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第5話



 私が掲げた腕の先には、もう何もなかった。

 どうやら彼女は自分の身体ごと私を巻き込んで自爆したかったらしい。単なる物質反応による爆発など、私を殺すに何の役にも立たないというのに。


「結局、何も得られないままか……」


 花嫁たちが全員死んだ以上、もはや他の人間どもに用はない。私は頭上を見上げた。


『……全員の死亡を確認。繰り返す――』


 イグセリカが自爆したおかげで、私がいた部屋は連鎖的に崩壊し完全に外に曝されていた。

 空を覆うものがなくなり、私はおよそ五百万年ぶりに外に出たことになる。

 真上に、影がある。

 浮かぶのは、青く鮮やかな母星を背後にした、巨大な船だった。


『ノーヴァ・ノア主砲、最終シークエンスへ移行――』 


 船の内部に、イグセリカの自爆とは比べものにならないほどのエネルギーの鳴動を感じる。

 声は花嫁たちの司令官か何かだろう。人類は常に自分たちの上に何者かを置きたがる。

 だがあるいは、その人物こそが。


「一つ聞くが、おまえがウィチャード・ラグナーか?」

『――異常発生。不特定の音声データを傍受。通信ハッキングを確認。ルート不明。パターン全データベースに照合なし。量子シミュレーター、計測不能。アストラル・システムズによる協議の結果、音声は魔王のものと推測。続いて、コミュニケートの可否を――』

「おまえがウィチャード・ラグナーか?」

『――OP:αより、魔王へ告ぐ。当軍部に該当する人物名は無し。通信ハッキングの停止を要請します。要請に応じなければ、五秒後に制圧を開始します』

「つまり、わからないということだな」

『――ファイア』


 刹那、私の身体が宙に浮いた。

 と認識したのだが、どうやら違うらしい。私が浮いたのではなく、私が立っていた大地が一瞬にして消失したのだ。

 小さな星でも衝突したかのような衝撃だった。あの船が照射した高エネルギー波によるもののようだ。

 私は熱と粉塵に包まれたまま宙を舞い、改めて、人類のしぶとさに感心する。

 魔力もなしにここまでの発展を遂げるとは、なんと貪婪であり、狡獪であるのか。

 しかし、ただそれだけのことである。


「せっかくだ。利用させてもらうとしよう」


 足にとっかかりを感じて、足場にした。頭上に片腕を伸ばし、開く。

 熱と粉塵が私の掌の先を中心に凝縮を始める。

 質量凝縮の臨界突破。その疑似再現。

 魔力を込め、規模と指向性に私の恣意を反映させる。


 あの程度の大きさの船なら、爪の先ほどの大きさで十分だろう。

 粉塵を全て回収し終えると、視界も清爽を取り戻す。

 私は大地に刻まれた大きく凹んだ穿孔の中心に立っていた。


「またひとつ、月に大きな穿孔が生まれてしまったな」


 特に感慨深いわけでもなかったが、次に生まれくる人類は、月の別の顔を見ることになるのだろうとふと思った。


「まあどうでもいいことだ。さあ、最後の後片付けをしよう」


 私は掌で生成した黒いボールを解き放った。

 光速で船に到達するやいなや、その場で更なる凝縮を開始する。

 船は崩壊しながら中心部に吸い込まれ、やがて全てが消え去った。

 そして。


 その空間に、青い閃光を伴う無音の光球が爆ぜる。

 私には騒がしいばかりだった、宙の空間を飛び交う光の波の全てがぷつりと途絶えた。

 船が浮かんでいた場所にはもう何も残ってはいない。


「さて、今回の実証で魔力の有無が花嫁たちの意志に何ら影響を与えないことはわかった。元の場所に戻すとしよう」


 不思議なものだが、月は魔力の保存庫として見事に適していた。

 地層の特異性故だろうか。月の大地は魔力を引き寄せる性質があるようで、魔力を宇宙空間に散らせることなくまとめることができた。その上、スポンジのように絞り出すことが容易なのだ。

 母星から月に移したときはなかなか時間のかかる作業ではあったが、これなら戻すときはすぐに済みそうだ。

 一息に全ての魔力を母星に戻せば、地上の生命体はその影響力に耐えきれず死滅するだろうが、どうせ同じ事をやるのだ。手間が省ける分楽ができるというものだろう。

 これで、今の世界を生きる人類は終わりだ。そしてまた、母星には新たな人類が生まれることになる。


 私は両腕を開き天高く掲げ、願った。

 魔力の収束が開始される。

 月の大地に染みこんでいた膨大な魔力が、徐々に浮き出して私の元に集まってくる。

 次第にそれは私の頭上で量と速度を上げながら、螺旋球状に形作られていく。

 月に保存していた魔力を全て収束させた頃には、月とさほど大きさの変わらない魔力塊が出来上がっていた。

 これが現世人類が最後に見上げる空の瞬きとなるだろう。


「さらば、人類。さらば、ウィチャード・ラグナー。機会があればいずれお前に会う日も来るかもしれない」


 私は無感情に言って、魔力塊を母星に向けて放った。

 鈍重だが確実に、母星の中心へと降りてゆく。  

 魔力塊は母星の纏っていた大気に触れた瞬間に、水面に垂らした絵の具のように一瞬で溶け星全体を覆い尽くした。

 魔力の浸食が進むほどに、母星は鮮やかな青藍から濁る赤紅へと染まっていった。

 母星に宿っていた生命体は、その全てが溶けて消えていった。

さて、次はどんな条件ではじめようか。


「今度こそ、おまえたちに私を愛させてみせよう」






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