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第60話



「ぼくは……ぼくはただの子どもですよ」

「とぼけるなよ。あんなことをしたやつがただの子どもだって言われて納得できるか」


 素直に答えない私に、ドラヴィオラが舌打ちして言う。


「わかってくれ。君のおかげであの巨人を倒すことができたのは確かだ。しかしそれを認めて『ああよかった。それではさようなら』とはいかないんだ。わたしは盟王都の騎士として、そして巨人を倒すことに手を貸した者のひとりとして、事の顛末を上に報告する義務がある。そのときに、『見知らぬ少年が倒し方を教えてくれました』なんて言えばわたしの正気を疑われかねない」


グウィレミナは両膝に手をつき視線の高さを合わせ子どもに言い聞かせるように微笑むが、その真っ直ぐな目には決して私を逃がす気はないという意志の強さが見て取れた。


「あ、あの、もしかして、アルトくんが罪に問われたりとかは……」


 おずおずとシルリィが割り込んでグウィレミナに訊く。


「いずれにせよ事情を聞かねば褒め称えることもできないだろう? しかし称賛とは紙一重なものだ。聞く人間によっては利用されその責を問う輩もいないとは言い切れない。特に今回の件は騎士軍の暗部が関わっているようだからな」

「そんな……」

「ああ、勘違いはしないでほしい。わたしは彼を保護したいんだ。彼はサラさんと同じようにサンジュリオ師団長の底巧を解明しようとしてくれていたのだと、わたしは理解している。だからこそ知りたいのだ。背景を知っていなければ擁護することも難しい」


 護るための理由か。


 人間とは何かにつけて理由や目的を求めたくなる性質があるのだな。


「約束しよう。わたしが必ず彼を護る。しかし法の下で公的な庇護を得るためには、どうしてもそのための根拠が必要なんだ。わたし個人の力だけでは君を社会的に護るにも限界がある」


 己の立場を弁えた理知的なグウィレミナらしい説き方だ。

 イグセリカもシルリィも『弟分を護るため』というお題目を掲げられては真っ向から反対もできまい。


 二人とも、もう反対する言葉を持ち合わせていない。なんなら、さっさと話してしまった方が楽になれると考えていそうだ。


 私にとっても彼女らにとっても、どれほど重大な真実が秘められているかなどあまりに無自覚でまるで想像もできていないのだ。


「アルト、話せるだけでいいんだ。焦らなくていい。少しずつで。お願い、できるか?」


 この場で明かせられる事実などない。と言いたいところだが、花嫁たちを納得させ今後に繋げるためには、ある程度の開示はもはや免れられない。


「わかりました」


 私が頷くと、四人の間にわずかな安堵の空気が漂う。

 引き延ばせるのもここまでか。


 思えばいたるところで私はその場しのぎの嘘をついてきた。

 皆が私の言うことを信じ、ときには協力してくれた。


 私は高を括っていたのだろう。容易に騙される彼女たちを、私は侮り過ぎていた。


 今の花嫁たちにこれまでのような嘘が通用するかどうか。それはやってみなければわからない。だが私は、自分の目的のために手段を選ぶつもりはない。


 もそりと口を開く。


「実は、ぼくは――……」


 花嫁たちが私のか細い声に聞き入ってわずかに上半身を屈めた。

 まさにそのタイミングだった。その異変が起きたのは。


 私たちの輪の中を、一筋の光が奔った。




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