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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第16話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 3

 パラスト丘陵地の漁村など、本当に素朴で質素なものであった。揺れる船を後にし、桟橋を歩み進むと傍らに屋根と柱だけで構成された東屋が見えた。タナトス王国では見かける事の無い異国文化が発祥の建物である。ただ、パラストが発祥というわけではなく、縁によって文化の一部がもたらされたものが今でも息づいているのだった。

 東屋の下では簡素なテーブルを村民達が囲み、談笑しながら料理に舌鼓を打っている。穏やかな波と相まって、素朴な漁村だからこそ出る温かな笑みがどこか安心させてくれる。ここいら一帯は生息しているモンスターも少なく、いたとしても群れからはぐれた野犬の類であった。食べ物を求めて荒らしに来たとしても被害は少なく、噛み付かれて怪我をする事はあっても、成人を死に至らしめるほどの力は持っていない。村民は大抵、殺す事まではせずに棒切れか何かでその都度追っ払っている。

 ちなみにモンスターというのは一般に、人間にとって害をもたらす可能性のある動植物の事をひっくるめて呼んでいる。モンスターつまり化け物や怪物という意味ではあるが、元々が動植物である事から他の生物に危害を加える事が生きがいというわけでもない。怪我を偶然負わせられた昔の人間の誰かが畏怖を込めて、危害を加えてくる動植物をモンスターと呼んだのが始まりらしく、今でもそれはしつこく慣習として世界中に残っている。

 もちろんモンスターとは動植物であるため、中にはモンスターを家で飼っている者もいる。極端な話、犬や猫もしくは家畜などもモンスターに入ってしまうのだ。

 そして、この漁村にもやはり無害なモンスターは少なからず存在している。キサラの足元にはアビシニアンがくねらせた尻尾を巻いて八重歯に似た歯を剥き出しにしている。歯の間から漏れてくる甘ったるい猫撫で声が思わずキサラを脱力させる。

「餌欲しいのか? 菓子しかねえぞ」

 アビシニアンはまたたびでも食らったかのように短い両の前足を交差させてキサラの足元で丸まってしまった。足の甲の上を陣取られ、動くにも動けない。

「……かわいい」

 セシルも座り込んでアビシニアンの毛並みをいじくった。気持ち良さそうに心なしかアビシニアンの表情は和らいでいる。

「げ、お前猫とか好きなのかよ。キャラクターに合わねえ趣味してんなぁ」

「なんですって」

 眉をぴくつかせてキサラの顎をぐいと見上げる。キサラはとぼけたように視線を逸らして荷物のバッグを肩から下ろした。

「少しならいいか。菓子でも食わせてみよう。猫がこういう風に人間に擦り寄ってくる時ってのは大抵腹減って何か欲しいんだ」

 バッグから取り出したのはバタークッキー一枚。満月のようにまん丸でふんわりと焼き上げられた菓子は、手の中で右と左に分けられた。片方をアビシニアンの両手とも言うべき前足に挟んでやった。早速起き上がって舌で絡めるように舐める。どうやら味が御気に召したらしく、噛まれても痛くなさそうな可愛らしい歯で砕いてゆく。

「美味いか」

 アビシニアンは猫特有の空気の読めなささでキサラを無視する。クッキーを頬張る事に夢中になっている猫は可愛らしくもあり、せっかく食べ物を与えたのに何も反応しない事で同時に何ともいえない小憎らしさも込み上げてくる。

「この子はキサラよりもクッキーの方が大事みたいね」

 負け惜しみのように流し目をした。

「けっ。別に猫なんかに好かれなくたっていいぜ。俺は犬派だからな」

「あの」

「犬派だったのね。でもその割には何だか悔しそうじゃない」

「食い物やったのに何の反応もしねえんだ、そりゃカチンとくらい来るだろ」

 アビシニアンは小さな口でクッキーを食べ終えてしまった。すると満足したかのように立ち上がって、針金でも芯に入っているかのような尻尾をくねらせて空中へと持ち上げる。身体を伸ばし、日差しを一杯に浴びて毛並みもお腹も満足した猫はやはりキサラを無視する。

「あのぉ……」

「全く、飼い主の顔が見てやりてえな。どんな躾してんだこのアホ猫に」

「でも猫って元々恩を感じない動物っていうじゃない。犬はすぐ恩を感じるらしいけど」

 二人のやり取りは猫を間に挟んで何故か熱くなっていった。

「それにしても、船で降りたばかりの人間にいきなり擦り寄ってきて餌ねだるたぁ、こいつも随分と図々しい猫だな」

「可愛いからみんな騙されてあげるんじゃないかしら。だからだんだん性格も図々しくなって」

「あのぉ」

「うるさい!」「うるさい!」

 二人は一斉に顔を向け、爆弾のように一斉に声を破裂させた。声の主は腰を抜かし、その場に尻から落ちた。

「ごめんなさい」

 何も悪い事をしていないが、雰囲気的に謝ってしまう男の子。歳にしてまだ十歳そこそこな幼い雰囲気を醸し出している。背は低く、この歳にして顔はお世辞にも綺麗とはいえなかったが、どことなく漂っているへたれの空気がその場を和ませる。

「あの、それ」

「何だよ」

 キサラは男の子の指の先を追った。

「それ、僕の猫。です」

「あ、そうだったのね。はい、どうぞ」

 傍らで気ままに毛繕いをしていたアビシニアンは強制的に胴体をむんずとつかまれ、セシルによって男の子の両手へと運ばれた。ヒゲがぴくりとうねり、どことなく視線が鋭い。不機嫌な様子が見て取れる。

「ごめんなさい。この猫、良く逃げ出すんです。それに、行く先々でおねだりして食べ物もらってるらしくて」

「俺らも菓子あげちったよ」

「まんまと猫の罠にかかったわね」

 苦笑いのセシル。可愛い顔して裏では何を考えているのだろうか。物静かで普段は全く声も出さないが、人間が思ってもいない想像をあの頭の中で繰り広げているのかもしれない。

「ちゃんと餌くらいくれてやれよ」

「はい、ごめんなさい。お金無くって、この子にも満足に食べさせてあげられないんです。それで、食べ物もらうようになっちゃって」

 男の子は猫を抱きかかえて俯いてしまった。あまり入り込まない方が良い話題だろうと思えたが、勝手に話し続ける。

「村長さんに言って働かせてもらってるんですけど、それでも食べていくにはきつくって」

「じゃあ猫は手放した方が良くないか。自分で精一杯なのに猫まで養えないだろうが」

 親はいないのだろうか。自分で働いているという事は、保護者が居ないのだという事は推察できる。

 キサラの言う事は最もであり、自らの生活を犠牲にして猫を養う義務は無いのである。ましてや収入が十分でないというのなら尚更。

「ちなみに、貴方は何のお仕事をしているの?」

 セシルは先ほどの剣幕とは打って変わって、優しいお姉さんであった。中腰で男の子と同じ視線に合わせる。

 すると男の子はとても自慢げに自分の仕事を紹介した。

「一日、村の入り口に立って村の名前を言う仕事です」

「……なんだそりゃ」

「すごいでしょ」

 中腰のお姉さんの笑みは更に際立った。

「うん、すごいわね。これからもがんばってね」

 褒められた男の子は頭を撫でられる。

「へへへ。お姉さんみたいな綺麗な人に褒められたの初めてです。みんなへの自慢話が出来ました」

「あは、私の事綺麗だなんて……ありがとう。じゃあね、そろそろ私達行くわね」

 男の子は満面の笑みで返す。

「はい。また会いに来てくれますよね。この先は荒野です。お気をつけて!」

 キサラはあっさりしていたが、セシルはぶんぶんと手を振って村を後にしていった。男の子の姿が徐々に小さくなってゆく。やがて見えなくなると、セシルの顔から笑みは消えた。

「さてと、時間無駄にしちゃったわね」

 手をパンパンと叩く。埃でも払うかのように。

「お前な……」

 呆れたように顔を覆った。

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