第64話
わけが、わからない。
「なぜだ…………なぜなのだ。ウィチャード・ラグナーは殺したはずだ!!」
思わず私は悲鳴のように叫んでいた。
それを聞いたイグセリカが、わずかに首を傾げて鸚鵡返しする。
「ウィチャード・ラグナーを、殺した…………?」
ピンときていないのだろう。当然だ。彼女たちがウィチャード・ラグナーを知っているはずがないのだ。
私の言葉の意味などわかるはずがない。
だから花嫁たちが私に敵意を向けるなら、それは別の理由であるはずだ。
そう、思っていた。
「――フッ」
誰が漏らしたかもわからない微かな失笑だったが、それが端緒となった。
「ふははははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははは!」
「ひゃはははははははははははははははは!」
「はははははははははははははははははは!」
一斉に噴き出し腹を抱えて笑い出す花嫁たち。
なんだ? 一体何が起こっている?
「魔王なんて浮世離れした存在かと思っていたが、まさかここまでとはな」
グウィレミナが眦の涙を拭い、なおもこらえきれず笑い続ける。
「なかなかユーモアがあるな。気に入った。命を懸けるならこういう奴じゃねえとな。見ろよ。あのきょとんとした顔。魔王の割に愛嬌あるじゃねえか」
ドラヴィオラまでもが笑いを我慢できず、無防備に額を抑えて堪えている。
本当に彼女たちは、彼女たちなのか?
私の知っている四人とは、とても同一人物には見えなかった。
「お前たちは……誰だ?」
「わたしたちは託された者だよ」
「託された? 誰に?」
「魔王ってのは頭の方はあんまよくないらしいな。自分でさっき名前を言ってたじゃねえか」
「ウィチャード・ラグナー……? だが、しかし、ありえない……」
「自分が殺したとでも言いたいの? あなたが彼の何を知っているの?」
「知らない。私は知らない。だから、わからない……」
「一つだけはっきりしているのは、彼は貴様の敵だということだ」
「敵……」
いくら言葉を交わしても、私にはその道理がわからなかった。
「つまりワタシらの敵だってことだ!」
ドラヴィオラが疾風となって駆ける。次の瞬間にはもう私の眼前に迫っていた。
悄然としていた私は、彼女の拳をもろに顔面に喰らった。
「なっ……!」
ドラヴィオラの方が驚愕に顔を歪める。
よく練られ、極められた魔力の拳だった。あのころとは比べものにならない。
だが私の足をその場から動かすには不十分だった。
「私は、ずっと待っていたのだ。最も期待を抱いて……」
「何の話か知らねえが、死ねやあ!」
ドラヴィオラが再び構えようとしたとき、私はかっと目を見開いた。
「お前たちがいくら刃向かおうと全くの無意味だということがわからないのか!」
私は再度攻撃を加えようとしたドラヴィオラの顔を掴みかえし、掌に魔力を収束させた。
「――――っ!」
組織分解によって、ドラヴィオラは顔面から一気に崩壊していく。私を最後まで疑い馴染むことのなかったドラヴィオラの肉体は、一瞬にして赤い微塵となりこの世から消失した。
私は顔を上げた。
飛来するのは、視界全域に広がる、一万発を超えるザミエル・ミサイルだ。
それだけではなかった。
私の周囲三百六十度を取り囲むように、地中から無数の槍が生まれ私に狙い澄ます。グウィレミナが仕込んでいたのだろう。
上も下も逃げ道はない飽和攻撃。
逃げ道がないのなら、逃げなければいい。
私は両腕を前に突き出し交差させ、バッとそれを開いた。
私が干渉した瞬間、瞬時にミサイルと槍の挙動に影響が及ぶ。
ミサイルは弾道の物理法則を崩され全て私に届く前に四方に逸れ互いに誘爆を起こした。
槍は腐食の連鎖崩壊を起こし向かってくる以上の速さで崩壊しながら後退した。
花嫁たちの攻勢はまだ終わりではなかった。続け様に、舞い上がった粉塵を切り裂くように影が浮かぶ。
武器を構えたグウィレミナだ。今の弾幕は死角を作り接近する役割も兼ねていたのだろう。攻撃を防いだ直後の私の隙を狙って高く跳躍し飛び掛かってきた。
私は一歩、右足で足踏みした。
鋭く隆起した幾本もの大地の槍が百舌の早贄のようにグウィレミナを空中で突き刺し空に掲げた。腹部の大部分を貫かれた彼女はそのまま動かなくなった。
続いて、伸ばした右腕の先から放射状の超高熱波を放つ。
物陰に隠れ機を窺っていたシルリィをもろとも焼いた。大方、グウィレミナが作った隙を狙い狙撃しようとしていたのだろう。
私はこれまで、どんなに彼女たちが刃向かおうとも対話の余地を残していた。殺すのはあくまでやり直すための手順でしかなかった。
だがこのときの私は、明らかに彼女たちを殺すこと自体を目的として魔力を振るっていた。
これは、激昂だ。
これまで感じたことのない、私自身にとっても不可解な衝動だった。
正面から馬鹿正直に仕掛けてくるドラヴィオラを反撃の余地も持たせず弾け殺し、スッとした。
奇襲を練っていたグウィレミナにその機を与えることなく突き殺し、ざまあないと思った。
遠距離から狙ってくる鬱陶しいシルリィを圧倒的火力で焼尽し、清々しい気分だった。
あとは最後の一人を――。
「こっちだ。魔王」
私の頭上遙か高く宙に浮くイグセリカ。両手を上に伸ばし、太陽を遮り夜と化すような巨大な魔力球を掲げていた。
真っ先に突っ込んで来そうなイグセリカがやけに静かだと思ったら、他の三人は魔力球を作り上げる時間を作るための囮だったようだ。
イグセリカは私に向かってそれを振り下ろす。
あのときの巨人以上の質量を持つ魔力塊だ。人の限界以上の魔力を有するイグセリカにのみ可能な、単純だが強力無比な質量攻撃。
トール・ライフルですでに不安定なこの地にあの質量がぶつかれば無事では済まない。およそ人が足を立てる場所など無くなるだろう。
跳ね返すか、あの魔力球以上の質量で吹き飛ばすか、あるいは魔力刃で断ち割るかだが、何にしろ周辺の大破壊は免れまい。
私はいずれも選ばなかった。
最後に、最後にもう一度だけ、イグセリカと言葉を交わしたかった。
私は口を、がぱ、と開けた。
途端に魔力球の端に細い渦が生まれ私の口の中に滑り込んでくる。
みるみるうちに魔力球は萎み、一分も経たないうち私の腹に収まった。
凪を報せる風が一迅吹く。
「あたしの魔力を、喰い尽くした……?」
「取り返しただけだ。お前たちに貸していたものを」
イグセリカにとっても渾身の一撃だったのだろう。それを容易に無力化され呆然としていた。
「これが魔王か」
イグセリカは不敵に笑ってくる。が、それは畏怖に極まった諦観の笑みだ。
「殺せ。みんなと同じように」
私は地に降りたイグセリカに近付く。




