第48話
ベリオが悠然と王城に向かっていたとき、身体の芯を震わすような地鳴りを聞いて足を止めた。
そして、信じられないものを見た。
「おいおい……、なんで城が崩れてんだ……?」
百年前、この地で争いあっていた国同士が統合され盟王国となったとき建てられた王城。
国中の建築家を投入し技術の粋を注いだ盟王国の象徴。
その費用捻出のために税金を国民から貪ったせいで、万を超える人間が餓死していたことは歴史書からは消されているのだが。
その城を崩しながら、全身が真っ白な淡い光で包まれた巨大なものが立ち上がろうとしている。
「あれは、なんだ……? なんで城ん中からあんな化け物が……。まさか」
すぐにピンときた。
あんなものを生み出せるやつなど、この世で一人しかいない。
「どういうことだ、ウィチャード! なんであれがここで起動してんだ! 城がぶっ壊れてんじゃねえか!」
頭を掻きむしるように抑えて喚く。
城の中から生まれた全身が真っ白の巨人。
頭部は首の根元からちょん切られたように真っ平らで、肩と一直線になっている。
「あんな……あんなでかかったのか!」
城を支えにして立ち上がろうとする巨人は、城の全高とほぼ同じくらいだ。
予定通りなら、近いうちに研究室の移設場所が決まり、そこで起動実験をする計画だった。
候補地はいくつかあったが、いずれも大して特色のないつまらない土地ばかり。
たとえ制御できなくなっても、田舎の貧乏領地ならいくらでも失敗できる。
そのリスクの想定が正しかったことが今証明されている。
あの兵器は強大だった。想像以上に。
城の中にいた者たちはひとたまりもないだろう。
愚鈍な王族どもが中にいるはずだが、今ごろ慌てふためいて逃げ出しているに違いない。
むしろ城を全て破壊して王族を全員潰してくれれば都合はもっといいのだが。
そんな野心がこみ上げてきた直後、白い巨人は王城を崩しきると市街地の方に、自分のいる方角に倒れ込んできた。
「おいおい、おいおいおいおい。待て待て待て待て」
数メートル先の地面に巨体が打ち付けられ、衝撃波とともに瓦礫と砂塵が周囲を舞う。
直撃は免れたが、地面が揺れふらふらよろめいた。
「くそっ! これじゃ盟王都がめちゃくちゃだ! ウィチャードの野郎はどこに行きやがった!」
よたよたとよろけながら、ベリオは城から離れる。
はやく巨人をなんとかしないと、全ての計画が破綻してしまう。
城の中にいるはずのウィチャードが無事であるはずがないことは頭でわかっていながら、こんなときに何をやってるんだと悪態をつき続けた。
巨人はまた起き上がろうとしていた。人間と同じように腕で身体を支え、膝を立ててその巨体を立ち上がらせた。
そして巨人はそのまま二本足で建物を踏み潰しながら、ベリオが逃げるのと同じ方向に向かってきた。
周囲にはまだ事態に頭がついていかず、ぼうっと突っ立っている住民が多数いた。それを押しのけ、ベリオは街路に沿うように逃げる。細い路地が入り組んでいる盟王都は、隠れる場所は多いがあんなでかぶつから逃げ回るにはあまりに不出来だった。
戦う選択肢など初めからない。
あんなでかぶつに、見えない剣程度で何ができると言うのか。
「ふざけるなよ! あれを使うのはこの俺だったはずだ!」
ベリオは自分が他人より最も秀でているのは幸運だと自負していた。
ウィチャードを見つけることができたのも、王族の弱味を握れたのも――王子が裏で孤児を男女問わず姦淫していること、王女がひっそりと囚人の局部を切り取ることを趣味としていることを知れたのも、全ての幸運が自分に注がれているからだ。
ウィチャードの野望を聞き、輝く未来が自分の頭の中で鮮明に形作られた。
弱味を利用して王子の一人を脅し、城の地下室にウィチャードの研究室を作らせ、そこにウィチャードの望むものを全て揃えてやった。
副師団長やその姪のサラ、特務隊の裏切り者のような邪魔も、自分の幸運があったからこそ全て未然に処理することができた。
順調だった。自分の類い希なる幸運がなければここまでのことは成せなかっただろう。
この国の王族は穢れきっている。没落するのも時間の問題だ。ウィチャードの実験が成功すれば、いずれ武力が国を支配し王族の時代が終わるときがくると確信した。
そして、それを主導する自分は盟王国で将軍となるはずだった。全ては自分が君主となるためにこつこつと準備してきたことだ。
そのはずなのに。
「あれを手にするのは俺だったはずだ!! なんでこうなる! ふざけ――」
そのとき、激しい光の瞬きと共に爆発音が続けざまに轟いた。
「もう砲撃が始まったのか!」
あれは盟王都内に点在する防衛塔から撃たれた固定砲台による砲撃だ。
「焦りやがったな! まだ住民が避難しきれてねえんだぞ!」
勝手な行動を起こした部下たちを責めるように悪態をついた。自分が前を走っていた邪魔な住民たちを蹴り倒して真っ先に逃げたことなどとうに忘れている。
だが実際、砲撃が飛んでくるのは予想以上に早かった。住民の避難やそれを誘導するはずの巡回騎士たちを巻き込むような乱暴な砲撃だ。精度も悪く、砲撃の一部は民家に直撃している。
おそらく巨人の出現により指揮系統が混乱し、各地で現場の騎士たちが焦燥により暴走しているのだ。
ベリオは巨人の方を注視した。砲撃による周囲の被害はともかく、巨人にダメージがあるのかを確かめたかった。
「……へっ、あの程度じゃ屁でもねえってか」
巨人はよろめきもせず前進を続けてきた。
当然の結果だ。あの程度で倒れられては最強の兵器は名乗れまい。
だがベリオ以外の騎士たちはそんなことは知らない。効かなければ弾尽きるまで突如現れた正体不明の化け物に撃ち続けるだけだ。そして命令が来ず、指針に迷っている騎士はファーストペンギンに従う。
さきほどの倍以上の砲撃が四方から巨人に飛来した。
「馬鹿野郎どもが……っ! 考えなしに撃ったって意味ねえだろうが!」
ここはもう駄目だ。
盟王都の防衛設備では時間稼ぎにもなりはしない。
ウィチャード。ウィチャードはどこにいる。
あいつがいなければあの巨人を止めることはできない。
そのとき、歩くために片足を上げ前のめりになった巨人の膝に砲撃が直撃した。
巨人は踏み止まろうとしたが、歩くために振り上げた片足が地面に振り下ろされるよりも早く、上半身に背後から砲撃を続けざまに被弾する。
勢いのついた巨人は、そのまま倒れ込んでくる。
魔力質量は鉄よりは軽いが、バランスが崩れれば重力に従う。
すなわち、ベリオの立つ場所へ――。
「やめろ、こっちにくるな、やめろ、やめろやめろおおおおおおおおおおおおおお!」
覆い被さる巨人の影は、ベリオが全速力で走ったとしても抜けきれない範囲を埋め尽くしていた。




