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第56話


 凄まじい轟音。

 反作用による大気の震動の伝播だけで周囲の細い枝木は悉くへし折れた。


「ぐあっ!」


 イグセリカの砲台が霧散する。予想以上の衝撃に形状を保持できなかったようだ。

 だがタイミングは完璧だった。申し分ない出来だ。


 シルリィが読んだ軌道通り、槍は巨人のど真ん中に吸い込まれるように突っ切っていく。

 全員が祈り見守った。


 そして、着弾。


「そんな……」


 誰かの零した愕然が、結末を物語っていた。

 狙い通り槍は巨人を真正面から貫いていた。胸から背中までを。


 だが消え去りはしなかった。

 着弾の衝撃により体勢を崩し、首が地面に着くほど仰け反ったものの、振り子が戻るようにゆっくりと体勢を戻していった。


 そして完全に起き上がる。巨人は胸に槍を残したまま、なおも動き続けた。


「今のでも駄目だなんて……」


 彼女たちの顔にも落胆が浮かぶ。少なからず今の一撃に期待は込めていたのだろう。全員の能力を遺憾なく発揮させた一撃だったのだ。


 足りなかった。

 巨人に消滅する気配はない。痛覚など初めからあるとは思ってはいないが、まるで痛痒は感じていないようだ。


 やはりそう甘くはない。倒しきれたら御の字だったのだが。今の花嫁たちではこの程度の威力しか出せないか。


「てめえ、どういうことだ。全く利いてねえじゃねえか」


 ドラヴィオラが詰め寄って私の胸ぐらを掴み上げる。


「落ち着いてください。今のはまだ()()()()です」

「ああ? 準備だと?」

「あの巨人には、強い魔力に引き寄せられる性質があるんです。今の一発は、巨人の注意をこちらに向けるためだと思ってください。これであの巨人の移動先が予測しやすくなった」

「予測しやすくって、そりゃあつまり」


 槍が胸に刺さったままの巨人は、ゆっくりと方向転換し、正面を私たちに向けた。


 英雄バンガをモデルにしたウィチャード・ラグナーの英雄デュラハン。

 その身体には、戦を求めるバンガの本能が宿っている。


 戦を。強き者を。

 ここに集うのは人類最強の花嫁たちである。


 それを巨人に、ウィチャード・ラグナーの英雄に示した。

 やつはここに向かってくる。それが私の狙いだった。


 そして私には、同じリソース量で二本目の威力をさらに上げる策がまだある。


「グウィレミナさん、さっきと同じ槍をもう一本作ってください」

「ああ。もうすでに始めている。だがそれが限界だ。さすがにこれだけのものとなると同じ物は三度も作れない」

「構いません。次で決めます。師匠も、もう一度お願いします」

「まだ終わりじゃないんだな?」

「はい。()()()()()()()です。師匠、さっきよりも頑丈なものを、お願いします」

「任せろ。アルトに必ず応えてみせる。さっきは思っていた以上の衝撃で崩れてしまったけど、今度はあいつの一撃程度じゃ壊れない。壊れさせない」


 さっきはイグセリカの砲台が崩れたことでわずかに狙いがズレていた。距離が短かったがゆえにさほど影響は及ぼさなかったが、次はそうはいかない。


 イグセリカも早速作業に取りかかる。彼女にも大分『らしさ』が戻ってきた。さきほどまでの溶けかけた蛞蝓のような陰鬱を纏っていたときとは雲泥の差だ。


「ドラヴィオラさん。さっきの技をもう一度お願いします。ただし、シルリィさんの魔眼の計算がズレないように、一発目と寸分の違いもない全く同じ威力で」

「は、はあ? てめっ、あれを一発打つだけでもどんだけ大変か――」

「……できないんですか?」

「ふざけんなよ! できらぁ!」


 肩をいからせて配置につくドラヴィオラを見送って、私は説明を続ける。


「そして最後にシルリィさん。今のでおおよその槍の威力、軌道はわかりましたね? 今度の目標は、あの巨人の頭上、遙か上空、()()()()()()()()です」

「……へっ?」

「継続的なエネルギーを持たないただ飛ぶだけの物質は、様々な抵抗を受けていずれ推進力をなくし、止まります。シルリィさんにはさっきの威力や軌道を参考に、槍の推進力と重力が完全に相殺され静止し、落ちてくる位置が巨人の真上にくる角度を求めてほしいんです」

「ま、またなんか無茶苦茶なこと言ってる気がする! もう何言ってるかもよくわかんないよお!」

「狙うのは正面ではなく頭上ですから、今度は巨人の移動する速さと距離による位置のずれも加味してください」

「アルトくんわたしのこといじめようとしてない!? なんかわたしだけ難易度が段違いな気がするんだけど!」


 シルリィが理解しかねる文句を涙目で訴えてくる。私は彼女らにできることしか提示していないというのに。

 ぶつくさ言いつつも、彼女は軌道の再計算を始める。


巨人がここまで到達するのにおよそ十分程度といったところか。

 射出角がわずかに異なるだけで着弾地点は大きくズレる。算出には一本目よりも長い時間がかかった。


「イグセリカ、もっと上にあげて。あと……あと、少し、ほんの少しだけ右に傾けて。だめ。いきすぎ。違う。戻しすぎないで。今度は斜めにぶれた。戻して」

「くっ……、ぐ」


 シルリィの要望にイグセリカが必死に応えようとしているが、そこまでの細かい操作は慣れていないせいか、両手はぴくぴくと痙攣し眉間には見たこともない深い皺が刻まれている。

 一本の髪の毛をナイフで縦に裂こうとするかのような精緻な作業だ。無理もない。


「まじでこの角度なのか。脳天にぶち落とすってのはわかるが、結構きついぜ」


 槍はかなり、というよりほぼ垂直に真っ直ぐに立っている。最初は真正面にただ拳を突き出せばよかったが、今度は槍の石突はほぼ地面と水平だ。

 その様子を眺めていたグウィレミナがくすりと笑った。


「どうした? さっきから弱音ばかりだな」

「ぁあ? 槍作ってるだけのやつが上から目線じゃねえか」

「ふふ、ご自慢の技でわたしの槍が壊せなかったのがよほど悔しかったとみえる」

「また壊れたら可哀想だから手加減してやったんだよ、手加減」

「ほう。では最初の一振りで倒せなかったのはお前が手加減したせいということだな」

「なっ! いやっ、テメエ!」


 グウィレミナに揚げ足を取られ激昂するドラヴィオラ。


 実際、あれだけの衝撃を受けて歪みもしなかった槍の出来は感嘆に値する。四人の中で全盛期の片鱗を最も感じるのは実のところグウィレミナだ。


「こんなものワタシにとっちゃ障害でもなんでもねえんだよ。見てろ。逆立ちしてようが望み通りにやってやるよ!」


 ほとんど負け惜しみにしか聞こえないが、彼女のその言葉を信じ、私は準備を進める。


「急ぎましょう、シルリィさん。あまり巨人に近付かれるとさらに角度がきつくなります」

「……うん。うん、うん……。この向きなら、大丈夫。自信ないけど。雲が少なくてよかった。雲は魔力溜まりになりやすいの。地上付近と上空じゃ風と魔力の流れも違うけど、槍の勢いが強いからある程度無視できると思う」

「いけそうですね」

「いくらわたしでも雲の上の方まで全部見えるわけじゃないよ。そこから先は全部当て推量だもん。わたしができるのは、『多分こういう動きをするだろう』って予測だけだよ」

「ですがシルリィさん以外にそこまでできる人はいません。信じていますよ」

「……うん。がんばる。見ててね、アルトくん」

「師匠、ドラヴィオラさん、準備はいいですか」

「いつでもいける」「ああ」


 そしてシルリィからの最終調整が済んだ報告が入る。


「アルトくん、いいよ!」

「今です!」

「――解き放て!」「っらぁ!」


 間髪入れずドラヴィオラが大きく身体を反らし、拳に溜めた魔力で槍の平らな石突を叩く。

 聴覚が奪われたかのような轟音。イグセリカの砲台は全く崩れることなく槍を射出した。


 威力、精密さ共に申し分ない。

 みるみるうちに槍は高度を上げ、肉眼では捉えられないほどになる。


「ぐっ」


 さすがのドラヴィオラもあれだけの威力を立て続けに撃つのは堪えたのか、額に玉のような汗を浮かべよろめいて地面に膝を突く。

 疲労が限度に達している。グウィレミナもドラヴィオラも、もう次は望めないだろう。


「グウィレミナさん! 先に撃ち込んだ槍に残っている魔力を使って引き寄せてください!」


 叫ぶように指示を飛ばす。彼女は即座に私の意図を理解してくれた。


「そのために二本にしたのか! 承知した! 振り絞る!」


 グウィレミナは自分の前で両の拳を槍の柄を握るように上下に離して並べ、息を整えて集中すると、それを一気にがつんとぶつけ合う。巨人に刺さった槍と、天空から振り降りてくる槍を惹き付け合うように干渉したのだ。


 グウィレミナは物質に宿る自分の魔力を強く結びつけて強化することができる。

 最初に巨人に突き刺さった槍にはまだ彼女の魔力が残っており、彼女は離れていても自分の意志で自分の魔力が宿った武具を操れる。


 その能力を応用する。槍の終端誘導としてだ。


これで確実に槍を巨人に当てることができる。

 後は槍の行方をここから眺めていればいいだけだ。





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