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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
プロローグ
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プロローグ ―無垢な魔の力―

プロローグ


 自警団の詰め所の一室では、一人の耳の長い女がそっぽを向いて窓の外を垣間見ていた。木の椅子に座らされた彼女の両手には橙色の輝石が取り付けられた、手錠のような腕輪が掛けられている。

「なぁ、何でお前あんな事をしたんだ。そろそろ話してくれないか。俺も暇じゃないんでね」

 狭い個室に二人。机を挟んで女と向き合っているのは髪の長い青年だった。腕を組んでランプの明かりを頼りに、暗がりに存在する女の顔を見据える。だが女は一向に視線を合わせようとしない。

「ふん、理由なんかどうでもいいじゃん。さっさと開放してくれない? この忌々しい腕輪取ってさ」

「駄目だ。そいつを取ったらまた魔法で大暴れするつもりだろ。少なくとも取調べが終わって、お前が反省した様子を見せるまでは外せない」

 橙色の輝石の腕輪。サイレントバングルと呼ばれているこの腕輪に付いている橙色の輝石には、強力な封魔の力が込められている。サイレントの名前の通り、いかに強大な力を持つ魔法使いであろうとも、このバングルを装着するだけで魔力は一時的に封印され、数段階下の貧弱な力しか出せなくなってしまう。

 女の腹からは、胃が収縮して虫の泣く声がひっきりなしに聞こえてきている。両手を振り回せばすぐに壁にぶつかるほどの狭い部屋である。小さな音だって良く聞こえる。

「まぁ、理由は何となく想像できるけどな。その音を聞きゃあよ」

 腹が減っている。それしか理由は無いだろう。この女が魔法の力で暴れ、飲食店を襲ったのは今から約三時間前。だが空腹のために本来の力が出なかったらしく、店で食事を摂っていた旅の剣士の男に取り押さえられた。

 被害は店の壁に大穴が開いた事と、女が暴れた際に暴走した魔力が厨房の調理器具の一部を破壊した事だった。器具の被害自体は軽微だったが、店の穴の修理費は高く付きそうだった。

「とりあえず、なんか食うか?」

 このままでは埒が明かないと判断したのか、男は部屋を一旦後にした。女は返事をしなかったが、微妙に嬉しそうな顔をしたのは見間違いではあるまい。



 詰め所に戻ると、机に座って書き物をしていた大柄な男が首を上げて話しかけてきた。豊かな髭を蓄えた、たくましい男だ。腰には長剣を挿している。

「どうだキサラ、何か話したか?」

 キサラと呼ばれた髪の長い男は、首を横に振った。腰には手を当て、やれやれと言った様子だ。

「レム隊長。いいえ、駄目ですね。空腹で気持ちも落ち着いていないらしく、不貞腐れて何も話そうとしませんよ。とりあえず何か食わせようかと思いまして」

 レムと呼ばれた大男は、髭をさすりながら唸った。

「ううむ、仕方ないな……。自警団の予算も多くはないというのに。後で城の方に臨時で女の飯代を請求しておくか」

「はは。なら、ちょいと豪華な飯でも食わせてさっさと吐かせちまいましょうか」

 キサラは悪乗りしていた。だがレムも調子を合わせてくる。

「そうだな。隣のかっちゃん屋にでも行って、一番高いデミグラペッパーオムライス弁当でも買ってきてやれ。あそこまでウマイ飯食わされれば、嫌でも吐くだろう」

「分かりました、そうしますよ」

 と言って、詰め所の扉を潜っていった。

 眩しい太陽に照らされ、外は白亜の建造物が並ぶ、美しい街並みが広がっていた。勾配の多い土地に造られたこの首都は、丘陵の一番上に荘厳な白亜の王宮が建っている。そこから放射状に広がった街並みが、初めて見る者を必ず圧巻させる。作ろうと思って作れる街並みではない。自然の土地を上手く利用した結果、出来た街なのだから。

 商店街は盛んだった。威勢の良い掛け声が飛び交い、さまざまな国から来た商人達があちこちで値引きの商談を行っている。この国の人種は肌が白いが、中には明らかに異国から来たと思われる肌の黒い人も居た。そういった人に限って、分かりやすい異国文化の服を着ている。

 キサラは迷わず、商店街の中にある弁当屋へと足を運んでいった。いつも自身が昼食を買う、かっちゃん屋という弁当屋だった。安いお得メニューから高級志向なお弁当までさまざまなバリエーションがある。その中でも最高級弁当、『デミグラペッパーオムライス弁当』は、未だにそのキサラでさえも食べた事の無い弁当だ。器からして何処かの三ツ星レストランで出てきそうな気品のあるイメージで、彩りも玉子の黄色とデミグラスソース、その他副菜の色鮮やかさが際立つ弁当だった。

「全く、俺でさえも食った事無いのに。何で食い物強盗にコレを目の前で食わさなきゃならねえんだか」

 幾分気落ちした様子で、キサラは恰幅の良い中年女性に弁当を注文した。女性は「二倍大盛りサービス中だよ」と言い残して調理を始めた。



 獣のような勢いで弁当をかっ食らった女は、笑顔を振りまいて満足そうな吐息を漏らした。食べている最中、キサラが凄まじく気落ちしていたのには、女は気付いていないようだった。

「おいしかった! こんなおいしい弁当食べたの初めて」

「そうかい。そりゃあ、良かったな……」

 今度はキサラの腹が鳴ってくる番だった。

「そうねぇ。気が変わったから、話したげる」

 女は先ほどとは打って変わって、積極的に話し始めた。

「わたしね、ちょっとした理由で一人旅してるんだけど、お金無くなっちゃって。お腹空きすぎてもう駄目だと思ったら、目の前においしそうな匂いしてる店があるじゃん?」

「だから襲った。か」

「ま、子供でも説明しなくたって分かるよね。そんなの」

 女は人を小ばかにしたような話し方だった。キサラは改めて女の姿を良く見るが、子供のような外見だがところどころ大人っぽい色気があり、太股を明らかに見せている印象のホットパンツのせいで目のやり場に困った。

「大丈夫。わたしは魔法で生き物を襲う事はしないから。勢い余って物は壊しちゃう事あるけどね」

「ついでに言うと、物も壊すなよ」

 すかさず突っ込みを入れるキサラ。

「へへ、ちょっとやりすぎちゃった。大丈夫、人間は傷付けてないから」

「全く、人騒がせな奴だ。本当ならこんなお前みたいな奴の取調べなんてのは俺達の仕事じゃないのに」

 だが女は聞いてない。特徴的な長い尖った耳を揺らし、肩で切り揃えた金髪を手ぐしで整えると、「よいしょ」と呟いて立ち上がった。

「じゃ、そろそろわたし行くから」

「おい、行くからって、何処へ」

「ん? どっかへ」

 だが手にはサイレントバングルが付けっぱなしだ。両手を塞いだままで、何処へ消えようというのか。

「駄目だ、お前には店の修理代を弁償してもらう必要が――」

「え、そんなのめんどくさい」

 女は錠の掛けられた両手を前に突き出すと、気を溜め始めた。両腕から仄かに光が発せられ、それは次第に気体のようにも見えるオーラへと変わっていった。

 キサラも立ち上がり、女の肩をつかもうとする。だが詰め寄られる前に女は「はっ!」と一発叫んだ。すると目の前で魔力の塊が女から奔流し、一瞬で手の錠は砕け散っていった。

「な、何だと?」

 あまりの事に足が動かず、女は目の前で自由になった両手をぶんぶんと振った。

「じゃね!」

 右手を前に突き出す。瞬間的に強烈な光の魔力が腕から放出され、その衝撃波で部屋の壁には火薬が爆発するような炸裂音と共に大穴が開いた。煙が部屋に立ち込め、キサラは顔を覆って咳き込んだ。

「くそっ、何だあの女は」

 気付いた時には、女は部屋の壁に開いた穴を悠々と通って外へと逃走していた。部屋に残されていたのは、女の持ち物だと思われる旅券だった。どうやら落としていったらしい。船のパスのようだった。

 どうやら見た目以上に魔法に精通した女らしかった。魔力を封じ込める作用を持ったサイレントバングルを、自分の魔力で破壊するなど普通の人間の魔力ではない。子供のような無邪気な顔を見せていたが、恐らく悪魔のような力を持っている事が想像できた。

 だが船のパスを持っていたという事は、恐らく空間移動をするような力は無いのだろう。だから歩いて旅をしているのだ。

「何者だったんだ、あの女は……」

 船のパスの名前の欄には、「シエラ・エタートル」と書かれていた。


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