第62話
もちろんのこと、アルトゥール・リープマンの死は私が自ら演出したものである。
安っぽい三文芝居ではあったが、上手くことは運べたようだ。
あの巨人の核となった月の石。
トール・ライフルによって砕けていたが、ほんの小さな欠片が落ちているのを私は見つけた。
その月の石には、私の魔力が微量ながら残っていた。
以前物質世界を作り上げた際に、月に保存していた魔力が。
私が月から母星に魔力を戻す前に、当時の人類が持ち帰っていたせいだろう。
それに気づいた私は、イグセリカを助けたときに、月の石の欠片に私の意志が干渉するように小細工を施した。
結末は先の通りだ。言い逃れのできなくなった私は、魔力をレーザーのように射出し、死角からアルトゥール・リープマンの胸を貫かせた。
種明かしをすればその程度のことに過ぎないが、背景を知らないイグセリカたちには効果覿面だっただろう。
狙い通り、アルトゥール・リープマンは狙撃され死んだ。
死んだ人間の正体は暴けるはずもない。追及から逃れるためには、彼女たちが絶対に辿り得ない場所、つまりは死地に逃れる他なかった。
今思い返せば危ない橋を渡り続けていたのだと自分に呆れもするが、彼女たちはアルトゥール・リープマンの死を信じて疑わず、私が何者であったかよりもその喪失に心を痛めた。
ウィチャード・ラグナーが死に。
やつが生み出した虚構の英雄も潰えた。
最後に必要なのは、アルトゥール・リープマンの消滅だ。
村から出ていくだけというような別れでは生温い。もともとタイミングよく死を偽装できる状況を探ってはいたのだ。
イグセリカたちとアルトゥール・リープマンは、生ある中で二度と会うわけにはいかない。死という彼女たちにとっては永劫の別れを以てアルトゥール・リープマンと決別させ、これからの覇道を阻害する要因を排除する必要があった。
彼女たちはアルトゥール・リープマンの正体を知らぬまま成長し、魔王たる私の花嫁の資質を伴って私の前に再び現れることになるだろう。
この先に何が起こるだろうか?
そう考えたとき、不意にウィチャード・ラグナーの言葉が頭によぎった。
『疑問を持つ限り、皆脆弱なのだ』
「黙るがいい。ウィチャード・ラグナー」
記憶の中に蘇る霧のようなウィチャードを振り払う。
だが認めよう。私は疑問を持った。
私は、この先に起こることを知らない。
私にあるのは、どんなに長い時間がかかろうとあの四人の花嫁たちが必要であるという使命感だけであり、花嫁たちを迎えた後に何をすればいいのかを知らないのだ。
その答えは、いずれ私の花嫁たちが集えば自ずとわかる。
彼女たちが再び私に相見えるとき、全ての疑問は氷解される。
私の脆弱性はなくなり、私は魔王として絶対的な存在となる。
最大の障害は排除されたのだ。
私はようやく、新しい光景を、物語の終章を見ることができる。
ああ、楽しみだ。
さて。イグセリカたちが成熟するまで、ひとときの休息としよう。