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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第18話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 5

 剣を盾のように防御に使う。陽光を浴びた鋼鉄の刃が、輝きを放つ聖鉄を捕らえた。二つの刃は激しく打ち付け合い、互いの命を奪おうと降り抜かれる度に銀の軌跡が空を描く。

「っち、仕方ないな。お前、見た所俺より年上だろ。もう少し大人としての自覚持ったらどうなんだ」

「五月蝿い!」

 キサラに争う気は無い。ただ振り下ろされる矛槍の刃、穂先を潜り抜けるために仕方なく剣を振るった。猛獣のように激情に任せて上から横から、リィンは矛槍を振り回す。善悪の判断も付かない子供に与えるには、過ぎた玩具だった。

 確かに二人は敵国の兵士同士かもしれない。だが、それだけである。キサラがリィンに対して何かをしたわけでもない。思い違いとは怖いもので、こちらは全てが分かっていても今回のようになる事もある。恐らくリィンが言っていた『あの女』とは紛れもなく逃亡したシエラの事が予想として付く。

 シエラがタナトスから消えて五日。どうやらパラストに来る前にベルクラントへと行っていたらしい。やはりあの女の事だ、悪さをしていたのだろう。そうでなければベルクラントの騎士がシエラを追ってここにいる事が理解に苦しむ。

 だとすれば目の前のリィンとは目的が同じ可能性もある。ここは敵対ではなくてむしろ協力すべきである。刃を打ち据えながらでもキサラの頭は的確にそれを判断する。だが稚拙な激情に駆られている目の前のリィンはどうか。理解しているとは考えにくい。

 どちらにせよ、技量も精神的にもキサラの方が上である事は周りの人間達も察しているようなので、協力関係になったとしてもリィンはただの足手まといにしかならない可能性もある。いっその事切り捨てるのも一つの手だった。

「オラオラオラァ。どうした避けるだけか、やり返して来い!」

「俺は戦う気なんか無いんだっつの。挑発しても無駄だ。やめとけよ、体力を使うだけだぞ」

 キサラは攻撃を避けるだけに集中して動いていたため、ほとんど剣を振っていない。強烈な風に晒されても落ちない葉のように、攻撃を真正面から防ぐのではなく、刃で受け止め勢いを殺して斜めに流す。相手は重い矛槍の全力の一撃。だが当たらなければ意味が無い。

 遠心力が働いて空中で制御が不能な矛槍は、誰も居ない地面へと穴掘りの如く突き刺さる。それがもう何度続いた事であろうか。リィンが一撃矛槍を地面に向かって振り下ろす度にリィンは息を上げ、避けたキサラは涼しい顔で口笛を吹く。屈辱であろう。だが渾身の一撃だけを連続で繰り出しているのだ、その内嫌でも息は上がってくる。

「当たれェ!」

 聖鉄は鈍く光を反射したかと思うと、長い両腕から繰り出される強力な遠心力によって弧を描いた。

「死ねェキサラ!」

 残像。切り裂かれるように頭に矛槍の刃を受ける直前、キサラの身体は荒野の蜃気楼でブレたかのように消えた。気付いた時にはリィンの背後に影が収束し、光を浴びて正体を現すかのようにしてキサラが出現した。

「っ……貴様、一体何の技を――」

「俺は何もしてねえよ。普通に移動しただけだ。お前の目がおかしいんじゃねえのか? それとも、動体視力がトロいのか」

「ふざけるな!」

 だが、周りの人間達もどよめいている。本人は息も上がっていない。走って移動したわけではない。それは足元の砂が完全に静止している事から推測できる。だがキサラの移動は影の如く一瞬だった。まるで人間技ではない。リィンは一瞬で咽喉が引きつり、ただ数秒前まで敵が存在した地面をただ震える瞳で見つめる事しか出来ない。同時に鎧を着た背中や首筋、額には多量の脂汗が浮かび、精神的に動揺している事が身体の異常として現れている。

 リィンの首元が冷たく感じる。頚椎には剣の切っ先が突き付けられており、ぷにぷにと軽く突いて皮膚を刺激する。至純の優しい凶刃が、無言で死の宣告を下す。返答次第では首から下が永遠に切り離されてしまうだろう。

 周りの人間は誰一人としてキサラの速さの意味を理解出来ないでいた。ただ一人、小さく存在する女の手元が淡く光っていた事は服の中に隠した手のせいで誰にも気付かれる事は無かった。

「動くなよ。この後冷たい海に投げ込まれたいなら別だがな」

「貴様! 何をしたが知らないが、反則技で背後を取るなど騎士道に反するぞ」

「悪いね。生憎と俺はただの自警団員だよ。騎士道とやらは知らねえな。全く関係無い奴に自分の道を押し付けるのも良くないと思うぜ」

 リィンの右手が反射的にぴくりとする。矛槍をまだ振り回すつもりか。

「おっと無理無理。だからやめとけって。怪我じゃ済まなくなるぜ」

 矛槍にギリギリと力を込める。まるで痩せた地面を耕すかのように刃を打ち付けるしか出来ないリィンは、歯軋りの音を周囲に撒いている。

「自警団はさぁ、何より大事な街を守るのが仕事だからな。確かにタナトス王国にも、自警団とは別で騎士団が存在する。けど、根本的に俺らとあいつ等は違うんだよ。俺らは大事な街を守る。だが騎士団は忠義を誓った王族を守る。それの違いだ。ま、有事の時には騎士団も加勢してくるけどな。

 俺らに忠義は関係無い。街を守る事に手段なんて構わねえんだよ。結果として守れればいいのさ。より少ない犠牲で、住民達の安全を確保する事が最優先なんだ。それを、お前らみたいな騎士道なんていう甘ったれたものを優先して動いてたら、守れるものも守れねえんだよ!」

 キサラの言葉がリィンの思考を容赦無く刺し貫く。

「王に挨拶をしている暇があったら、その時間を使って少しでも援軍を頼め。敵に弓を引け。住民を避難させろ。それが俺達のやり方だ。一刻一秒を争うんだよ。お前の甘ったれた坊ちゃん根性で、俺を倒せると思うな!」

「っく……」

 リィンは精神的に余裕が無くなっていた。喧嘩を挑んだはいいが、圧倒的な実力差で逆に窮地に立たされてしまった。こうなればせっかくの聖槍も何の意味も無い。

「私にだって、あるさ。守るべきものは」

「それはいい事だ。守るものがあるならもっと強くなれる。お前はこんな所で終わる奴じゃないだろう? この体格で重い矛槍を扱う技量があるなら、才能はあるはずだ」

 聖槍セントハルバード。キサラも話には聞いた事があった。セント・ベルクラント公国の宝槍。エルシア鉄と呼ばれる、パラスト丘陵地でも特別な地域でしか産出されない極めて純度の高いブランドの鉄がある。セントハルバードに使われたエルシア鉄は、教会で祝福の呪い(まじない)が掛けられた特別な『エルシア聖鉄』を用いられた上、高名な巨匠の手によって作成されたという。

 エルシア聖鉄を持つ者には祝福が約束されると言われている。滅多に産出される事の無いミスリル銀よりもその強靭さと輝きに優れる。エルシア聖鉄によって作成された武器は決して刃こぼれせず、防具はどんな攻撃をも跳ね返すと言われる。実際は頑丈ではあるが決して劣化しないという事は無く、言い伝えは少々大袈裟なようだが。

「貴様、随分と下に見てくれるな」

「そりゃ、ガキみたく人の話も聞かないで一方的にブチ切れられりゃ、こっちだって少しはマジに見るわな」

「その内、後悔させてやる」

 リィンは歯痒さで今にも殴りかかりたいようだったが、首筋を剣で押さえられている以上それは敵わないようだった。

「それより、お前の話を良く聞かせてくれ。俺達は恐らく協力できるはずだ。シエラって女だろ? お前も追ってるんだな。実はこっちもそうなんだよ」

 すると柄を握り締めるガントレットは徐々に震えが止まった。どうやら図星のようだ。国宝であるはずの聖槍セントハルバードまで持ち出してまでの捜索という事は、ベルクラントでもそれ相応の事態が起きたらしい事は想像に難くない。

「……ッチ。命拾いしたな、キサラ」

「騎士らしくねえなぁ。潔く負けを認めたらどうだ」

「騎士道を知らぬお前が語るか」

 リィンは吐き捨てるように言うと、矛槍の柄を手から離した。重力に従って矛槍は砂の上に静かに横たわる。降参だというように、手で仕草をした。

「よし、それでいい。じゃあセシル、種明かししていいぞ」

「はい」

 黙ってその茶番劇をずっと見守っていたセシルは、ひょっこりと立ち上がった。やり取りを全て知っている第三者の目で見ていると、恐らくリィンとキサラの対決は退屈なものだったに違いない。

「私がキサラの足にヘイスト(速度増加)掛けました。ごめんネ」

 ちっとも悪びれた様子も無く平謝りしながら近づく彼女に、リィンは脱力したように首を垂れた。

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