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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第9話 一章 ―白亜の栄光― 9

 王女をいつまでも気にかけているほどの時間は無い。定期的に地鳴りのように襲い来る振動は、しっかりと地に足を着けていても強制的に飛び上がるほどに大きい。街の中を流れる運河の橋も崩れかけている様子が城内の窓からでも確認できる。早く渡らなければ橋が落ちて、城と城下街が切り離されてしまうだろう。

 キサラは城に常に用意されている城馬を一頭借り、手綱を取った。鬣が揺れ、東の狂獣に向けて馬は大きくいなないた。前足を駆け上げ、馬は猛進する。城下街に向けて、丘陵を風を切って駆け抜けた。

 足元が悪い。度重なる致命的な揺れにより、王都の中の至る場所の地面が崩壊しかけている。馬がうっかり蹄を引っ掛けないよう、キサラは地面を凝らして見ながら手綱を振るう。東の空を埋め尽くすほどに巨大な怪物が、この世の者とは思えない低い唸り声を撒き散らしていた。それを聞くと馬は畏怖し、動きが鈍った。尻を叩き、気力で走らせる。

(まずいな。狂獣の動きがまるで止まっていない。このままでは王都を喰い散らかされる)

 大量の矢が狂獣めがけて撃ち出されていた。自警団も一応、剣だけではなく弓矢の訓練もしているため、大部分の者は扱う事が出来る。専門外ではあるが。

 だがあの距離に届かせるためには、自警団が普段訓練で使っているショートボウでは射程が短すぎる。恐らく、かなりの腕力が要るロングボウが必要だ。それを扱う力の無い者は、ギリギリまで接近してショートボウを使っているのだろう。だがそれではリスクが高すぎる。

 あの怪物の一撃は強大だ。腕の一振りで地を裂き、全てを喰らわんとばかりに近寄る者を薙ぎ倒してゆく。

(風が強いな。天気が荒れてきてやがる)

 北東の山麓から吹き付ける嵐の予感が、馬に乗っているキサラの肌には敏感に感じられた。横風に煽られ、馬は上手く走れない。足元が不安定だ。

「しっかり走れ!」

 手綱を持つキサラの目前に、倒壊した街灯が現れた。

「跳べ!」

 馬が地を蹴る。躍動感溢れる黒い毛並みが崩れ掛けた街を駆けた。大きく宙を舞った馬の着地際に、一揺れが襲ってくる。轟音を立てて地面が割れた。馬が足を取られる。

「く、くそっ」

 歯茎の間から湿った息を吐き出しながら、馬は身体を捻らせて転倒した。キサラは勢い余って前方に投げ出される。咄嗟に空中で受身を取り、激しく転がる。

「痛ってぇなあ……」

 左肘を強く打った。摩りながら何とか身体を起こすと、揺れによってよろめく。馬の悲鳴が耳に入る。振り返ると、転倒から起き上がれずに馬は地割れによって起きた地の底に飲み込まれていってしまった。

 そのすぐ側には、一人の少女が倒れている。どうやら怪我をしているらしい。一人で動けないようだった。このままでは地割れに飲み込まれてしまう。激しい振動による地割れはすぐ少女の足元まで迫っていた。

「大丈夫か。すぐに助けてやる」

 キサラは駆け寄る。少女の右手を取ると、引っ張った。少女の左足の太股には、鋭い杭のような細い木の枝が突き刺さって貫通していた。枝は抜いていないが、それでもおびただしい量の血が流れている。

 とりあえず地割れから引き離し、上半身を起こした。

「お前、セシルか!」

 痛みを必死に堪えて歯を食いしばる少女は、細目を開けて生暖かい吐息を漏らした。両目が隠れるほどのふんわりとした、恐ろしいほどに見事な銀髪。こんな髪をした女は、王都では一人しかいない。

「キサラ、なの?」

 女も互いに知っている様子で、反応を見せた。

「そうだ。久しぶりだな。無事で何よりだ」

「この状態を見て無事って言えるあなたはある意味すごいけど。助けてくれてありがと」

 セシルは左足を両手で抱え、立ち上がろうとした。

「肩を貸す。俺は今からあいつと一戦交えなきゃならないんでね。とりあえず自警団の詰め所に連れて行く。あそこならまだ安全なはずだ」

「あいつと? そんな、敵いっこない!」

「敵わなかったら俺達はみんな死ぬだけだ。けど、死ぬ前にやれる事があるだろうが」

 それだけ言うと、セシルは押し黙ってキサラの肩に身体を預けた。無言の承知。恐らく彼女も余計な事を気にしている余裕は無かった。



 自警団の詰め所にセシルを置き、外に出ると先ほどまでよりも強い風が顔を吹き付けた。同時に、横殴りの雨が徐々に降り始めている。本格的に嵐が来そうだった。

 詰め所から残っていたロングボウと、ありったけの矢を持ち出した。だがその数は心許ない。恐らくほとんどの矢は先に他の隊員達が持ち出して行ったのだろう。雨を腕で乱暴に拭いながら、仲間達が待つ戦場へと向かう。東の空は先ほどよりも前進した怪物によって覆い尽くされている。

 破壊された民家が数多く見られる。既に亡くなっている人達の山。自警団隊員や、騎士団員の亡骸もまるで風景の一部のように重なっていた。

 街の東は倒壊した建物により火災が発生しており、煙が立ち込めている。このままでは街の中央にまで燃え広がるだろう。

「何だ、あの動きは」

 狂獣の口から空気を歪ませる咆哮が。どろどろの上半身を仰け反らせながら、低い声で何かを唱えるような素振りを見せた。そう、まるでその姿は知能を持った生物。人間が言葉を喋る時と同じようなものだった。口が動いているのだ。言葉を紡ぐかのように。

 直後、狂獣の額の辺りに何かを放出したようなエネルギーの光の柱が立った。キサラの正面、三百メートルほど先が眩く輝く。

「あれは――おい、ヤバイぞ!」

 激しい揺れ。耳を劈くような爆音。キサラはその場に伏せた。上空にまで立ち上る憤怒の炎。まるで牢獄のような灼熱の火炎が周辺を襲う。焼け爛れた人間の燃えカスが空から次々に降り落ちた。嵐に乗り、火の粉が街を更に襲った。

 知能を持つ生物だとしたら考えられる。魔法を使うという事が。魔法にも色々種類があり、攻撃の魔法も中にはある。具体的な例を示すと、想いを形にするというのが主な攻撃魔法の使い方であり、『こういった攻撃を具現化させたい』という想いが強ければ、それに見合うだけの力を消費して現実化する。

 その『想い』が強ければ強いほど、具現する魔の力は強力になる。一応、下級や中級、上級といったある程度のランク付けは魔法によって出来るが、正確に言うと区別は出来ない。

「エクスプロードじゃねえか……。あれをもう一度やられたらまずいぞ。それこそ街が火の海になる」

 具現化する魔法も、人によってまるで形が違う。だがある程度の型は決まっている事が多いため、似たような魔法はいわゆる形式上の名前で呼ぶ。今使われた『爆発』の魔法、『エクスプロード』は強力な火の上級魔法だ。爆発のエネルギーを起こすのは並大抵の力ではない。普通の人間なら精神崩壊を起こして廃人になってしまうレベルだ。

 雨は本降りになってきた。だがそれは都合のいい事に、街中の火消しの役目を果たしてくれる。風は強いが、雨脚が強いためにこれ以上炎による被害の拡大は無いだろう。

 キサラはようやく本陣に辿り着いた。張り詰めた弦から一斉に、狂獣に向かって矢が放たれる。木の矢はちくちくと狂獣に向かって放たれるが、全く怯む様子は無い。どろどろの身体に飲み込まれて、血肉へと消えてゆく。

 レム隊長に報告を済ますと、キサラも弓を構えた。久しぶりに扱うロングボウは狙いが上手く定まらない。それに加えて激しい嵐の中でまともに狙いを定めるのは至難の業だった、重い弓に腕が吊りそうになる。

(何とか、ならないのか――)

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