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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第12話 一章 ―白亜の栄光― 12

「何だこの剣、まるで生きてるみたいに魔力が溢れてやがる」

 剣に蓄えられた魔力が、元々の鉱石の性質により勝手に増幅している。それは剣だけに収まりきれず、光の幻影となって徐々に長く伸びた。みるみる内にそれはキサラの身長よりも伸び、それでいて全く重さを感じさせない。手を離したら宙に飛んでいってしまいそうな羽の如き軽さ。

 人の身長以上もある眩き光の剣。実体は無いが恐らく刃に触れたら蒸発でもしそうである。

「セシル、お前どれだけ力使ってやがんだ。ここまで魔力を注入するなんて、今度はお前の身体がもたねえぞ!」

 やつれた表情で両膝を付き、激しく呼吸を乱す。胸に手を当て、一秒一秒を必死で堪えていた。

「痩せるためだと思えば……別にいいでしょ」

「それ以上痩せる必要は無い」

 能力の差が生まれながらにあるように、魔力を扱う素質というのもやはり血筋などで遺伝するらしい。素質がある人間は上級クラスの魔法をも扱えるようになるが、駄目な人間はいくら頑張っても無理である。セシルの場合は扱う素質がある上に性格的に妥協しないため、無理をしてしまう。

 魔力を使用するというのは、根本的に体力の問題である。普段食物を摂取する事で補う、いわゆるエネルギーを莫大に消費する。ここまで大幅な魔力強化のためにエネルギーを消費すれば、体重が大幅に下がるどころか最悪ショック死を起こす可能性もあった。

 もう一つの必要な力はいわゆる精神力。魔力によって引き起こすエネルギーが大きければ大きいほど引き換えに神経が蝕まれる。それだけ強い想いを必要とするからである。そのキャパシティが足らなければそもそも発動しないし、無理をして発動すれば脳の神経から何やらがオーバーヒートを起こして焼き切れ、最悪の場合廃人になる。

「お前の力、借りるぞ!」

 キサラは光の剣を携え、走った。建物の影から飛び出し、狂獣に身体を晒す。身長の倍ほどの長さの光を纏った剣を持っている。何処にいてもキサラの場所が手に取るように分かるだろう。

 かと言って、相手に姿を見せないまま決着を着けるのは無理だった。まず攻撃が出来なければどうしようもない。こちらも身体を晒し、真正面から一撃をぶつけなければならなかった。

 狂獣が気付く。咆哮を上げ、残った左腕を振り上げた。巨大な鉄槌が振り下ろされた。全ての物が飛び跳ねるほどに地面を揺らし、地を抉る。

 抉った後にキサラはいない。千切れそうなほどに痛む足に鞭打ち、鉄槌を避けた。

「放て!」

 レム隊長の声が崩壊した街に響く。キサラを援護するかのように、残った自警団員、騎士団員達が左右から矢を放ってゆく。効果があるわけではない。恐らく、少しでも狂獣の意識をキサラから遠ざけるためだった。

 矢は身体に飲み込まれてゆく。だが狂獣が目障りな人間達を潰そうと、両脇に目が行った。左の騎士団員達には、左腕の薙ぎ払いが降りかかった。だが元々分散しているためにそこまでの被害は無い。

 右の自警団員達には、腕が無いために直接攻撃する事が出来ない。火の魔法を放つ。だが怒りで理性を失っているらしく、隊に直撃する事は無かった。おまけに激しい雨によりすぐに炎は鎮火してゆく。右腕と理性を失った狂獣は、いつの間にか窮地に追い込まれている。二つの囮の部隊が攻撃を仕掛けている間に、本命が今にも迫ろうとしているのだから。

 キサラの行く手には、投げ付けられる崩壊した建物が隕石のように降ってきていた。狂獣の猛攻は依然止んでいない。腕の一撃、火の魔法、建物を投げ付けてくる直接攻撃。その全てが侮れないものだった。

「くっ、危ねぇ!」

 再びキサラに意識が向いた狂獣。咆哮を上げ、豪腕で薙ぎ払いに掛かってくる。あの巨大な掌に鷲掴みにされたらお仕舞いだ。先輩隊員の辿った末路を目の前で見ているキサラには、嫌でもそれは理解できた。

 路地に飛び込み、鉄槌を避ける。後には巨大なつむじ風が巻き起こり、建物の壁が吹き飛ぶ。嵐の中、崩れてゆく建物の破片が風に乗ってキサラの身体に当たってくる。それを掻い潜り身体を丸めて防御し、凌いだ。

(もう少しだ。確実に一撃を当てるためには接近しないと――)

 キサラの手中にあるのは希望の光。たった一撃限りの。外すわけにはいかない。皆の最後の希望が詰まった光なのだ。右手に携えた光の幻影は時と共に伸び続ける。身長の倍どころか、一つの兵器と呼べそうなほどに。巨大な幻影は地形をも貫通し、その存在感は増していった。

 さすがに狂獣も、近づいてくる光に畏怖したのか攻撃が激しくなった。拳を作って上から押し潰そうと振り下ろしてくる。豪速で落下するどろどろの塊がキサラの頭上から飲み込んでくる。

「まずい!」

 咄嗟に逃げようと踵を返す。だが腕の方が早い。影が迫ってくる。近づくに連れてその巨大な拳がキサラの小さな身体を難なく飲み込む。避けきれない。

「こん畜生!」

 無我夢中で右手に持った光の剣を振り回す。羽のように軽い剣は少し力を入れるだけで鋭く軌跡を描いた。暖色の光が扇状に跡を残す。空間すらも切断しそうな鋭い切れ味。斬った感触すら手元には伝わってこない。

「は?」

 斬った感触すら手元には伝わってこない。キサラの頭上に迫った狂獣の左手は、無我夢中に振った光の剣によって真っ二つに切断されていた。体液を撒き散らし、腕の真ん中からぺらぺらに切り裂かれた腕が宙を舞っている。狂獣にも痛みがあるらしく、もがいている。切断された左手はもはや使い物にならなく、低い唸り声を上げ続けている。

「この剣、とんでもねぇ……」

 触れただけで音も無く切断する光の刃。キサラは自分で振ったその剣の恐ろしさを改めて理解した。まるで意思を持っているかのように光の刃は淡く明滅を繰り返す。この剣の力はまだ解放されていない。これからなのだ。

 狂獣は怒り狂い、大口を開けて唱え始めた。再び。

「来る。エクスプロードだ!」

 宵闇の中、抉られた地面に眩いばかりの光が集中する。それは、紛れも無く今キサラが居る足元だった。かなりの広範囲である。前後左右、全てが光に包まれる。

「駄目だ、今度こそ逃げ切れねぇ」

 走った。だが光が眩く輝いてゆく。

「間に合え!」

 エクスプロードに巻き込まれたらひとたまりもない。普通の人間なら間違いなく爆発で粉々になるか、丸焦げで焼け死ぬ。

 爆発の兆候。耳鳴りに似た超音波が辺り一体を支配した。キサラの頭をぐわんぐわんと揺さぶる。激しい死の光の中、吐き気にも似た感覚を覚えてキサラは身動きが出来なくなった。

 逃げなければ死ぬ。それは分かっている。だが身体が動かない。気力で目を上げると、光の中に一人の人間が立っているのをうっすらと見た。

「ったく何やってんだよ。オイ、お前は皆のホープなんだぞっ」

 腰に手を当てた気の良い男。満面の笑みは懐かしい記憶を揺さぶる。頭は少々禿げていたが、明るい調子でキサラに話しかけ続ける。

「お前はもっとやれるはずだろ? な、俺に一回見せてくれよ。いつか話してたじゃねぇか。こんな必殺技とかあったらカッコイイよなぁとかっていう子供みてぇな下らない話でよ。ホラ、アレだよアレ」

 男はキサラに歩み寄ってきた。左の腰から鋼鉄の剣を抜くと、構えてみせる。両手でしっかりと剣を持ち、上から降り抜く。

「ナントカぁー、ブラストぉーっ! ってな。がはは」

 男の剣は血塗れだった。良く見ると刃こぼれもしており、相当に使い込んでいる。

「ロバートさん……」

 キサラの目がうっすらと滲んだ。懐かしい光景を見たような。いつの日にか詰め所の裏で一緒に話した。自警団に入って間もない頃、まだ子供じみた幻想を抱いていた毎日。そんな必殺技があったらカッコイイと大真面目に話したら、まだ少々髪が残っていたロバートは煙草を口にくわえながらふざけて剣を抜いた。そして今やって見せたように、必殺技を放つ真似事をして見せた。

 子供のバカ話だと言って終わらせなかったロバート。もしかしたら、彼自身もその必殺技をやってみたかったのかもしれない。憧れは現実を知り、幻想となり、消えてゆく。大人だって夢を持ち続けられる。表情には出さずとも。

 キサラは立ち上がった。

「じゃあ、一緒にやりましょうよ。ロバートさん」

 ロバートは大きく頷いた。並びの悪い歯を見せ、顔を綻ばせた。

「ああ。お前と一緒にな! 俺も、実はこういうの昔っから好きでよ。一度、やってみたかったんだよなぁ」

 剣を抜く。自警団の構えを取ると、キサラの顔を垣間見た。

「行くぜ? キサラ。一、二の三で、一斉に放つんだぜ」

「はい!」

 キサラの光の剣がロバートの剣に並んだ。

「はは。カッコイイ剣持ってやがるな。まるで光の勇者そのものだぜ。ちきしょう、俺もそういう風になりたかったなぁ」

 軽く悔しがるロバート。キサラはくすりと笑った。

「一」

 カウント。両手に力が篭る。

「二」

 剣を二人して真上に掲げた。光の超音波が聞こえる。剣が一層輝いた。

「の」

 明滅が激しくなる。世界が広がった。靄の掛かった視界が風で吹き飛ばされるかのように。

「ロバートさん、これだよな。あなたがやりたかったのは」

「あぁ、そうだ。遠慮はいらねえぜ。思いっきり行きやがれ!」

 目に入ったのは一点。狂獣の頭。

「ナントカブラストなんて名前じゃない。こいつは――」

 ロバートの声が世界に反響した。

「三!」

 爆炎。光。嵐。全てが一つとなった。

「イノセント・ブラスト!」

 全ての力を伴った一撃。光の刃は巨大な光の奔流となり、空間を切り裂きながら貫く。

 一瞬の内に狂獣の脳天をぶち抜いた光の矢はそれだけでも飽き足らずに、狂獣自身が放ったエクスプロードのエネルギーすらも取り込んで爆炎の大砲を叩き込み返した。

 強烈な爆裂音が狂獣の身体から発せられる。狂獣の咆哮が発せられた。遂に炎の怪物は、脳天を砕かれた。

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