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第9話



 コルア渓谷は左右を背の高い絶壁で囲まれた谷がどこまでも続く広大な土地だ。気候は温暖で草葉が豊かに茂っていて生物の多様性にも富んでいる。

 獣魔がいなければ珍しい薬草の採取や狩猟にも適しているのだが、人間にとって問題となるのはその周辺一体の食物連鎖の頂点に立ち、より大量の魔力を保有する獣魔、ヌシだ。


 獣魔は成長しすぎると凶暴性が増していく。そのためある程度成長すると人里にまで危害及ぼすことがあり、人に狩られる。

 そんな獣魔退治もイグセルたちは周辺の集落から依頼されてやっている。特に人里に危害を及ぼす獣魔を狂態獣魔と呼んでいる。


「要は体よく仕事のひとつを投げられたわけか」


 近くにイグセリカたちがいないことを良いことに、私は素で愚痴を零す。


「しかし、子どもに与える試練にしては少々重すぎやしないか?」


 もちろんそれは一般的に、という意味でだが。


 獣魔バジリコック。

 元は土中内の微少魔性プランクトンをついばむだけの鳥類の一種だったものが、体内に魔力を蓄蔵しすぎたがために肉体細胞が無尽蔵に増殖し、その活動エネルギーを補給するためにさらなる魔性生物を補食しはじめた化け物。さほど珍しくはないタイプだが、際限を知らない暴食性は人にとっては危険極まりない。


 獣魔は補食を繰り返し魔力を体内に貯め込む。その魔力で生物学の矛盾性を克服するため、通常考えられない特徴を持つことが多い。

 例えば、八本の脚で空を駆ける三頭馬。海棲化した鯨大の巨大鼠。積乱雲に棲む怪鳥の群れ――挙げればきりがない。

 その多様さはいくらこの私でも把握しきれないほどだ。


「まあいずれも私には取るに足らない相手ではあるのだが、問題は……」


 私は前を向いたまま背後に注意を向けた。私の立っている位置から、およそ町ひとつ分離れたあたりの茂みの中といったところか。


「やはり見られているな。シルリィの目がある限り、大きな力は使えないか」


 背後から鉄の槍で刺されているかのような鋭い魔力の反応。

 シルリィだ。彼女は魔力を望遠鏡のように変化させて遠くのものを見ることができる。

 それもただ対象の動きを観察するに留まらず、周囲の大気などに含まれる魔力の流れすらも全て把握することができる特異な能力だ。


「それにしてもここまで監視されるとはな。イグセリカが私の実力を信用していないというのは存外本当だったのかもしれないな」


 イグセリカに師事し魔力の使い方を学んできたわけだが、いくら魔力を使い慣れた彼女の修行といえど、子どもに与える修行内容など私にとっては児戯にも満たない程度のものだ。

 時折イグセリカの想定外のことを起こしてしまい、驚かせたことは何度もある。

 その度に上手く誤魔化してきたつもりではあるが、心の根では何かしら思うところがあったのだろう。

 彼女の中に私に対する疑惑があるならば、この試練でそれを確信に変えるわけにはいかない。下手に力を使いすぎればシルリィに感づかれ、私がただの子どもではないことが彼女らに悟られる可能性がある。


「つまり私は、イグセリカたちの想定するアルトゥール・リープマンの実力内で、バジリコックを退治しきらないといけないわけだ」


 それはなかなか骨が折れそうな作業に思えた。

 私がイグセリカから伝授された魔力技能は、手の先で魔力を刃状に変化させる形態変化と、自身の身体の一部に魔力を込め身体能力を向上させる強化法のみだ。

 特殊な方法などない、恐ろしく基礎的なメソッド。

 子どもとしての私が教わったのは、魔力の使い方としてはその程度の意味合いしか持たない技術なのだ。

 もちろんイグセリカの師事の下、その精錬性は研ぎ澄まして(ように見せて)きたのだが。


「なかなか不条理な条件だが、だがまあ、それでこそ我が花嫁というものだ」


 同じ条件でも彼女たちなら苦戦はするだろうが成し遂げるだろう。

 そんなことを考えていると、渓谷の奥の方で大きく動く影があった。

 さっそくお出ましか。


「いいだろう。これは花嫁たちから私への新たな形の挑戦だ」






「ねぇー、イグセリカ、ほんとに大丈夫なの?」


 地面の上に四つん這いになって茂みの葉と葉の隙間を覗き込むシルリィが、唇を尖らせてぶぅたれた。


「いいからしっかり見ててよ。この距離じゃあシルリィじゃないと見えないし、近付いたら隠れて見てるってバレちゃうじゃないか」

「でもアルトくんひとりでバジリコックを相手にするなんて、下手したら本当に死んじゃうかもしれないよ? いいの? そんなことになって」


 心配性のシルリィに、イグセリカは呆れたように両手を拡げてみせた。 


「わかってないなあ、シルリィは」

「なにおさー」

「この試練はさ、フェイクなんだよ」

「どういうこと?」

「普通に考えて、アルトみたいな子どもがバジリコックを倒せるわけがないだろう? これは、アルトにわざと失敗させて、諦めさせる作戦なんだ」

「えええぇぇ~? どおしてそんなことするの?」

「あいつがピンチになったら、すかさずあたしが助けに入ってバジリコックを退治する。そしたらアルトも『さ、さすが師匠。ぼくにはまだ敵いません。ついていくのは諦めます……』ってなるだろ?」

「そっかあ!」

「最近落ちてきたあたしの威厳も保てるし、獣魔退治もできるし、一石二鳥だ!」

「イグセリカ、頭良い!」


 イグセリカは神妙な顔つきで腕を組み、うんうんと数度頷いた。 


「アルトは天涯孤独の上に、見知らぬ村で生きなきゃいけなくなった可哀想な子なんだ。あたしたちでしっかり見守って、育ててやらなきゃね」

「うん! わたしたちでアルトくんをずっと守ってあげようね!」

「背伸びしたがるアルトを挫けさせるのは心が痛いけど、これも人生には必要な行程なんだ。でもいつかこの経験が、アルトを大きく成長させる。そのためには、この日の涙が欠かせないんだよな」

「アルトくんが泣いたら今度こそわたしが慰めてあげるんだぁ。頭を撫で撫でしてよしよしってしてあげるの」

「おいおい、シルリィ。あんまり過保護もよくないよ。あたしは、そうだな。河原で二人で寝そべって、一晩語り明かそうかな? そんで美味いもんをたらふく一緒に食うんだ」

「イグセリカだって十分過保護だよ! でも、きっとそれくらいの方がいいんだよね?」

「そうだね。アルトは家族の愛情に飢えてるはずだもんね」

 シルリィは袖を捲ってたいして大きくもない力こぶを見せて意気込んだ。

「よぉっし! わたしがしっかり見張ってるからね! アルトくんが危なくなったらイグセリカ、お願いね!」

「ああ! 任せときな!」


 イグセリカは歯が白く輝く笑みでサムズアップを返した。




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