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第51話



「ぼくとあの巨人は無関係ではないからです。あれは、僕の出生と関わっています」

「な……っ!?」

「アルトくんが……?」

「ぼくは天涯孤独の身で師匠たちの村に来ましたが、実はぼくの両親は、あの巨人を造り出した研究者だったんです。両親は自分の子どもすら研究に利用する冷酷な人間でした。憐れに思った召使いが、ぼくを連れ出して逃がしてくれたのです。そしてぼくは師匠たちの村に辿り着いた」


 私が村に来た当時、私は予兆もなく村に現れた。

 村人たちはどこからか迷い込んできた子どもだと思っただろう。誰も迎えにこない私を世話しているうちに私は村に馴染み、イグセリカたちと出会った。


 つまり私の由来を裏付けるものはどこにも存在しない。だからこそ私はそこをいくらでも脚色することができる。


「そう、だったのか……」

「当時は今よりも幼く記憶もなく、ぼく自身も状況がわかっていませんでした。ぼくを逃がした召使いが密かに送ってくれた手紙により、ぼくはぼくの過去を知りました。そして、いかにして両親を止めるかをぼくはずっと考えて生きてきました」

「アルトくんがたまに思い悩んでいたのって……」

「アルトは、じゃあ、盟王都が兵器を造っていることを最初から……?」


 私は神妙に頷いて見せる。


「クーシェル地方に建設される予定の兵器工場……。可能性はなくはないと思っていました。師匠がぼくを盟王都に誘ってくれたとき、両親に近付く大きなチャンスだと思いました」

「アルト……、いや、あたしは」

「わかっています。そんなつもりで連れてきたんじゃないってことは。師匠を利用したのは、むしろぼくの方なのですから」

「だからアルトくんは、さっきわたしを閉じ込めてまで……」

「ええ、すみませんでした。両親が近くにいることに気が逸ってしまい、あんなことを」

「ううん、いいよ。わたし、アルトくんのそんな事情、全く知らなくて……」

「しかし、間に合いませんでした。ぼくは、両親が巨人を誕生させることを止められなかった」


 今イグセリカたちに必要な感情は、罪悪感だ。

 サラの死。巨人に逃げ惑う盟王都の住民たち。すでに彼女たちはその心の内に背負いきれないほどの業を感じている。


 だが、それから逃げようとしている。逆に言えば、まだそれから逃げられる口実があるということだ。所詮はイグセリカたちにとって盟王都は馴染みの薄い地。関わらなければならない義理はない。


 だがしかし、自分たちが弟だと可愛がってきた私がその中心にいたとすれば、どうだ?


「あの巨人が暴れているということは、ぼくの両親が盟王都を踏みにじっていると同じことなのです。いえ、止められなかったぼく自身が盟王都を壊したと言っても過言ではない」

「アルト……、そんなはずないだろ。こんなのアルトの責任じゃない」

「ですが、ぼくはもうこれ以上見過ごすことはできないんです」

「だけどさ……」

「あの巨人を葬る。それしかぼくが償う方法はありません」

「…………」

「お二人はどうか、安全な場所に避難していてください」


 決別を宣言した私に、二人は重い沈黙で応える。

 先に口を開いたのはシルリィの方だった。 


「わたしも残るよ。アルトくん」

「シルリィ……」

「だって、放っておけないもん。アルトくんも、盟王都の人たちだって」

「あたしだって、本当はそう思うけどさ。でも……」


 思い通りのシルリィの反応に私は内心でほくそ笑む。

 シルリィに追随するように、私はイグセリカの眼を真っ直ぐ見つめ、懇願した。


「師匠までぼくに付き合う必要はありません。ですが、一つだけお願いがあります」

「お願い……?」

「ぼくは師匠から受け継いだ技で、両親との確執にけじめをつけに行きます。ですからあの巨人を倒すまでは、ぼくを師匠の弟子のままでいさせてください。ぼくと両親の因縁に決着をつけさせてください。ぼくの、弟子としての、最後の我が儘です」


 アルトゥール・リープマンには、イグセリカから受け継いだ技と術が宿っている。

 つまり、アルトゥール・リープマンとして力を振るうことは、イグセリカの力を振るうことと同義である。彼女もそれがわからないほど鈍くはない。


 私がイグセリカの力を使うと宣言したも同じだ。そんなことを言われて、彼女はこの状況を放っておけるほど無責任な人間なのか? いや、否だ。


 イグセリカの唇を噛む力が増した。


「イグセリカ……」


 シルリィの不安げな声がイグセリカに追い討ちをかける。


 きっと彼女の中では凄まじい葛藤が渦巻いているのだろう。

 目を強く瞑り、苦い薬を飲み込む直前のような、後戻りのできない一歩を踏み出すための覚悟を持つかどうか深く悩んでいる。


「命を落とすかもしれないんだぞ。アルトは本当にそれでもいいのか」

「師匠の尊敬する英雄バンガが作った街を、師匠から受け継いだもので守れるなら本望です。

きっと師匠と出会えたことも、この日のためだったんだと思えます」

「…………!」


 虚構の英雄だろうと、イグセリカを奮い立たせるためならいくらでも利用してやろう。

 バンガを引き合いに出すことで、私は暗に示している。


 お前のバンガに対する憧れはその程度だったのか、と。

 弟子にここまで言われて村に逃げ帰るようでは、自分のこれまでの人生を自ら否定するのと変わらなくなるぞ。


「ずるい。ずるいぞ。バンガの名前を出せばあたしには断れないとでも思ったのか? そんなことがあたしにわからないとでも思ったのか」


 だがイグセリカが見せ始めたのは、歯を食い縛るほどの怒りの感情だった。


「あたしからバンガまで奪うのか。アルト」

「イグセリカ。アルトくんはそんなつもりで言ったんじゃ」

「わかってる。でも、どうしてもあたしの方が子ども扱いされているようでむかむかするんだ」


イグセリカは私の思惑とは真逆の反応ばかり見せる。このままではイグセリカの心は私から離れていくだけか。


月の石の巨人が盟王都を蹂躙する光景を背に、私は必死に思考を巡らせた。


 くそ。どうすればいい? どうすれば彼女の心を繋ぎ止められる。

 私が顎に手を当て思考しまごついている間に、イグセリカがぽつりと零した。


「でも、わかっているんだ。魔力に恵まれて才能があるって持て囃されて、自分なら何かができるって信じていた。でも、あたしは、ただ憧れていただけだった。この力を使って、成し遂げなきゃいけない使命がないんだ。あたしには」


 イグセリカは悔しげに言って捨てる。


「だからアルトが村に来てあたしに師事したいって言ったとき、嬉しかったんだ。自分にようやく役割ができたような、そんな喜びがあった。だからアルトよりも先に行って、誰よりも立派な姿を見せなきゃいけないって思っていた。でもここに来て痛感したよ。アルトにはあたし以上の才能と使命があった」


 持て余した宙ぶらりんの才能が行き着く先は果たしてどこなのか。


 英雄か。あるいはバンガのような戦狂いか。

 彼女も薄々わかっていたのだろう。その力の向ける先がないことを。


「それがわかってから、ずっと疑問が湧き出てくるんだ。アルトの前で、また何もできなかったら? あたしの力に意味なんてあるのか? 二度と立ち直れないんじゃないか。そんなことばっかりが頭に浮かぶんだ」


 イグセリカは握りこぶしに力を込め、語気も荒くなっていく。


「嫌になるほどそんなちっぽけなことを考えているあたしが、今この場でアルトに何をしてやれるっていうんだ!?」


 決壊したように、イグセリカは滂沱の涙を零しだした。


 サラを守れなかったこと。ドラヴィオラに勝てなかったこと。それ以上の自信喪失から自分を守るため、背負うことを辞めようとしている。


 私はこれまで知っていたイグセリカとの印象の剥離に、言葉を呑んだ。

 これが私の待ち望んでいたイグセリカの姿なのか?


 ……いや、違うはずだ。

 本来の彼女は自己犠牲も厭わず誰よりも果敢に先陣を切る勇敢な女だ。


 だが目の前のイグセリカは零れ続ける涙を拭いもせず、ただ真っ直ぐに私を睨む。


「情けないって思うか? がっかりしただろう? 自分の師匠がこんな姿を曝して」


 イグセリカのあんな表情は初めて見た。涙を流していながら、しかし持ち前の凜々しさは損なわれていない。


 私も彼女から目を逸らせずにいた。


 彼女の榛色の眼光が、拒絶を示していながら、どこか救いを求めているようにも見えた。私が殺してきたイグセリカと同じように私に敵対する態度であるはずなのに、なぜか目を逸らせないほどに惹かれてしまっていた。


 私も今になってわかった。

 これが、私が今まで知り得ることのなかった、イグセリカの弱さだったのだ。


「いいえ。少し安心しました」

「……安心?」

「師匠の言うように、心に秘めたものがあったからこそぼくは冷静でいられた。呑気な師匠たちを見て御しやすいと感じなかったと言えば嘘になります。今までのままなら、ぼくは片をつけたのち、ひっそりと村を去っていたでしょう」


 イグセリカは何も本気で巨人の被害を見て見ぬ振りをしたいわけではない。

 私と相反すること。それが唯一、この場で彼女が自己を保つ方法だったのだろう。


「師匠がいなければ、あの村で安寧の中でぼくは生きていたかもしれません。師匠はいつも前向きで何かに挑戦し続けていた。それがどれだけぼくを勇気づけたことか」

「その程度のことがどれだけだと……」

「わからないならしっかりと言ってやります」


私は息を整え、一気に捲し立てる。


「ぼくは師匠の凜々しさに、強さに、その真っ直ぐさに憧れた! だからあなたの傍を離れなかった!」


 イグセリカはこの先まだまだ大きく成長する。何者でもないこの私がそれを知っている。


 今の君は確かに弱い。


 それでも、イグセリカ。君は誇るべき私の花嫁なのだ。


「情けない? 自分の不甲斐なさに涙する師匠の姿が、ぼくを失望させるに足るわけがないでしょう! あなたはぼくの誇るべき師匠だ!」


 こんなところで諦めるわけにはいかない。

 私の本当の使命は、この先にあるのだ。


 どうか立ち上がってくれ。イグセリカ。

 彼女はわずかに顔を上げ窺うように私の顔を見やる。


「あたしは……。あたしにもまだ何か、できるのか?」

「もちろんです。むしろ師匠がいれば成功率は格段に上がる」


 ……いや。私が望んでいるのは。


「それ以上を願えるなら、ぼくはこの先もっと長い年月を、師匠と一緒に生きたい」

「アルト……」


 イグセリカは憑き物が落ちたような惚けた顔で私を見返す。

 ふとシルリィがそんなイグセリカの顔を覗き込んで、にまりと笑う。


「イグセリカ。今までで一番女の子の顔してるよ」

「ちょっ、シルリィ!?」


 からかってくるシルリィを、イグセリカは顔を赤らめて慌てる。


「おまえの言いたいことはわかった。その、思ってたよりずっと熱いやつだったんだな」


 イグセリカは身を翻し、抱いていたサラの遺体を建物の傍まで運び丁寧に寝かせた。


「わかった。あたしもアルトを信じよう。弟子がけじめをつけたいと言うなら、それに最後まで付き合ってやるのが師匠の務めだ」


 イグセリカの眼に意志の強さが戻っていた。私は頷き返し笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。ただ、闇雲にかかっていってもあの巨人は倒せません」

「じゃあ、どうするんだ?」

「まずはさっきの二人をなんとか呼び戻しましょう。ぼくに作戦があります」






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