第52話
グウィレミナは動きを止めない巨人を見上げて悔しげに歯噛みした。
「これでは焼け石に水か……!」
どんなに刃を突き立てても、弾力のある巨体には幾何のダメージも与えられていない。
グウィレミナはすでに千を超える武器を操舵し巨人に突き刺していたが、動きは鈍るどころか、出現したときよりだんだんと動きが滑らかになってきているような気さえする。
これは感覚だが、この巨人は成長している、そんな感じがした。
このまま放っておけば、いずれ盟王都全土があの巨人のせいで廃墟と化すかもしれない。
「それだけは避けなければ」
焦りが募る。
巨人は攻撃を加えた自分を無視して跨ぐように通り過ぎていく。
打つ手に欠け、その様を眺めていることしかできなかった。
そこで気づいた。心なしか、初めて見たときよりも巨人の輪郭がはっきりとしてきていた。より、人間の形に近付いてきたというか。
突然方向を変えたり、また同じ場所に戻ってきたりしている様子を見るに、意思があるようには思えないが、見方を変えれば何かを探し回っているように見えなくもない。
どこまであの巨人は成長するのだろうか。
もしあの巨人が捜し物を見つけたとき、一体どんな存在になるのだろうか。
そうなったとき、人間に太刀打ちできる手段は果たしてあるのだろうか。
グウィレミナが手を下ろしかけたそのとき、自分の頭上を跳び越えていく影があった。
「どうした。足が止まってんぞ。もうご自慢の剣は尽きたのか?」
あの凶暴女が、自分を跳び越えて巨人に飛び掛かっていくところだった。わざわざ挑発するように捨て台詞を残して。
「こういう手合いはなぁ、とりま力一杯ぶん殴るってのが定石なんだよ!」
巨人の腹まで空中を蹴って駆け上がり、溜めた拳で思いきり拳を叩きつける。気持ちいいほどの衝撃音。持てる自分の力を遺憾なく発揮できる相手に喜んでさえいそうな、そういう力の出し方だ。
グウィレミナは片眉を顰める。認めたくないが、あの女の魔力は盟王都にいるどの騎士よりも上だ。
ドラヴィオラの真っ直ぐ打ち込まれた拳は、巨人の腹に大きな波紋を生んだ。
そのせいか一瞬、巨人の動きが止まったように見えた。だが。
「――っ!」
ドラヴィオラはすぐにまた動きだした巨人から逃げるように跳んで距離を取る。
地上に戻ってきたドラヴィオラを、グウィレミナは呆れたようにジト目で見やった。
「利いてないじゃないか。大層な自信も実力が伴わなければただの狂簡だぞ」
ドラヴィオラはカチンとした顔で叫び返した。
「うるっせえ! 小難しい言葉を使えば偉ぶれると思ってんじゃねえ!」
「逆ギレか。自分の思うようにいかなかったからといって周りに当たるのはやめておいた方がいいぞ。老婆心からの忠告だが」
「あー、わかった。てめえとは反りが合わねえ」
「そこは同意見だな。というか、その態度で誰かと上手く付き合えるつもりでいたのか?」
そのとき巨人の足が振り降りてきて二人は別れるように飛び退る。
グウィレミナはそのまま距離を取り、追加の武器を補充するために辺りを探った。
「しかしこのままでは打つ手がないな。さあ、どうする?」
さっきまでわずかに残っていた他の精鋭騎士たちは歯が立たないと判断して早々に退却してしまった。
彼らを責める気はない。あんなものを相手にすることを想定した訓練など受けてはいないのだから。周辺の民間人を逃がせただけでも上々だと考えるべきだろう。
ここに残っているのはあの乱暴な女と自分だけだ。
「他の師団が応援に来るまで持ちこたえるしかないだろうか? いや、来たとしてもあれを相手にどこまで通用すると思う? 数が多いだけでは有効打たり得るとは思えない」
誰かに話しかけるように独り言ちながら思考をまとめるのがグウィレミナの癖だった。
「連携を取らなければあの巨人を倒せない。だが、できるのか? いや、無理だ。師団全ての騎士を集めでもしない限り、あの巨人は倒せない。それほど内臓魔力が大きい」
そのとき、背後で瓦礫が崩れる音がした。踏み越えようとして崩れてしまったような気配だった。
まだこんな場所に残っている住民がいたのか。避難誘導を優先しなくては。
しかしそこにいたのは。
「おまえたちはさっきの――、えっ?」
ドラヴィオラはいくら自分の攻撃が利かなくともその手を止めなかった。
結果は全て同じ。わずかに巨人の魔力は散るものの、瞬時に再生して元に戻る。
「くそっ、これじゃ埒が明かねえ」
ドラヴィオラは大きく舌打ちし巨人を睨めつける。
何度も打ち込んでわかった。あの巨人には生半可な攻撃ではダメージを与えることはできない。城に縫い針で穴を開けようとしているようなものだ。
ただでさえ巨大だが、あれは見た目以上に魔力が圧縮されて構成されている。
倒すなら一点特化、集中突破で崩すしかない。
だがそういう類いの技は発動まで時間がかかるのが定番だ。
「試したいが、手が足りねえな」
鈍重とはいえ、こうも大きく動かれては魔力を貯めている間に離れてしまう。
一人で足止めと時間のかかる攻撃を同時に実行するのはさすがに無理がある。
「癪だが、あの騎士女の手を借りるしかねぇか」
と、辺りを見回してグウィレミナの姿を探すものの、
「あいつ、どこいきやがった?」
さっきまでちょこまか動き回っていたグウィレミナの姿がない。
勝ち誇った顔でハッ、と息を吐いてやる。
「逃げやがったか。案外堪え性がなかったな。となると、あのマジュツシ女を引っ張ってくるしかないか」
と直前のイグセリカの表情を思い出す。
心が折れたような顔をしていたが、今のあいつがどれほど役に立つか。
ドラヴィオラはイグセリカが嫌いだった。めちゃくちゃ気に入らない。
せっかく人並み外れた魔力を持っているくせに、それをまるで有効活用できていない。
ああいう、才能はあるくせに志のないやつがドラヴィオラは大嫌いだった。
だが、他に使えそうなやつがいない。騎士どもは臆病でさっさと逃げやがったし、唯一気骨がありそうなグウィレミナすら逃げだした。
「ま、連れてくりゃ時間稼ぎくらいには使えるか――うおっ!?」
いきなり横っ腹から衝撃を受けてドラヴィオラは吹っ飛んだ。
巨人ではない。別の方向から攻撃を受けた。
油断していた。あの巨人以外にここで自分に攻撃を加えてくるやつがいるとは思わなかった。
壁に叩きつけられてから、ようやく顔を向けられた。そして目を剥いた。
イグセリカが、ドラヴィオラの身体を抱え込むように突っ込んできたのだ。
「てめえ何しやがる!」
「お願いだ! 今は黙ってあたしについてきてくれ!」
「ざけんな! さっさとどけ! ぬぎぎぎ――」
「ぐうっ、やっぱこいつ、強い――!」
不意を衝けば自分の魔力で縛り上げて連れていけるとでも思っていたか。甘いんだよ。
ドラヴィオラが力尽くでイグセリカの魔力を抜けだそうしたときだった。
「ぼがっ!」
無防備だったドラヴィオラの顔面に朱い光弾がヒットした。
「シ、シルリィ?」
「イグセリカ、さっさとその人連れてって!」
「て、てめっ……ってぼががががっ」
まだ抵抗を見せようとしたドラヴィオラの顔面に、連発された光弾が全て直撃する。それでもなおドラヴィオラは気絶こそしなかったものの、目が回ったためか抜け出すそぶりは見せなくなった。
ぐわんぐわんする頭を振って悪態をつくドラヴィオラと、むーっむーっと喚くグウィレミナを抱え、イグセリカは再び飛び立った。




