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第61話



「――あ、えっ?」


 その光は、背後から私の胸を貫いていた。


「アルトくん!?」 


 巨人のいた方向から、一直線に。無音の光が。


 ワンテンポ遅れて、私の胸に空いた穴から、ごぽごぽ、どぷどぷと血が溢れる。

 イグセリカとシルリィが駆け寄ってきて倒れた私を支えた。


「ごふっ……あ、あ――」


 目の焦点が合わない。自分の血の臭いだけが鼻腔に充満する。


「一体、何が!?」

「わからない……っ。魔力の光がいきなり飛んできてっ。あれは、さっきの巨人の……?」

「まさか、さっきの巨人がわたしたちに反撃してきたというのか!?」

「そんなことあるかよ! 倒したハズだろ! もっとよく見ろよ!」

「間違いないよ。今のは巨人と同じ魔力だった……。完全に消えたわけじゃなかったんだ……」

「最後っ屁ってことかよ。くそ。よりにもよって――」

「アルト! だめだ! 死ぬな!」

「医者を探してくる! 一度ならず二度までも死なせてなるものか!」

「おい! 死ぬ前に教えろ! お前は一体何だったんだ!」


 ドラヴィオラが私に顔を近づけなおも問い詰める。

 しかしイグセリカがそれを許さなかった。


「ふざけるな! アルトに触るな!」


 イグセリカはドラヴィオラを押し飛ばし、私を庇うように抱きかかえる。


「待っていたら間に合わない! シルリィ、近くに医者がいないか探すんだ!」

「さっきから探してるけど、巨人の騒ぎで街中が混乱してて……」


 最後まで言いかけて、シルリィは何かに気づいた。


「いたよ! 怪我した人たちを診てるお医者さんがいる!」


 シルリィによれば、どうやら町医者が緊急野外医院を設置し対応しているらしい。大勢運び込まれている様子が見えているのだ。

 イグセリカは私を抱いたまま魔力でエンジンを組み上げる。


「飛んでいく! シルリィも乗って案内してくれ!」


 降り立ったそこで二人が目の当たりにしたのは、看護師に群がる怪我人とその家族。医者は地面に横たわる意識のない患者に必死に声をかけながら止血を試みている。その患者は両脚が潰れていた。


 巨人が動き回り、崩れてた建物の瓦礫の下敷きになった者たちだ。あるいはシルリィの目から零れ、爆発の範囲内にいてなお生き残ってしまった不運な者たちか。

 そこには私と同じように致命傷を負った住民たちで溢れかえっていた。


「そんな……」


 どちらの方が急を要するのか、などと悠長な議論を交わす余裕などここにはない。

 ここでは誰もが死にかけ自らの肉体から溢れ出る血を必死に抑えようとしている。


 私に医術を施させるなら、同じように死にかけている他人を押しのけて、自分の身内を優先させるように声を荒げて主張しなければならない。


 名も知らぬ誰かを死なせ、弟子を助けろ。

 そう押し通せる強さはイグセリカとシルリィにはなく、その迷いが足を止めた。


 自己を省みず誰かを助けにいく覚悟は持てても、誰かを犠牲に別の誰かを助ける覚悟を二人はまだ持てない。


「し、しょう……」

「アルト!」

「ぼくは、ぼくよりも、助けないといけない人たちが――」

「ふざけたことを言うな! ここが駄目なら別の場所にいく! シルリィ!」

「わかってる!」


 すぐに二人は別の医者を見つけたが、どこも同じような状況だった。


「アルト! 大丈夫だ! きっと助けるから!」

「アルトくん! アルトくん! だめだよお!」


 イグセリカとシルリィが零した涙が私の顔にかかるのを感じる。


 さきほどの光線は、巨人の魔力が高密度に圧縮され撃ち放たれたものだ。


 私の身体は素材が素材だけに人間よりは遙かに頑丈だが、無敵というわけではない。特に今は子どもの姿の体裁のためにかなり脆弱になっている。


 いくら魔力に人の体組織をいじる力があるといっても、壊れた臓器を瞬時に治すことは至難の業だ。光線は人の手には修復不可能なほど私の内臓を焼き潰していた。


「ししょ……何も、伝えられなくて、すみま、せ。ぼ、ぼくは……」

「いい! もう何も言うな! わかってるから! 誰もアルトを責めたりはしないから!」 

「アルトくんがなんであろうとわたしたちは離れないよ! だからお願い! 今は生きることだけを考えて! きっとまだお医者さんはいるから!」


 近くにいるはずの二人の顔も、ぼやけて見えない。

 二人の目にも、もはや私の命の灯火が尽きかけていることは明白だろう。


 シルリィは窒息するのではないかと思うほどに息を詰まらせとめどなく涙を流している。

 暖かい二人の手が、私の手を握っている感触だけが、残された感覚の中でいやに鮮明だった。


「アルト! あたしは誓うよ! あたしはもう二度と自分の意志を疑わない! 必ずお前にあたしの覚悟を見せる! だから、死ぬな! アルト! アル――――」 


 イグセリカの声も、だんだん遠ざかっていく。


 この日、イグセリカとシルリィの腕の中で、私の意識は決して帰り得ない暗闇の深淵の中に沈んでいった。





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