第55話
「巨人がこちらに正面を向けた瞬間を狙います。師匠、ドラヴィオラさんの正面まで槍を持ち上げてください。細かい向きや角度はシルリィさんの言う通りに」
「わかった。これでいいか?」
「直弾の際に衝撃波が発生し周囲の建物を吹き飛ばすことが考えられます。グウィレミナさん、周辺住民への被害は避けられそうですか?」
私にとっては花嫁以外の人間など些末なものでしかないが、彼女らを納得させるためにはこういう配慮も必要になる。
「ああ。問題ないと思う。騎士軍がすでに巨人の周囲や進行上にいる住民の避難は進めている。その騎士軍も白兵戦では敵わないと見て防壁からの砲撃戦に移行し展開中だ。あれの足元にいたのはわたしとこの女だけだ」
ならば憂慮することももうないだろう。あとは思いきりやらせるだけだ。
巨人までの距離はおよそ三キロ強。
巨人は盟王都内を目的もなく彷徨っている。そこに意思というものは見られない。
ウィチャードの研究途中だった人造精霊。やつの言っていた通り、まだ虫以下の行動原理しか持ち合わせていないためだろう。王城以上に巨大なものが無作為に動き回られたら住民はたまったものではないだろうが。
こちらに注意が向く心配がないのであれば、狙撃は最も有効な攻撃手段だ。
トール・ライフル。
元々は私を滅するために彼女たちが独自に編み出した合わせ技だった。
私がかつてトール・ライフルをこの身に受けたときは、完全に威力を相殺するのに数日を要した。直撃していれば、さすがの私でも再生に数年は時間を要する程度のダメージは予期されるほどだった。
「師匠の魔術とタイミングをしっかり合わせてください。どちらかが遅れればそれだけ威力が落ちてしまいます」
「てめえが合わせろよ」
「いや、こっちだって準備が」
「弱い方が合わせるのが当然だろ」
「まだ勝負はついてないじゃないか。さっきだって。半年前も」
「まだ『まだ』とか言ってんのか。成長しねえなてめえも」
私の前で言い争いを展開しはじめる二人。
最終局面では完璧なまでに連携し隙のない四人だったが、出会って間もない頃はこんなにも不仲だったのか。
端から四人に完璧は求めてはいないが、こうも仲が悪いとなると作戦に支障を来しそうだ。さて。
「こら!」
どう諫めようか悩んでいるうちに、シルリィが腰に手を当てて叱咤した。
「こんなときに口喧嘩なんてしないの!」
「いや、シルリィ、でもさ」
「でもじゃないの!」
「ははっ、怒られてやんの」
「あなたもよ!」
シルリィは怒鳴り声で二人を抑えつける。
「わたしの言うことを聞きなさい! いまは過去のことは忘れること! いい!?」
気圧されて二人は黙り込んだ。何か言いたげに口をもごもごと動かしてはいるが。
「まるで姉妹喧嘩を母親に叱られているようだな」
グウィレミナにまで笑われていよいよ二人は気まずそうに顔を背け合う。
「てめえの魔力の呪文が合図だ。わかりやすいやつでやれよ」
「わかってる。もうイメージはできてる」
二人は一呼吸置いて、集中を高めていく。
やれやれだ。ひとまずはこれでよしとするか。
数秒前の騒がしさが幻想だったかのように、この場に鋼の糸がピンと張ったような緊張感が漂った。
「かつて、英雄バンガが劣勢だった戦争に馳せ参じたとき、彼は崖のうえから一本の矢を放った。その矢は雷鳴の音を響かせ戦場にある大きな岩を割った。その岩は敵将も戦術上邪魔だと考えていたが、排除できずに苦心していた。その岩をバンガはあえて割って見せた。自身の力強さを示すために。たったそれだけでバンガは全軍の士気を挽回し、そして戦に勝利をもたらしたんだ」
「…………」
いずれ、彼女に英雄バンガの真実を告げるべきだろうか。
いや、この話は私の胸に仕舞っておこう。いまさら隠し事のひとつやふたつ、結末の行方には何ら影響は与えないだろう。
槍の後ろでは、ドラヴィオラが硬く目を瞑り魔力を体内と大地に巡らせていた。両肩からは深緑の枝葉のような美しい魔力が迸る。その姿はまさに大樹のごとき威容を放ち、次第に色を濃くしていく。
ドラヴィオラの態勢も整った。そして、イグセリカの魔術が開始される。
「あたしの魔力に命ずる――」
イグセリカの魔術に反応し、砲台は槍の螺旋の溝に合わせて高速の回転を始める。
「――射うるは聖勝告げる稲妻の矢、天つ弓となりて……解き放て!」
イグセリカの魔術が完成した瞬間、ドラヴィオラがその拳を残像が残るほどに素速く、力強く真っ直ぐに槍にぶつけ――振り抜いた。