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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第1話 一章 ―白亜の栄光―

一章 白亜の栄光



 一週間後。キサラは自宅で一通の手紙に目を通していた。先日届いた手紙の内容をもう一度読み返していた。

『栄光あるスレンスブルグ自警団隊員の皆様へ。我らがタナトス王国国王、マドレーヌ十五世陛下の生誕式典が行われます。是非、誉れ高い我が国王への生誕式典へと足をお運び下さい』

 キサラはこのタナトス王国の首都、王都スレンスブルグの自警団に所属している。タナトス王国には自警団とは別で王宮専属の騎士団もあるのだが、それとはまた別の組織である。騎士団が王宮を守る意味合いが強いのに対し、自警団は街の中。民間の治安を守る組織という扱いになっている。自警団という名前が付いているものの、列記とした国家の定めた組織であるために、城とも強い繋がりを持っている。

 そして今日が生誕式典の当日であった。この日ばかりは特別で、城の警備には騎士団が当たる事になっている。つまり、街を守る意味の自警団はこの日ばかりは城のパーティーに客の立場で招待されるという事なのだ。数日前から楽しみにしていたこの日は、キサラにとっても特別であった。

「ようやく、この日がやって来たか」

 早朝から何度も容姿のチェックをした。風呂に入り、髪形を整え、クリーニングをしたスーツを着用する。鏡の前でポーズを決めると、そこには普段の革の鎧に身を包んだ無骨な姿とはまるで違った端麗な男が居た。

 アシンメトリに切られた、右側の長い前髪。高い身長、切れ長の眉。このまま外を歩けば女の足の一つ二つは簡単に寄ってきそうだ。

「ようやく、王女の姿を拝める日が来た。今年こそ、話しかける……!」

 去年もキサラは同じ舞台に立っていた。自警団に入団して初めての年の生誕式典。心躍る思いで、出される料理に片っ端から貪るようにして喰らい付いていたものだった。そして彼の瞳は捉えてしまった。普段民衆の前には出てこない、宝石のように美しい王女の姿を。控え目な振る舞いで宴の席にちょこんと座っており、ほとんど誰とも話をせずに膨れていたあの姿を。

 決して王女に魅力が無いから誰も話しかけないのではない。王女の方が話さないのだった。誰とも関わろうとしていなかったツンとした様子が見て取れたのだ。キサラはその無駄に気が強そうな王女と話したいと思ったが、心のどこかでブレーキが掛かってしまって話し掛ける事が出来なかった。

 だから今年こそはと、意気込んでいるのだった。ツンとしているのには何か理由があるはずだった。そして美しい姿だけではなく笑った所を見たかった。自分に向かって微笑みかけてくれる姿を想像して。 



 自警団配給の鋼鉄の剣は手入れを怠っていたために鈍らになりかけていたが、キサラは今日のために改めて極限まで研ぎ澄ました。錆は取れ、鞘から抜けば元の鋼の蒼鈍が光を重く反射する。王都スレンスブルグ随一と呼ばれる名匠に依頼した甲斐があったというものである。

 剣を自慢げに腰に下げながら表通りに出ると、街中は慌しく飾り付けの最終チェックを行っていた。先日から行っている街の模様替えは、いよいよ最終段階に入りどこも完成に近くなっていた。右も左も、白亜の建造物に栄えるカラフルな模様飾り。元の色が何だったかも分からないほどに凝っている民家も見受けられる。

 生誕式典は年に一度の祭りであり、娯楽の少ないタナトス王国民にとっては全力を持ってこの日を迎える事が風習となっている。王都でのイベントとしては、最後に去年一年に取れた作物に感謝と祈りを込めての大衆料理を皆で作り、街中全てを使って屋外での立食パーティーを行う。異国から招待した鼓笛隊や武芸なども街中の至る所で披露される。

「ま、この空さえ何とかしてもらえればもっと最高なんだがな」

 唯一の残念な点が、生誕式典の日の空は紫色だった。この街から外に出てしまえばもちろん雲一つ無い青い快晴である。上空に浮かぶ形のその紫色の薄い膜は、強力な魔法結界だ。国中の高名な魔法師達が一斉に集い、今日一日だけ街全体を空中まですっぽりと覆う結界を張っている。王家の人間達を狙った暗殺、テロ行為の防止のためである。もちろん武力で直接狙われればひとたまりも無いが、魔法結界を張るだけで少なくとも超常現象的な力からは守る事が出来る。生半可な力の魔法はかき消されてしまう。つまり今日一日だけはこの街で魔法を使う事はまず出来ない。

「魔法での襲撃に備えるためだとは聞いてるが、そんなもん毎年起きないじゃねえか。それよりも、俺は晴れ渡る大空を拝みたいもんだけどね」

 キサラの脳裏に少々空腹感が過ぎる。

「今年はどんな料理が出るのか、楽しみだな」

 と、勾配のきつい坂を登っている最中、一人の少女が目の前の道から走って出てきて横切った。普通の街の人間が着ている質素な服ではなく、黒の修道女のローブで身を固めた少女であった。頭には同じく修道女のコイフを被っている。息を切らせながら両手で抱き締める形で本を抱えて、脇目も振らず走り抜けていった。

 後には少女の残した柔らかな風が、キサラの前髪を揺らして消えた。

「どこかで見たような女だったな」

 キサラの横目はやれやれと言っていた。走り抜けていった少女の事を知っているような素振りだった。

 間もなくして自警団の詰め所へと辿り着くと、中からは既に大勢の話し声が漏れていた。いずれも楽しそうな声である。いつもの張り詰めた空気は今日だけは、無い。

「おはようございます」

「お、ホープが来たぞ。おいキサラ、今日こそ行くつもりなんだろ」

 調子の良い禿げかけた隊員の一人が絡んできた。いつもおちゃらけた話題を皆に吹っかけて反応を楽しんでいる、隊のムードメーカー的な先輩だ。

「はは、行くってどこへですか。ロバートさん」

 ロバートと呼ばれた禿げかけた男は、キサラの肩に腕を回してきた。

「全くよぅ、水くせえじゃねえか。決まってるだろ、王女サマのところにだ、よっ」

 キサラは顔が赤くなった。すると周りの皆も何やらニヤニヤしている。どうやら誰かが事前に言いふらしていたようだ。

「だ、誰が王女様の所になんか」「行かないのか?」

 皆は分かってて残念がっているような演技をしていた。

「いや、そうは言ってな」「なら行くんだな」

 キサラはもう答えようが無くなり、破れかぶれになっていた。

「ああ行くよ。行けばいいんだろ。王女の前でキメてくっから、みんな指くわえて見とけ!」

「よし良く言った!」

 皆が笑いかけていた。からかっているのではなく、心の底からの楽しげな笑い。

「なら、みんなでキサラの恋路を応援してやろうじゃねえか。行くぞ野郎ども!」

 一斉に右手を天井に向かって突き出す。ロバートが先頭になって皆を引っ張っていた。この人はいつもこうだった。お祭り事が大好きで、本業の自警団の活動よりもそっちの方が得意だと本人ですら認めている。

「ふふ、皆ももう我慢できんようだな。なら、そろそろ城に行くとしよう。皆、整列!」

 奥で大人しくしていたレム隊長の声が一喝した。素早く皆は普段から決められている順序で整列し、気を付けの姿勢を保っている。さすがは訓練を積んでいる自警団だけあり、いかなる状況下でも号令が掛かればすぐに臨戦態勢になった。

 レムは皆の前にきっちりした動作で向かうと、堂々と両足を着けた。

「これより我々スレンスブルグ自警団は、国王陛下の生誕式典に向かう。街の中、城に入ってからも、くれぐれも王家、重鎮の方々に失礼の無いようにする事を皆心がけるように。我々はあくまでも自警団であり、国王陛下より特別にご招待を賜っている身分である。それを常に考えて行動をする事。以上!」

 レムの号令により、皆は詰め所から行進をして歩いてゆく。黒いスーツを着て剣を携えた男達の集団はアリの行列のように並んで、白亜の街の中を進んでいった。鼓笛隊の音楽の中を荘厳に満ち溢れた光の城に向かって。

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