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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第21話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 8

 キサラは背中を蹴飛ばした。だが完全に寝入ってしまっているらしく、寝息はいびきに変わっている。鎧の背にキサラの足の裏の泥がこびり付くが、深い睡眠から浮かび上がらせるには一撃では足りなかった。

「起きろってんだよ! お前置いてかれてもいいのか。身包み剥がされちまうぞ」

「ち、父上ぇ……やめてください。その人は……」

 寝言を漏らすリィン。その口振りと顔付きは何だか深刻なものであったが、所詮夢で見ている出来事であるので無視する。ちっとも起きる気配が無いので首根っこをつかんだ。気道を絞めるほどに捻り込む。さすがのお坊ちゃんもたまらず飛び起きた。激しく咳き込み、テントの隣まで聞こえてしまうほどであった。

「くはぁっ! 何をする、殺す気か」

「放っておいたら本当に殺されるがな」

 それを聞きつけた商家の夫婦も飛び起き、何事かというようにテントをめくってきた。寝巻き姿の夫婦は、どうやら事を何も知らない様子であった。やはり盗賊団と繋がっていたのは息子だけであるようだ。

 時間が無かったので、セシルは事の次第をかいつまんで説明した。夫婦は顔面蒼白になって「何で息子がそんな事を……」というように顔を見つめ合わせた。

「その話、本当なのね。貴方達」

「そうです。良く見てくださいこの姿。私、このままじゃ本当に丸裸にされる所だったんだから」

 キサラの耳元に呟きかけるリィン。

「……意外といい体をしている」

 鼻の下を擦っているリィンを殴り飛ばすセシル。

「殴るよ」

「殴ってから言うな」

「ボソボソ言ってるけどちゃんと聞こえてるの!」

 寝起き早々、左の頬を殴られて赤くなる。泡を吹いて伸びているリィンに少々哀れみを感じたのか、キサラは同情にも似た声色でリィンを突っついて起こした。

「女の拳も意外と効くものだな」

 どこか幸せそうな表情。

「お前、ムッツリかよ! キャラに合わねぇなぁ」

「い、いやそんな事は断じて無い。ただ、その……悪くない」

 ビクッとし、露出した肌を隠すように手で体を覆えるだけ覆う。

「うわ、変態。気をつけなきゃ」

 代わって商家のおばさんが口を開く。

「盗賊団の事なんだけど。実を言うと、私達は常に脅える立場なのよ。彼ら盗賊団はこのキャラバン隊を護衛しているのではなくて、食糧を無限供給してもらう目的で寄生しているようなものなの。ここまで大所帯になるとそんなに襲われる事自体が無いから、本来は護衛なんて立派なものはほぼ必要無いくらいなのよ。でも彼らは危害を加えられたくなければ食糧をよこせ、言うとおりにしろ、といった身勝手な理由で付いてきているの」

 おばさんの表情は深刻であった。この一見何の変哲も無いキャラバン隊にそんな事情があるなどと部外者は分からない。キャラバンは商人が集まって出来た隊であるため、暴力で何百にも上る盗賊団に対抗できるような力は無い。キャラバン隊が生き残るためには従うしかなかったのである。それでも日頃からいさかいは絶えないようであった。

 盗賊団は暴力に物を言わせてやりたい放題であり、きちんと物資を分けているにも拘らずそれだけで飽き足らない者が問題を起こしていた。過剰に食糧を奪いに走ったり、若い女子供を連れ去って嬲ったりなどが度々起こっているらしい。若い男性はこの商家の息子のように、仲間に引き込まれて一緒に悪さするようになってしまったり、若い女性の中には乱暴されて盗賊団員の子を産んでしまった娘もいるという。逃げ出さなければセシルも同じ末路を辿ってしまったのだろうか。

 この盗賊団が居付くようになったのはもう五年以上も前の事らしい。まるで大きな寄生虫そのもの。それも害虫。一方的に被害を受けていても、ろくな抵抗も出来ない。最終的に暴力は論理に敵わない。これに嫌気が差して、キャラバン隊を抜けていった家族も多いようである。

「とにかく今は時間が無い、俺達は逃げます。このままここに居るのは良くない。あなた方も一緒に被害を受けてしまう」

「分かりました。息子は後で私達が何とか説得します。元々偶然でここに立ち寄った貴方達がこんな目に遭ってしまって、本当に申し訳ないのだけれど。私達だけならば襲われる心配は無いでしょう。早くお逃げなさい」

 外が何やら騒がしくなってきた。どうやらすぐそこまで盗賊団の連中が迫っているらしい。声の数からして数人というわけではあるまい。少なくとも十人以上の人間が近づいてきている。テントの布越しに外が明るくなるのが分かる。どうやら松明で闇を照らしているらしい。このままでは逃げるのも間に合わなくなる。三人は軽く挨拶を済ませると、テントの裏に向かって外に出て行った。

「寒……っ!」

 服をビリビリに破かれたセシルは、軽く身を震わせていた。その間もずっと走りっぱなしである。寝静まったキャラバンのテント群をなるだけ音を立てずに駆け抜ける。キサラは何の変哲も無い軽装備なので問題無かった。だがやはり走るペースが上がらないのは身を震わせているセシルと、鎧に矛槍を担いだ重装備のリィン。

「もう少し頑張れ! とりあえず奴らのテリトリーから離れるんだ」

 夜が明けるまではまだ半日ほどある。低い気温も相まって、太陽が昇るまでこの状態で居るのは過酷であろう。恐らく身が持たないので、何とかして体を休める方法を考えなくてはならない。

「ちょっと、もう少しゆっくり走って。さっきから、力が入らないんだから!」

「では私がおんぶ――」

 リィンの声を遮り、セシルの体を有無を言わさず担ぎ上げた。

「ちんたらしてる暇はねえ!」

「ちょ、ちょっと、誰が体ごと運べって」

「誰も言ってねえけどさ!」

 右の肩に担がれるセシルは、まるでさらわれでもしているかのようだった。破かれた衣服のせいで肌が肩に擦れる。だが色香など感じている余裕は無いほどにキサラは本気になってその場から離れようと走り続けた。リィンは後からおまけのようにしてくっ付いてきている。夜の荒野は光など全く差さない。足元はかなり悪かった。躓いて転んだりしないよう、足を高めに上げて走る。そのせいで肩の上のセシルは上下に揺さぶられてあまり気持ちの良い顔はしていなかった。

 息も切れ、力も尽き、どれほど疾走したか覚えていない。覚えていないほど走った。小高い丘の上まで辿り着いた時、ようやくキサラの足は止まった。咳き込み、「ここまで来れば大丈夫だろ」と小さく呟いて。セシルを降ろす。小さなくしゃみを一つ飛ばし、セシルは激しく身を震わせた。

 キサラとリィンは走ってきたために暑くなっているが、破かれた衣服の上にこの氷点下に近い気温は肌を凍り付かせていた。鼻水を垂らしてガタガタと震える様は、普通の様子ではない。何かで暖を取らねば命に関わる可能性もある。

「お前、大丈夫。じゃないな」

 冷え切った岩の上に座らせるが、ボロボロの布切れを羽織っただけの裸に近い格好は風が染みる。

「なんか体、おかしい……」

「一体どうしたというのだ」

 息が荒くなっている。見る見るうちに過剰に呼吸が激しくなり、かっと目を見開いたまま前のめりになった。両手を首に回し、少しでも酸素を得ようともがいた。

「い、息が……」

「何だこれ、お前まさか病気なのか」

 過呼吸。若い女性に多いと聞く。原因となるものの一つに心的ストレスがあり、強い刺激を受けた後に誘発する事があるらしい。間違いなく先ほどの件が関係しているだろう。

「とにかく落ち着くのだ。我々までもが冷静さを欠いてはセシルにも不安が募る。時間が経てば発作は収まる。今出来る事は待つ事だけだ」

 リィンは右手に精神を集中させる。すると辺りの気温が少しずつだが上がっていった。先ほどまで吹いていた冷たい風も感じられない。何か見えない薄い膜のようなものが三人を覆った感じであった。

「魔法使えたのか、お前」

「まぁな。簡単な生活補助系だけだが。これで分かったか。全くの役立たずというわけでもなかろう?」

 その簡単な魔法こそがこの状況では救いになった。どうやら自分達の周囲の気候をコントロールする魔法のようだ。見えないバリアのようなものを空間に張り、人間が生活しやすい気温・湿度を一時的に整える。周囲の雨風をカットするために、一時的でも暖を取るには最適であった。

「あぁこりゃいいや、過ごしやすい」

 キサラは岩の上に座り、一息ついた。

「便利な魔法だが、長時間展開していると非常に疲れる。今は緊急事態であるからな、仕方ない」

 それからしばらくセシルの呼吸は乱れ苦しそうであったが、時折背中を摩ったりなどして時間が過ぎるのを待った。咽たわけではないので背中を摩る事に意味があるのかは不明であったが。病気に対して知識の無いキサラにはそれしかしてやれる事は無かった。

 それから次第にセシルの発作は収まり、疲れ果てて岩を背にして眠ってしまった。キサラも走り疲れて二番乗りで目を閉じた。そして最後に残ったリィンは、自分も含む皆が凍死するわけにはいかないために一晩中魔法を展開して寝ずの番をする事になってしまった。

「うぅ、酷い扱いだ……」

 暗がりで魔法を朝まで展開し続ける以外にやれる事が無いリィン。疲れているのは彼も同じなのだが、二人の扱いは酷であった。

「……寝ている間に胸でも揉ませてもらうか? 私一人がこんな酷い扱いを受けているのだ、そのくらい許されるであろう」

 と訳の分からない理屈をこねてムッツリを全開させている男は、相当危ない。どうやらセシルが密かに気に入ってしまったらしく、視線はちらちらと向いている。先ほどまで苦しそうに発作を耐えていた健気な姿が、彼の目には美化されて映っていた。

「ん、スカートの下から何か長い紐のようなものが――」



 結局、一晩中寝る事が出来ないままリィンは朝を迎えた。

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