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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第14話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と―

 街の東に出来た岩山は、既に人が住めるような土地ではなかった。その岩山は、数日前に街を壊滅の恐怖に陥れた怪物の成れの果てである。街の四分の一ほどを覆い尽くす勢いの巨大さに、人々は見上げるしか出来ない。

 石化した狂獣ロードオブバーミリオンの死骸は、まるで火山岩そのものであった。熱を失い、冷やされて固まったごつごつの岩。これはこれで鉱石として使い道がありそうではあった。だがそれを資源として活用する以前に街の大部分が機能を失い、王都スレンスブルグでは住民の生活に多少なりとも支障が出ていた。

「うへぇ、高いな」

 簡素な木の板っぺらを台の上に並べただけの露店。そこに並ぶ日用品の値段を見て、キサラは舌を巻いた。

「仕方ないでしょう。東側の港は例の化け物が破壊してしまったせいで使えないのだし」

 と、隣には腕を組んだセシル。淡々と必要事項だけを述べる女は、少々冷たい印象を話す人に与える。

 この露店だけではない。街全体の物資が高騰している。西と東に一つずつ、計二つある港の内一つが使えない状態であるのだ。弥が上にも入れる船の数も半減してしまう。そもそも狂獣が大地を食い荒らしたために起きた二次災害であり、削り取られた奈落の底に海ごと港は沈んでしまったのだった。大地そのものが失われてしまったために、港の復旧は今現在困難であった。埋め立てるか何かをする必要があるだろう。

「買えねえ。俺の給料では買えねえ。出発の前に腹ごしらえでも、と思ったが。これじゃあ金がいくらあっても足りねえ」

 どうやらこの正規品より半額以下で手に入るような闇市も、既に街の中で開かれているらしい。裕福ではない一般層は、今現在そうするしかまともに物資を供給できる術が無いのだ。これには国を挙げて緊急で対策を行っているようだが、いま一つである。国を維持できるかどうかの瀬戸際であるために、王族すらも身をもって外交に出向いているらしい。あのアリエル王女ですら。

「じゃあ、闇市でも行きましょうか」

「仕方ないな。あそこに売ってる物はろくでもないから、本当は行きたくないが」

 セシルはスカートをふわりとさせ、先に歩き出した。溜め息を吐いて後を付いてゆく。

「俺は本当に女難だぜ……」

「何か言った?」

「いいや」

 セシルと共にカーネリアンオーブ捜索の任に着く事になったのは、つい昨日の話。何故突然同行する事になったのか、理由は聞かされていない。しかも王からの直々の命令だ。狂獣が王都を襲ったあの日、王はキサラ単独に捜索の命令を出したはずだった。だが今になって突然そこにセシルが加わる事になったのである。セシル自身も理由は話そうとしない。

 しかも王はあれから何かを考えたらしく、キサラとセシルの他にもカーネリアンオーブ捜索隊を何組か他国に派遣する事にしたらしい。これは現実味がある。世界の何処に渡ったか見当もつかないオーブを、たった二人で探せという事の方が無理であった。最初は一人だったが。捜索隊が多ければ多いほどそれはキサラを助ける事に繋がった。

 王が何故そこまでしてカーネリアンオーブを取り戻そうとしているのか。今になってようやく本当の理由が分かった。

 カーネリアンオーブはいわゆる封印具であったのだ。炎の怪物、狂獣ロードオブバーミリオンを封じ込めておくための、強力な魔法封印が施された宝石だった。その狂獣を封じ込めておくためタナトス王家が代々、封印の綻びを度々修復し直して管理をしていた。一般人にはそれは知らされていない。カーネリアンオーブは美しい宝石であるため、知れば狙う者が必ず出てくる。それを避けるためであった。

 王は国を守るために、真実をあえて隠していたのであった。だからこそ私利私欲のためにオーブを取り戻そうとする演技すらした。多少のイメージの低下に繋がっても、国が亡びるよりはマシであったからだ。

 丁度、カーネリアンオーブは時期が来て綻びが生じていた。そのため、近日中に高名な魔法師を国外から招待して秘密裏に修復の儀式が行われる予定であった。だが修復が間に合わずに怪物は復活してしまったのであった。回数を重ねるごとに、修復の時期が早まっていたのが間に合わなかった原因だろうと推測された。

 だが狂獣ロードオブバーミリオンは既に倒れた。封印などと生易しい事は言わずに。カーネリアンオーブが無くとも、タナトス王国はもう狂獣の恐怖に晒される事はない。だが話はそれだけでは終わらなかった。

 オーブは世界中に三つあるというのだ。炎を司るこの国に一つ。あと二つは不明である。オーブが三つあるという事は、似たような怪物が少なくとも世界中にあと二体は眠っているという事。そしてオーブ同士は互いに影響し合う。綻びが生じた一つのオーブをそのままにしておけば、他のオーブにも影響して綻びが早くなる。急がなければ、タナトス王国の悲劇が再び何処かの地で繰り返されるかもしれなかった。

「やっぱり人だらけね」

 闇市には人が殺到していた。何処が闇だと突っ込みたくなるばかりにごった返している。路上に乱雑に広げられた汚らしいカーペットの上に、多種多様な商品が積み重ねられている。店主も店主で、いかにもまともじゃない風体の浮浪者のような格好をした者から、異様に身なりの整った別の意味で危なそうな人種までいる。

「本当はお前みたいな女がこんな所うろつくもんじゃないぞ。一人で歩いててみろ、あっという間に裏路地に引っ張って行かれてひん剥かれるぜ」

「うっ。それは嫌」

 あまり気にした事が無かったような、的を射られたような表情でたじろぐセシル。普段からあまり表情が無いが、困った顔は可愛らしい所が憎い。

「素っ裸にされたら……バレちまうぜ?」

「うるさい」

 意地の悪い顔でにんまりとしながら、キサラはからかった。妙に顔を赤らめたセシルを放っておきながら、商品の方に目を移す。

「お、キャラメルリンゴパイじゃねえか。これ美味いんだよな。買ってくか」

「じゃあ、私は隣のチョコレートを」

 菓子に主食に。数日分は持つ食糧を買い込む。だが中には一目見て品質の悪い物であったり、正規品の類似パッケージ商品が並んでいたりと、きちんとした物を探すだけでも骨が折れた。それに加えて、前を向いていても人にぶつかる盛況ぶり。非正規品であってもホイホイ売れてゆく。二人には買う気はしなかった。

「おい見ろよセシル」

 小声で耳元に囁く。キサラの指先にあったのは一本の酒瓶。ラベルは剥がれており、中身は窺い知れない。だが何か黒い不純物のようなものが浮いている。

「明らかにこういうの怪しいよな……」

「そうね。ラベル剥がれてるし、原料も出所も不明。買う気が知れないわ。もしかしたら消毒用アルコールを工業用水で薄めて売ってるなんて事もあるかも」

「毒だろ」

「毒ね。消毒用アルコールは飲用じゃない。飲んだら有害物質だもの」

 しかもそれを売っている人は身なりの整った紳士風の男性。にこやかな笑顔を向けられる。明らかに何かありそうであったため、すぐさま二人はその場を離れた。

「さて、そろそろいいか。出発するぞ」

 闇市を後にした二人は、街の西へと向かっていった。

「しばらく帰ってこれなくなるぞ。本当にいいんだな」

「いいわ」

 答えはあっさりしていた。キサラもそれに頷くと、前を向いて歩き続けた。


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