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一命様 鳴る御鈴。

作者: 虚塔

皆様、お初にお目にかかります。私、鶴丸南雲と申します。名前が面白いとよく言われます。私の名付け親は祖母なのですが、どういった意図で付けた名前なのかは聞きそびれました。

普段は鶴亀葬祭という葬儀社のしがない社員をしております。担当は主に手続き関係と新人育成です。

ここでは、私の今までの葬儀社員人生の中であったご葬儀の出来事をお話したいと思います。プロも震え上がった恐怖体験から、温かな涙溢れる物語もございます。心ゆくまでお楽しみくださいませ。

さて、それでは本日の小噺を始めさせて頂きます。今回お話するのは、とある葬儀の最中に起きた出来事です。皆様は、御鈴はご存じですか?大抵の方が想像つくかと思いますが、読経などで鳴らすあの大きい鈴のようなものでございます。今回はそれにまつわるお話です。

それでは、皆様お立ち合い。鶴丸南雲の怖い噺、開幕でございます。






その日の私は、葬儀の前に行う納棺の儀を進めておりました。亡くなられたのは、一族のご尊父様です。喪主を務めるのは奥様とご子息様。形式上喪主は一人なので、実際の喪主は奥様ということになります。

納棺の儀というのは、ご遺体を清めて旅装束を着せ、布団をかけて一同合掌。そして最後に棺の蓋を閉めさせて頂く。簡単に説明しますとこのような儀式となります。

私は必要な道具を揃えると、ご遺族の方々と共に儀を進めておりました。

旅装束をご遺体に着せ、これから棺に納めるところまで進みました。それまでは、何の問題もない儀と思っていました。

棺の蓋に手を伸ばした時、微かな違和感を覚えました。ご遺体ではなく、周辺の空気に。

私は手元を動かしつつ、その違和感の正体を考えました。

そして気付いたのです。

(線香……新しく買い直したのでしょうか…………?)

妙に強い線香の匂いが鼻腔を擽っていたのです。この会場で先ほど線香は使いましたが、とっくに匂いは薄れておりました。しかし使い始めた時よりも強く、その匂いは周辺に漂っているのです。

頭の中で、今日の日程について考えました。他の会場で葬儀をやっているのであれば、これは隣の会場から匂いが漏れただけの、何の変哲もない出来事です。ですが、いくら記憶を探っても、他の葬儀の予定は浮かびませんでした。今朝予定を確認して、今日はこの一件だけだと考えたことを覚えています。

ご遺族の方々を見遣りました。匂いなどを気にしている様子の方はいらっしゃらないようです。私も気にかかってはいましたが、態々言う必要もない気がしました。誰も気付かないのであれば黙っていよう。私はそう思ったのでございます。

しかし、数分が経った頃、ご遺族の方から声が上がりました。

「ねえ……何か匂わない?」

最初に声を上げたのはご親戚の方でした。その思考は伝染するように広まり、喪主である奥様やご子息様も勘付き始めます。

「本当……これは……線香?」

「鶴丸さん。隣の会場で、葬儀をやっているんですか?」

私はこの時、真実を申し上げるべきか迷いました。誠実な仕事を務める人間である以上、嘘を吐くことは憚られました。しかし正直に事実をお伝えして不安を煽る真似もしたくありません。

迷った挙句、私は口を開きます。

「……大変申し上げにくいのですが…………本日は他の会場での葬儀や儀は執り行っておりません」

ご遺族の方々の反応を見て、私は馬鹿正直にお伝えしたことを後悔しました。想像していた通り、場は騒然となり、口々に説明を求めます。

「さ、さっきまで線香をつけていたんだから、匂いが残っているんでしょう?」

「匂いなんてさっきまでしてなかったじゃないか!」

「じゃあ何でこんなに匂いがするって言うのよ!?」

言葉が飛び交った末、皆様の視線が自然と私へ向けられます。

「鶴丸さん!どういうことか、確認して頂戴!」

奥様の言葉を皮切りに、次々とそれに賛同する声が上がります。

ですが、私とて動揺しているのは同じでした。予定にない線香の匂いが突然し始めたのです。誰かの悪戯というには、動機も目的も全く分かりません。正体不明の出来事に、何とお答えすれば良いか、空回る思考を必死に巡らせました。

その時でした。

チーン……

チーン…………

チーン……………………

御鈴の音が、会場中に響き渡りました。この会場ではない。にも関わらず、異様なほどはっきりと聞こえるのです。

もはや納棺の儀どころではありませんでした。半ば阿鼻叫喚と化した状況です。目を向けられ続ける私も、針の筵にいる気分でした。

ご子息様が私の肩を掴んで叫びます。

「おい!どういうことなんだよ!鶴丸さんよ!」

続いて奥様、その他のご遺族の方々も私へ詰め寄ります。兎に角状況を説明しろ、さもなくば他の会場を見て来い、と。私は気圧されながらも、場の平和を保つために必死で声を張り上げます。

「か、かしこまりました……!確認して参りますので、皆様はこちらでお待ちください……」

本音を言ってしまうと、私も見に行きたくないと強く思っていました。誰もいないはずの会場から御鈴が鳴るのです。見に行きたくなるほどの度胸なんて持ち合わせておりません。ですが、そもそも葬儀で疲弊している奥様やご子息様に『ご自分で見に行かれては?』なんて口が裂けても言えません。私は渋々立ち上がり、会場を後にしました。

一先ず確認しないことには、私も安心して儀を終えることが出来ません。音の響き方からして、同じ階でしょう。納棺を行っていた階に、会場は二つしかありません。そのうちの一つを使っているのですから、残すは一つです。

会場へと続く襖の前まで辿り着きました。私は、緊張と恐怖で震える手を今一度握り締め、意を決して襖を開けました。

パタンという音と共に、襖が開き会場が露わになりました。


そこには誰も居らず、ただ電灯がチカチカと点滅しているだけでございました。

まるで死の間際に震える、風前の灯火のように―――――――。






これにて終結です。如何だったでしょうか。

結局、あの後ご遺族の方々には『私の思い違いで、葬儀は他の階で行っていた』と嘘を話してしまいました。嘘を申し上げるのは心苦しかったのですが、その結果場が落ち着きを取り戻したのを見て、私も安堵の溜息を吐いてしまいました。

結局、あの線香の匂いと御鈴は何だったのでしょう。誰かの悪戯か、片付け忘れであったりするのかもしれません。もしかすると、亡くなったご尊父様の最期の訴えだったのかもしれません。もちろん、真相など分からず仕舞いですが。

それでは、今回の小噺は閉幕と致します。もし皆様がお別れのことでお困りでしたら、この鶴丸南雲をどうぞご贔屓に。真心込めて、最期のお別れをお手伝いさせて頂きます。

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