第53話
私は四人が集うのを待ち構えている。盟王都を見渡せる丘の上で。
必要なものは全て用意してある。
巨人のいる中心地からはかなり離れた場所だが、ここでなければ私の作戦は遂行し得ない。
やがてイグセリカのエンジンの音が聞こえてきた。私は空を見上げる。
ついに四人が一堂に会するのだ。
「どうか協力してほしい。お願いだ。あの巨人を倒すためには、二人の力が必要なんだ」
私のもとに辿り着くなり、イグセリカが深く頭を下げて頼み込む。
が、二人は顔を顰めるだけだった。
「くだらねえ。そんなことで頭を下げるためにこんなとこまで連れてきたのか?」
「ではなぜ、あの場で戦わなかった? 敵前逃亡は騎士の恥だ」
無理やり連れてきたことを責め立ててくる二人だが、イグセリカは怯まなかった。
「怒るのもわかる。でもまずは、アルトの話を最後まで聞いてほしいんだ」
促され、私はドラヴィオラとグウィレミナにも同じ大嘘を重ねる。
私の両親が巨人を造り出したという、例のあれだ。
「なるほど。あの巨人を造ったのが君の両親だと……」
「どうして今になって白状する気になった? 最初から吐いとけばよかっただろうが」
ここはあえて隠していた、ということにしなければ不信がられるな。
「言えば、余計にドラヴィオラさんの反感を買うと思っていました」
「言えよ。そのつもりでここで待ってたんだろ」
「憎き両親の存在が、ぼくの人生の汚点だった。両親は研究者であり、同時にパルナトケに潜入工作員を派遣する司令官でもあったからです」
「……なんだと?」
ドラヴィオラの顔色が変わった。なるほど、彼女の関心を惹くならこの方向か。
「ぼくがあなたの名前を知っていたのは、内通者がぼくに報せてくれていたからです。両親があなたの一族を狙っていると。内情は筒抜けでしたが、騎士軍の難民襲撃を止めるためには時間も人も不足していた。間に合いませんでした。申し訳ありません」
我ながら、よくもこれだけすらすらと作り話がでてくるものだ。
だが花嫁たちを説得するためなら、いくらでも嘘を重ねよう。
ドラヴィオラは納得しただろうか。複雑そうな顔をしていたが、彼女はぼそりと言った。
「……それで、どうやろうってんだ?」
よし。乗り始めてきた。
「あの巨人が内包している魔力は、皆さんが思っている以上に膨大です。生半可な攻撃で削っても埒が明かない。ですから、強力な一撃を叩き込み一息に消滅させるしかありません」
「ここにいるわたしたちに、それができると……? いや、理屈はわかるが、そんな子どもの発想で上手くいくほど戦いというものは甘くない。はやくわたしを元の場所に戻してくれ」
まだグウィレミナを頷かせるには足りないか。
さてどう説得するかと思案していると、意外なことにドラヴィオラの方が頷いた。
「気に入らないが、ワタシも同じことは考えていた。あれに数撃ったって意味はねえ」
ドラヴィオラは腕を組み、不服そうにしながらも私に同意した。
「いいぜ。乗ってやる。やれるもんならやってみろよ」
それにグウィレミナが目を丸くする。
「本気か? 自分の力不足を感じて自棄にでもなったのか?」
「ちげえよ。ただ、こいつの話が本当なら、サラが隠してた事にもっと早く気づくべきだったのはワタシたちだった。こんな状況になったのはこいつだけのせいじゃねえ」
「サラさんへの贖罪のためにこの少年の話に乗ろうというのか?」
「どうとでもとれよ。あんたも内心じゃそう感じてんだろ。サラの話をもっとよく聞くべきだったってな。その後悔を二度としたくないなら、一度くらいこの変なガキに自分のプライドを捨てて乗ってやってもいい。あんたも付き合えよ」
グウィレミナは数秒熟考していたが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。
「…………。いいだろう。サラさんのことは貴様に言われたくないがな」
話をつけると、ドラヴィオラは私に振り向いた。
「だが、上手くいかねえなら二度とてめえの言葉は届かないと思え。わかったな?」
十分な返事だ。
どうやらあの死んだ女がウィチャードの研究に繋がる何かを掴んでいたらしい。それが謀らずも二人が納得するのに役立った。
私の花嫁たちが団結するにひと役買ったのだ。もはやそれだけであの女はその命の価値を果たしたと言っていい。
「わかっています。どうかぼくにお任せください。師匠とシルリィさんも、いいですか?」
「ああ。今は決して、アルトの前で首は横に振らない」
「何しようとしてるのか正直よくわからないけど……アルトくんの言うことなら信じるよ!」
「しかし、どうすればいい? 連携も何も、わたしたちは互いに何ができるのかすらよくわかっていない」
「作戦があります。みなさんの戦い方を上手く組み合わせれば、あの巨人を倒すに十分な一撃を生み出すことができます」
我が花嫁たちは未熟だ。
まともにやり合えばあの巨人に為す術もなく捻り潰される運命しか辿らない。
しかして、私が月の石の巨人を倒すわけにはいかない。
せっかくウィチャード・ラグナーを殺すことができたのだ。
私はこの先の、この四人の姿を見たい。
ウィチャード・ラグナーを知り得なかった花嫁たちを迎えたい。
なれば。
刃を向ける花嫁たちを数え切れないほど屠ってきた、魔王たるこの私が伝授しよう。我が花嫁たちの、人類の頂点たる戦い方を。




