中肉中背であった。長く伸ばした漆黒の髪はオールバックであり、後ろで一つに縛ってあった。おとぎ話か何かの中では、こういった髪の長くて身長の高い男はクールで二枚目と相場が決まっているが、目の前の男は顔だけ見れば大した事はない。細長く骨っぽいライン。目付きが異様に鋭く、そしてどろりとしており、クマの張った瞼のせいで一層威圧感を与える顔付きとなっている。

 だがその両手から発せられている魔の力は強大であった。手を後頭部に押し付けられているキサラには、普通の人間とは思えない禍々しさをも感じる。言うなれば鋭い刃物を首筋に押し付けられているようである。何か気に障る事があれば一瞬で喉元は掻き切られるだろう。

「なら、名乗らなくとも良い。だがキサラにそれ以上危害を加えようとしたら許さぬぞ」

 出会ったばかりであったなら、こんな言葉はリィンの口から出る事は無かったであろう。矛槍を構え、威嚇する。先ほどセシルにかけてもらった補助の効果がまだ続いている。今なら小枝の如く振り回せるだろう。

「その槍は……」

「あぁ、とりあえずさ」

 キサラは呟いた。この場の誰もが男の力に禍々しさを覚え、下手に動く事も出来ないというのに、今にも頭を吹っ飛ばされそうな状態のキサラは普段と変わらない調子で男に話しかけていた。

「お前が誰なのかなんて俺にはどうでもいいし、かわいい女でもねぇから名前なんざ別に聞きたかねぇよ。つぅか言うな、声がキモイ。お前がすげぇ魔力持ってるんだなってのは分かったよ。お前だって、こんな腐れた古城にわざわざ自分の魔力自慢しに来たわけじゃねえんだろ。他に理由があるんだろうからさ。別に俺、お前と戦ってどうこうするとかそんな気はねぇから。戦うだけ体力と時間の無駄だし」

 あっけらかんとした声色、大胆不敵な発言。熱血リーダーであればここで男の挑発に乗ってしまうかもしれないが、キサラは少々ドライすぎた。男はあまりの態度に少々黙ってしまい、キサラの舌は更に追撃をかけた。

「名乗る必要は無いっててめぇから言ったんだぜ。悔しいからって今更名乗るなよ? ダセェから」

「……殺すぞ」

 男の表情は変わらないが、その声には怒気が含まれていた。けなされた事に対して純粋に怒りを含んでいるのが見えていた。恐らく本人は結構なナルシストなのだろう。

「壊されたいか、このようにな!」

 左手を宙に掲げると、一瞬で放出された細い光線状の魔力エネルギーが天井のシャンデリアを貫通し、床に叩き落された。割れたガラスの破片が四方に飛散し、やがて再びの静寂が辺りを支配した。

「お前もこうなり――」「隙あり!」

 キサラの右の肘鉄が男の脇腹を抉った。鈍い音がし、男は脇腹を抱えて右手を下げた。

「馬鹿め、死ぬのはお前の方だったな。名も無き三流野郎」

 間を空けず一気に剣を振り下ろす。油断が敗因となった男の脳天をかち割るかと思えたその時、何者かの力によって剣は受け止められた。

「すまないね、私の部下が迷惑をかけたようだ」

 闇の中から空間を割って、キサラと男の間にまた別の男が揺らめいて出現した。手にした巨大な両手剣でキサラの剣を防ぎ、勢いを殺す。

「誰だ!」

「説明しよう。だから、互いに一旦剣を収めようではないか」

 空間移動の魔法だろう。ここまで高度なものを扱える人間は珍しい。特一級クラスの能力の持ち主だ。新しく現れた男は黒い鎧に身を包んだ気品のある風体であった。刈り上げた金髪に、巨大な体躯。そこから発せられる懐の深さを感じる。剣を一瞬合わせただけでもキサラには感じられた。この人物は強い、という事が。

(なんて巨大な剣だ。こんなのを扱う人間がいるのか)

 並大抵の力量では扱えない重量、長さを持つ武器。もはや斬るよりも叩き潰す事を目的に振り回す物であった。それを軽々と担ぎ、振り回し、そして笑う余裕のある者。それを考えただけで類稀なる力の持ち主である事は間違いないだろう。

「分かった。俺も剣を収める」

 男性の表情からは、その直後に斬りかかってくるようなモラルのなさは感じられなかった。鞘に剣を収めると、男性もまた両手剣を降ろした。

「私はアルデバラン聖皇国神官将『アルタイル・ブリースツ』。で、こっちは私の部下である『ベガ・ワルーシャ』という。ベガが君達に突然襲い掛かったみたいで、すまなかったね」

「いや、襲い掛かってきたけどヘタレだったからな……」

 アルタイルの後ろで小さくなっている。

「で、ベガが君達に襲い掛かってしまった理由を話そう」

 全く深刻そうな声をしていない。まるで関係が無いといったようだった。

「この付近に、とてつもなく強力な魔力が留まっているのを確認してね。確かめるためにやって来たのだ」

「確かめてどうする」

 素早い突っ込みにも返してくる。

「決まっているだろう? 確保する」

 キサラの眉間には皺が寄った。ギリッと歯を軋ませる。それでもアルタイルは余裕の表情を崩さなかった。

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