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第54話



「ではまずグウィレミナさん。さっき師匠たちと戦っていた様子から察するに、あなたは物質を組成し直して強度を高めることができますね?」

「ああ。よく観察しているな。だが完全な融解や再構築というわけではないんだ。とても細かい粒にしてそれをわたしの魔力で強く結びつけているに過ぎない。それでもただの鋼鉄よりも頑丈さでは負けていない自負はあるが」


 グウィレミナとてまだ途上である。さきほどの戦いを見ても完全な物質操作には程遠いが、私が求めるに十分な仕事はしてくれるだろう。


 私は事前に集めておいた鉄の残骸の山を彼女に指し示す。


 グウィレミナがイグセリカたちと戦っていたときに大量に消費していた武具類や、崩れた民家の瓦礫に混ざっていた鉄製の工具類だ。

 イグセリカに頼んでまとめてここまで運んでおいてもらった。


「その能力で、ここにあるものを分解して大きな槍を作ってくれませんか? 大きさは、そうですね。五メートルほどでしょうか。円柱状で穂先に向けて太く膨らませて、穂先自体は刃の返しなどのなく尖ったシンプルなもので結構です。そして、直径は大体これくらいで」


 私が両腕を使って一抱えほどの輪を作ってみせると、グウィレミナは眉を顰める。


「可能だが、そんな大きな槍は扱いにくいだけだと思うのだが……」

「そして槍の側面に、螺旋状の溝を適当な間隔で刻んでください」

「螺旋の、溝?」

「その溝が、槍が空中を直進するときに周囲の魔力を取り込み推進力の減衰を抑えてくれます。くわえて、直進力を増加し狙いをつけやすくなります」

「要するに投擲槍というわけか。理屈はわかったが……わかった。今は言う通りにしよう」


 グウィレミナが剣や鎧でできた鉄屑の山に触れる。

 彼女の魔力に侵され染みこんでいった箇所から次第にぼろぼろと崩れ始める。砂状になった鉄が一つの大きな塊に結合し形を徐々に変える。


 そして一本の大きな槍、というより、尖った円柱型の鉄の塊が出来上がった。


「次に師匠です」

「ああ、何をすればいい?」

「グウィレミナさんが作った槍を師匠の魔力で覆い、空中に持ち上げてください。穂先をあの巨人に向けて、決してブレないようにがっちりと固定してほしいんです」

「わかった。これでいいか?」


 イグセリカの魔力に包まれた槍は、ゆっくりと地面から離れ中空に留まる。


「はい。それから、覆っている魔力を筒のように変形させてください。槍がすっぽりはまるように、隙間なく。でも引っかからないように」

「う、細かい注文だな。要は大砲みたいにすればいいんだろ?」

「そして絶対に動かさず、どんな衝撃を受けても崩れてはいけません」

「衝撃? あたしが魔術で槍を撃ち出すんじゃないのか?」

「師匠の魔力だけでは威力が足りません。師匠以上に魔力を一点に込め、撃ち出すことが可能な人の力と合わせる必要があります」


 私の意図するところがわかったのだろう。ドラヴィオラがヒュウと口笛を吹く。


「要はワタシにぶち飛ばせってんだろ」

「その通りです。ドラヴィオラさんは、ここから槍を思いきりぶん殴ってください。あの巨人に突き刺せるほどの威力で。できますか?」

「どうせワタシができるって計算した上での作戦だろ。おもしれえ。あのでかぶつの足元でちょこまか動き回るのは性に合わなかったんだ。だが――このやり方なら十分踏ん張れるな」


 ドラヴィオラは浮かぶ槍の後方に立ち、両足を真一文字に開き息を整える。

 彼女の体内に魔力が行き渡り、碧色の魔力が浮き出てくるのが見て取れる。


「――鬼樹降誕」


 彼女の魔力は、その使い方で色すら変わる。

 いま全身にかけて揺蕩っているのは碧色の魔力。その一部は、両脚から地面に根が張り巡るように流れていた。


「こうしている間、ワタシは一歩も動けない。だがその代わり、ワタシの拳の重さは大地と等しい。あののろまだが動きのでかいバケモンにどう当てようか考えあぐねていたところだ」


 自らの魔力を大地の底深くに根のように張り巡らせ、肉体と大地を繋ぎ止める。

 大地の質量を自分の拳に上乗せて最高火力の拳打を放つことができるドラヴィオラの奥義。


 ドラヴィオラは一度構えを解き、私に近付くと耳打ちした。


「おまえ、ワタシがこの技を使えるって初めから知っていたな?」

「それは……」

「いまさら誤魔化すんじゃねえよ。ワタシは生まれてから一度もこの技を誰にも見せていない。家族にもな。こんな作戦、ワタシを生まれたときから知ってるやつじゃなきゃ考えつかねえ」


 もはやドラヴィオラをはぐらかすことはできない。彼女の疑念は確固たるものだ。

 ここで下手に嘘を重ねても彼女の猜疑心を増大させるだけだろう。しかし、あの月の石の巨人を倒すためには彼女の力がどうしても必要だ。

 彼女を協力させるには、あえて肯定してみせるほかない。


「はい。ぼくは知っています。おそらく、貴女がまだ知らないことさえも」


 ドラヴィオラの金色の眼を真っ直ぐに見つめ返し、私は首肯した。

 彼女の右の口角が面白がるように上がる。


「ふん。いいだろう。あのでかぶつをぶっ倒した後でじっくり話を聞いてやる」


 そうか。好戦的なドラヴィオラを味方につけるなら、下手に隠すよりもむしろ自分が隠し事をしていることを開けっぴろげにし、関心を惹く必要があったのだ。

 しかしこれは諸刃の剣だ。後で彼女にそれなりの情報を与えることができなければ、溝は決して埋められなくなるだろう。


 ここまでは本当にギリギリの譲歩なのだ。

 ウィチャードの影響はなくなったとはいえ、アルトゥール・リープマンの影響が最終的にどこまで響くかは未知数だ。


 私の目的は、彼女たちを無事に成長させ、完全な人類の頂点となった彼女たちに、私を愛させることだ。

 私を愛する、私だけの花嫁となって再び私の前に現れてくれるように。


 ゆえに、今をもって正体を明かすことは、まだできない。


「けどよ。あいつの槍がワタシの一撃に耐えられんのかよ? さっきみてえにまたぶっ壊れるんじゃねえか?」

「みくびるな。あの槍にはわたしの魔力をこれまでとは比にならないほど投じ固めた。たとえ月に届いたとしても折れたりはしない」


 茶化して笑うドラヴィオラを、グウィレミナが強く睨み付け断言した。

 彼女が月という単語を出したのは単なる比喩にすぎないであろうが、なんとも皮肉な例えだ。


 月か。

 あの巨人の核となるものは月の石だ。

 月の石がなければ、ウィチャード・ラグナーの英雄もまた別の姿に変わっていたのだろうか。


「そして、最後にシルリィさん」

「う、うん!」

「シルリィさんには槍の軌道を予測していただきます。的は大きいとはいえ、魔力を大量に帯びた槍は、空気の抵抗、そして大気中に含まれる魔力の揺らぎの影響を受けて直線上には飛びません。もし密度の濃い魔力溜まりにぶつかれば、槍の方向が変わってしまうこともあり得る。ですが、シルリィさんの魔眼ならあの巨人までの完全な軌道を読み、最適な角度での射出方向がわかるはずです」

「ええぇ、難しいこと言うなぁ……。空気中に漂ってる魔力って、風が吹くだけで濃さが変わるんだよ? そんなのさすがにわからないよ……」


 自分にかかる負担のあまりの大きさに後ずさりするシルリィ。

 そんな彼女の背中をドラヴィオラが大きく叩いた。


「自信持てよ。あんたの魔弾がワタシの腕に当たったとき、正直驚いたぜ。あれも魔力の流れを読んでやったんだろ。たいしたもんだ」


 シルリィのザミエル・ミサイル。あれもまた同様に大気中の魔力の軌道を全て読み切っている技だ。恐るべきことに、全盛期の彼女は数万発のミサイルを操舵しているのではなく、前もって全ての軌道を予測し射出しているのだ。


「今さら褒めたって許してあげないから!」


 いーっと歯を剥き出して文句を言うシルリィだが、多少は肩が軽くなったらしい。目つきを強めて魔眼を展開する。


 互いの信頼感はともかくとして、ひとまず形にはできそうだ。

 グウィレミナの砲弾。イグセリカの砲身。ドラヴィオラの爆燃。シルリィの照準。

 これぞ、四人が大砲や銃のような役割をそれぞれ担うことで可能とする遠距離狙撃攻撃。


 其の名を、トール・ライフル。――の未完成型。


 急ごしらえではあるが、今の四人でも月の石の巨人を屠るに十分な威力を出せるはずだ。






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