表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/66

第50話



 くそ。どうしてここまできて我が花嫁たちはままならないのだ。

 あの巨人相手に単独で敵うほど彼女らはまだ育ちきっていない。いや、育ちきっていたとしても何の連携もなしにあの魔力質量を相手にするのは無謀だ。


 かといってここで私が巨人を滅するわけにもいかない。あそこまで莫大な魔力質量相手ではさすがに人間の子どもの姿のままでは支障が出る。


 花嫁たちをまとめ、なんとか共闘態勢を作らなければ私にこの先はない。


「イグセリカ。なんとか言ってよ。わたしたちにもできることしなきゃ」

「……」


 イグセリカはシルリィの呼びかけにも俯いてその場から動こうとしなかった。

 課題は多いが、まずはイグセリカが私に猜疑心を抱いていることに対処していくとするか。


「師匠は、ぼくのことが気に入らないのですか?」


 近寄ってそう言うと、イグセリカは一瞬慌てたような顔を見せるが、すぐに表情を引き締めて視線を逸らす。


「そっ、そんなことは言ってない……。ただ、やっぱり連れてくるべきじゃなかったと思ってる。勝手な行動をするし、さっきだってアルトが一人で出て行かなければあいつと出会うこともなかったんだ」

「でもイグセリカ。アルトくんが調べてくれなかったら、わたしたち、メイヴェル卿に騙されていたかもしれないんだよ?」

「突拍子がなさすぎるよ。いきなりそんな陰謀みたいなことに巻き込まれるために盟王都に来させられたなんて、信じる方がおかしい」


 イグセリカは意見を曲げようとしなかった。私は苛立ちでわずかに顔を歪める。悟られはしなかったが。


 せっかくウィチャード・ラグナーを見つけ出し殺せたというのに、ここで四人の誰かが死ねば全てが元の木阿弥だ。一人とて欠けさせるわけにはいかないのだ。


「さあ、もういいだろ。ここも危険だ。あたしがその人を運ぶから、安全な場所に移動しよう」


 イグセリカが横たわる女を抱え上げようとしたとき、彼女は直前に少しばかりの躊躇いを見せた。


「その女性は、師匠の前で殺されたのですか?」

「…………」


 イグセリカはすぐには答えなかった。

 サラの遺体を抱え上げ、数秒考え込んでから振り返った。


「そうだ。あたしは何もできなかった」

「イグセリカ……」


 だからか。イグセリカはうちひしがれている。


「イグセリカのせいだけじゃないよ……。わたしも残っていれば、何かできたかもしれないのに……」

「ぼくたちがいなかったことに責任も感じますが、師匠に何もできなかったのなら、他の誰かが上手くやれたとは思いません」


 私とシルリィの慰めの言葉も、イグセリカには届かなかった。小さく首を横に振る。


「違うんだよ。あたしは何もできなかった。この人が殺される前も、殺された後もだ。自分の意思も持たず右往左往して、状況が変わるまで突っ立っていることしかできなかった」

「それは、あまりの出来事に戸惑っていただけでは……」

「そのときあたしはね。アルト。お前を探した。だけど、安全を確認したかったからじゃない」


 私はイグセリカの意図するところがわからず口を噤む。


「お前ならなんて言うかと考えた。お前ならどうするかと考えた。あの用心棒と騎士の人が真逆のことを言って動けなかったとき、お前ならどんな助言をくれるのかと期待した。あたしの背中を押してくれるような、王様から貰える許可のような言葉を欲したんだ」


 捲し立てるように言い、イグセリカは最後に大きな溜息を吐いた。


「情けないよね。師匠が弟子に助けを求めるなんて。いつの間にかあたしはアルトの言葉がなければ自分で決断を下すこともできなくなっていた。自分の正しさに自信が持てなくなっていた。認めたくなかったけど、あたしはアルトに敵わないことを自覚したくなくて、なんとか師匠っていう体裁を守りたくて、ずっと偉ぶっていただけなのかもしれない」

「話が飛躍しすぎです。なぜそこからぼくとの関係の話になるのですか?」

「あたしは、今ならあの女が言うこともわかるような気がしてるんだ。アルトは、目の前にいないでかいものを見据えているって」


 あの女、というのはドラヴィオラのことか。


「アルト……。お前が言っていることはいつも正しい。だから結局は最後に頷くしかなくて、それがまるであたしの運命を導いているかのように、気味が悪い」


 イグセリカは語気を荒くし、間断なく癇癪を起こしたように捲し立てる。


「きっと、違和感はずっとあったんだ。だけどそれに気づくのが遅かった。それで、考えてたんだ。その違和感があるのはいつからだったんだろうって」


 イグセリカは立て続けに言い、私から眼を逸らさない。


「アルト、お前が村に来てからだ」

「イグセリカ。今さらずるいよ。アルトくんが全部悪いって言いたいの?」


 我慢ならなかったのか、シルリィが責めるように言った。


「いや、アルトが裏で糸を引いてるとか黒幕だとか、そういう話じゃない。これは多分、そう、信念の差だと思う」

「信念の差? どういうこと?」


 要領を得ないシルリィに、イグセリカは落胆したように肩を下げて返す。


「あたしは、バンガのようになりたかった。でもそれは所詮、偶像でしかなかった。それ以上の目的がなかったんだ。もちろんアルトの師としての自覚や目標はあった。でも多分、弟子のお前にはあたし以上に目的と信念があった。なにかになりたいとかそんなあやふやなものじゃなくて、もっと大事ななにかを成し遂げるための。そういうことなんだろう?」

「……」

「アルト。お前は一体、何を、――誰を相手にしているんだ?」


 全く以て不愉快だ。


 私はお前たちをウィチャード・ラグナーの魔の手から救いたいだけだというのに。


「師匠は、ぼくに幻想を抱いているようです」

「でも、何かあたしたちが知らない相手を見据えているのは、本当なんだろう?」

「ぼくに目的が何もないと言えば、それは嘘になります」


 いまさら何も理由がないと言っても、もはや納得はしないだろう。


「それを言えないなら、きっとこれから先、あたしがお前にしてやれることは、もう何もない」


 要するに破門だということか。


「わかりました」


 それなら、と一拍置いて、私は続けた。


「師匠の望み通り、もう村に帰りましょう」

「アルトくん……?」

「村に帰って、何もかも忘れて、笑って生きる。それでいいんです」

「なんだよ。あてつけでもしたいのか。今起きてることを無視したんだって。あたしたちには何の咎もないじゃないか」

「その通りです。師匠たちには村で幸せに暮らしていく権利があります。ですが、その光景の中に、ぼくはいません」


 私の言葉に不穏な空気を感じ取ったか、シルリィが不安げに聞いてくる。


「どういうこと……?」

「ぼくは村を出ます」

「アルトくん!?」


 シルリィが慌ててしがみついてくる。


「どおして!? どおしてそうなるの!? おかしいよ!」

「きっとそれが正しい形なんです。ぼくは本来、師匠たちと一緒にいるべきではなかった」

「やだよ! アルトくんいなくなっちゃやだ! イグセリカ、そんなことないって言ってあげてよ!」

「あたしは……。いや、その方がいいのかもしれないな……」


 イグセリカが肯定したことに、今度はシルリィの顔面に絶望が張り付いた。

 シルリィは大粒の涙を滴らせる。


「なんで……なんでよぉ。やだぁ。三人でずっと仲良く生きていくんだって決めてたのに。どんなことも三人なら乗り越えていけるって思ってたのに、どおして離ればなれにならないといけないの?」


 あれほどアルトゥール・リープマンに執着していたイグセリカが、ここまで拒絶反応を示すのは意外なことではあった。


「ぼくはここに残ります。あの巨人を倒さなければいけないからです」

「アルトはなんでそんなにあの巨人にこだわるんだ? それにさっきの二人なら……」


 私は首を振って答える。


「あの二人だけでは巨人には勝てません」

「そこまで言い切れる根拠があたしにはわからないんだ。さっきの二人だって、……あたしも敵わないくらいに強いのに」


 これは、私にとっての復讐である。

 私の花嫁たちがウィチャード・ラグナーの英雄を打ち倒すこと。


それを成し遂げてこそ、私はウィチャード・ラグナーとの確執に完全なるケリをつけられるのだ。

 ここまで来たならば。

 むしろ開き直り、自分が大いなる秘密を抱えていることを二人に明かそう。


「わかっています。ぼくのこういうところが師匠に不信を与えていることは。ですから、最後にちゃんとお話します」

「アルトくん、でも……」

「シルリィ、聞こう」


 アルトゥール・リープマン最後の大嘘だ。盛りに盛ってやろう。

 整合性などもはやどうでもいい。後で取り繕うことなど全く考慮もしない。


 退路などない、引き返せないほどの大嘘でイグセリカたちを納得させる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ