第40話
騎士たちに取り囲まれても、三人は矛を収めなかった。
「大人しく投獄されろ! このならず者どもが!」
「うるさい! あたしはこいつと決着をつけなきゃいけないんだ!」
「なぁに一人で盛り上がってんだ? たかってくる虫を払い落とすのがんな大層なもんに見えてんのかてめえは」
交互に悪罵を吐きながら、イグセリカは魔術を四方に撃ちまくり、ドラヴィオラはその万力の踏み込みと拳で辺り一面の地面を穿ち、さらにはグウィレミナの操る数多の武器群が宙を舞う。
グウィレミナの部下たちや騒ぎに集まった騎士たちは、あまりの激しい戦いに手を出せずにいた。荒れ狂う魔力同士のぶつかり合いの渦中に正義感を背負って飛び込んだところで、甲冑を着込んでいようと自分の方がずたずたにされることが容易に想像できた。
自分たちの所属する師団の最上位の上司すら眺めているだけなのだ。そのうち、騎士たちの間に暗黙の了解が生まれだした。
こりゃ三人の誰かが倒れるまで止まねえな。それまで傍観していよう。
どうせこの辺りは廃墟も多く住人はそれほど多くない。十分な安全マージンのある距離を取って壁に寄りかかり、あるいはしゃがみ込み、誰が勝つか賭けて談笑し、見世物でも観覧するように気の緩んだ騎士たち。
だからそんな自分たちの間を縫うように走って飛び込んできた一般人を制止する注意力はなく、あっけなく素通りさせてしまっていた。
「お願いです! 戦うのを止めてください!」
華奢な女だった。
「あなたがたが争い合う理由なんてないんです! 今すぐ戦うのを止めてください!」
周囲の騎士たちが巻き込まれるのを怖れる中、その女は両手を広げて三人に向かって叫び、必死に訴えかけた。
イグセリカの魔力の余波やドラヴィオラの衝撃、グウィレミナの刃の一欠片でも当たれば、訓練を積んでいようと大怪我は免れない。そんな嵐の中心地に向かって、女は怯むことなく進んでいった。
「あれ、なんであの人がここに……」
すんでのところで距離を取って魔術を撃とうとしていたイグセリカが最初に気づいた。見覚えがある顔だった。その女は件の野菜を恵んでくれた心優しい人だった。
そしてその直後にドラヴィオラとグウィレミナも気づいて同時に叫んだ。
「ばっかやろう! サラ、危ねえから出てくんな!」
「サラさん、なぜこんな場所に!? ここは危険です! 下がってください!」
互いが全く同じことを言っているのに気づいて、数秒見合った。
なぜ、お前が彼女を知っている?
二人が抱いているであろうその疑問に、答えたのはサラ自身だった。
「私が彼女をずっと匿っていたんです」
その事実が想像の域を超えていたのだろう。グウィレミナは困惑顔で聞き返す。
「待ってください。どういうことですか? サラさんが騎士試験襲撃犯を?」
サラははっきりと首を降った。
「違うんです。ドラヴィオラさんはそんなことはしていません。嵌められたんです!」
「しかし、やつが試験場で暴れ、人質を取ったと報告が……」
「突然襲われれば誰だって抵抗します。彼女は逃げるためにそうするしかなかった。むしろ、誘拐事件には騎士軍の方が関わっているんです。彼女は罪を擦り付けられようとしているだけなんです!」
サラは声を張り上げる。無垢な騎士たちにも知らしめるように。
誰もが最初は彼女が素っ頓狂なことを言い出したと思った。
その彼女の背後に、ぬるりと沸いた影があった。
「聞き捨てならないことを聞いてしまいましたな」
聞き覚えのある声が聞こえて、サラは息を呑んだ。
すぐ背後には、片側の口の端を歪めきって笑う無精髭の男がいた。
「これはこれは。マクガネル家のお嬢さん。妙なところでお会いしましたな」
「サンジュリオ師団長さ、ん……?」
背中に感じる鋭い感触。見えないが、突きつけられているのは小さな針などではないだろう。
「姪が手配犯を匿っていたなどと、副師団長が聞いたらおおいに悲しむでしょうな」
「誤解です! それに、お、叔父はッ……」
「おっと、動かないでくださいよ。憐れな異邦人に同情心でも抱き、やつの言うことを一方的に鵜呑みにしてしまわれたのでしょうか」
「ちっ、違います! そんなものじゃ――」
「やつは間違いなく重罪人。それを庇い立てするのは立派な盟王国法違反ですよ。おまえらもだ。それ以上動くな」
騎士に逆らえば命はない。強さという意味ではなく制度的な意味合いで。
相手に自分を殺すための大義名分を与えることの意味を、その場の全員が理解した。
自らがイグセリカ相手に用いた王国の盾だ。その刃先が自分ではなくサラに向いているのだから、ドラヴィオラもそれ以上足を進められなかった。
「貴女がしたことは盟王国に対する立派な背反行為ですよ。マクガネルさん。襲撃犯を匿い、我が騎士軍をあられもない陰謀論で貶めようとした。僭越ながら、騎士軍師団長の私にはそういった反逆者の現場処刑の権がある」
「決して、陰謀論などではありません」
「ほう? そこまで言うのなら何か証拠があるのでしょうな」
「叔父の書斎から調査資料が見つかりました。メイヴェル家と騎士軍の繫がり、そして城内で行われていることについて」
「繫がり、ですか」
「サンジュリオ師団長、貴方が知らないはずがありません」
気丈にサラは言い返す。
「メイヴェル家を使い、裏で各地の誘拐を推し進めているのは貴方でしょう。違いますか?」
「はて。それこそ陰謀論ですな。貴女は自分で直接それを事実だと確認したわけではなく、副師団長の調査資料とやらの情報を口に出しているに過ぎない。では、その資料が単なる空想の産物ではないという根拠はおありですかな」
「そ、それはっ……、しかし、多くの資料には空想とは思えない記述があります。そこに記されている人名は全て実在する人たちです。確認は簡単でしょう」
「貴女の主張には正当性があると?」
「そうです。しかるべき場所で検証すればいずれわかることです。それとも、今ここで私の口を封じますか?」
「いやなことを言いますな。親愛なる右腕であるケイン・マクガネル副師団長の姪御さんにそんなことなどできるはずがないでしょうに」
「よく言いますね。嫌っていたくせに」
どんな着飾った言葉も通用しないサラに、ベリオは「かなわないねえ」と皮肉めいた笑いを向ける。
「師団長! サラさんは民間人です! 解放してください! それではまるで人質です!」
「てめえ! さっさとサラを放せ!」
二人に怒鳴られ、ベリオは一転不機嫌も露わに口元を歪めた。
「わかったわかった。うるせえなあ。ったく、こっちが悪者みてえじゃねえかよ。もとはと言えばおまえらが暴れてたのが悪いんだろーが」
ベリオは剣を鞘に収め、サラの背中を押すように解放した。
「おまえらを全員拘束し、本部まで連行する。一人ずつゆっくり事情を聞かせてもらおうかね。中隊長もな。いくらなんでも暴れすぎなんだよお前さんは。そこの女どもも逃げんなよ? 逃げたら、あー、あれだ。なんか大変なことになるからな? マクガネルさん、貴女もですよ。お話は部屋の中でしっかり聞かせてもらいましょうか」
サラが闖入した時点で、すでに三人は戦う意志をなくしてはいた。イグセリカも地面に降り立ち、エンジンを消している。
サラはもちろん自分が足枷になっていることを理解していた。
だが自分が前に出れば、彼女らがいわれなき罪で処されることを阻止できると信じていた。
「構いません。ただし証人を立ててください。叔父の資料を開示し、真実をそこで明らかにします。もしそこで私に何かあれば、グウィレミナさんを含めここにいる正義なる騎士たちが不正を明らかにしてくれます」
ベリオはその強情さに肩を竦める。
「いくら名家の娘でマクガネル副師団長の姪とはいえ、あまり下手なことに首を突っ込むと痛い目に遭いますよ?」
ベリオの含みに危ないものを感じつつも、サラは刺激しないよう一歩一歩ゆっくり離れ、ベリオの手の届かないところまで来ると、身を翻してまっすぐにグウィレミナのもとへ走った。
「サラさん!」
抱き留めるグウィレミナに、サラはまくし立てる。
「叔父はずっと調べていたんです! メイヴェル家なんていう貴族は盟王都に存在しない。あの家は、騎士軍が隠れ蓑にするために意図的に作られた貴族だったんです!」
「落ち着いてください。マクガネル副師団長が何を調べていたと?」
「わかりませんか! 叔父がいなくなったのはそれが関係しているんです! ただの失踪じゃない。きっと、調査していたことが相手にバレて連れ去られたんです! お、叔父はきっともう、――」
「サラさん、言っていることがよくわかりません。もっと順序立てて……」
「私が連れて行かれる前に、グウィレミナさんには知っておいてほしいんです! きっと私は長く拘禁される。だから今のうちに! 騎士軍です! 誘拐事件の裏で手を引いていたのは!」
「しかし、騎士軍が何のために……」
「彼らの目的は――――」
しかしその続きがサラの口から続けられることはなかった。
彼女の胸から、一振りの剣が生えていたからだ。
「え……?」
突如起きた異変に、グウィレミナですら認識するのに数秒の間が要った。
「が、っぷ――」
逆流した血を吐き、サラは後ろを振り返った。
やれやれ、とでも言うように、空の両手を開くベリオがわざとらしく驚いて大きな声を出す。
「おお、なんたることだ! 俺は手放したのに、まさか中隊長が民間人を手に掛けるとは!」
「なっ……! 私ではありません! この剣はどこかから――」
「その剣は我が騎士軍のものだ! 介抱するように見せ、油断したところを背後から刺したんだろう! それに見てみるがいい! 他の騎士たちは君の能力で剣を奪われている! 後から来た騎士たちは帯剣したままだ! 他にいないだろう!」
乱暴なこじつけだ、と反論している暇はなかった。
ずるりと、サラは頽れ地面にへたり込む。グウィレミナが上半身を支えるが、完全に脱力したサラは、口元以外動かそうとしなかった。
「叔父の、調査を……騎士軍が……」
「サラさん! 喋らないで!」
「……ごぷっ、グウィ、ミナさ……お願い……」
「おい! 騎士女! はやくサラを助けろ!」
「わかっている! だがわたしの力では……」
グウィレミナは無機物の組成は得意としていたが、生体の細胞を魔力でいじることはできなかった。
「この位置なら心臓は避けている! はやく医者を!」
ここで剣を無理に引き抜けば血が噴出し失血死する。止血をしながら除去できるのは、魔力による人体の治療専門の訓練をしている医者以外にいなかった。
グウィレミナは自分の部下に指示をするが、遠目から見ていた彼らには迷いがあり動きが遅かった。果たして急にあの女性を襲ったのは師団長なのか中隊長なのか、と。
「がふっ、ごぼっ」
繰り返し噎せ返り血を吐くサラ。グウィレミナは焦りばかりが募った。
「くそ!」
誰も動かないなら自分が行くしかない。走り出しかけたグウィレミナの手を、サラは力強く握り離さなかった。
「叔父が……調べていた、のは、城の、地下にぃ……!」
「おい! サラ! 喋るな!」
「サラさん! 離してください! 急がないと、貴女の命が――」
サラの命を優先させようとした二人を、サラ自身が力を振り絞り止めた。
「いなくなった人たちは! みんな! そこに連れていかれた! きっと何か危険なことをされている! だから――!」
「サラさ……」
サラの胸が、盛り上がった。
歪に。
「あ……、が……が」
「そんな…………」
グウィレミナが絶望に脱力する。
サラをさらに二本の騎士剣が貫き、刃先がグウィレミナの眼前に迫るところで止まっていた。
「……お願い……」
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