第39話
「こちらです!」
三人の戦いを傍観している間に、後ろの方から若い騎士の声が聞こえた。
どうやらグウィレミナの引き連れていた騎士隊とは別に、応援のために他の隊の騎士たちも集まってきたようだ。十数人の騎士の一団が近付いてくるのが見えた。ここで私とシルリィが拘束されるのも不味いな。
「シルリィさん。こっちの瓦礫の裏に隠れましょう。騎士たちがこっちに来ています」
「わわわわ、わかった!」
騎士たちは私たちの潜む瓦礫の傍まで来ると足を止めた。
そこに後から、背の高い痩せぎすの男が飄々と近付いてきた。金糸の織り込まれたサーコートにはヴェストリ師団の正式紋章。その高潔さに不釣り合いの歪んだ眉と無精髭。
「さてと? 我らが栄光ある盟王都で暴れてやがるっつう不埒な輩はどんな奴らだ?」
どうやら階級持ちらしい。自分が騒ぎを眺めやすいように近くの部下を押しのける。
「師団長!」
「おうどけどけ。俺にも見せてみろ」
誰が後ろにいたのかに気づいて先に来ていた騎士たちも一斉に敬礼を向ける。
師団長。ということは、あれが盟王国騎士軍ヴェストリ師団長、ベリオ・サンジュリオか。
「おいおいおいおい、あいつぁ、オリンゲンに見張らせてるやつじゃねえか。相手は……って、あいつは俺のかわいい部下をぼこりやがった指名手配犯じゃねえかよ!」
誰が暴れているのかに気づいて、ベリオは大仰に頭を抱える。
オリンゲン? やはりあの男の言っていたことは本当だったか。ならば死んでいたのはこの男の差し金か?
もしそうならば、イグセリカたちに用があるのは、オリンゲンではなくこのベリオだということだ。
「ねぇ、アルトくん。イグセリカ大丈夫かな……。こんなにいっぱい騎士が来ちゃって……」
シルリィが袖を摘まんできてこそこそと言う。
「師匠も周りが見えてないですからね。この状況は確かに好ましくありません」
「わ、わたしたちがそこの騎士さんたちに見つかったらどうしようか……?」
「丁度瓦礫の隙間に隠れられましたし、師匠たちの戦いで崩れた建物から逃げ遅れた住民の振りでもしておけば大丈夫でしょう」
「ここのおうちの家族の振りをしろってことだね。じゃ、じゃあわたしがお姉ちゃんで、アルトくんが弟でいいかな……?」
「はあ、まあそうなるでしょうね」
曖昧に頷くと、なぜか少し嬉しそうな顔を見せるシルリィ。
「あ、でも髪の色が全然違うよ。怪しまれないかな……? お母さんかお父さんが違うってことにする?」
こんなときに何を入念に考え込んでいるのだろうかこの女は。
そもそもベリオやその取り巻きに顔は割れているのだから演技もくそもない。私も適当に言っただけだ。
心底どうでもいい設定に頭を捻っているシルリィを軌道修正する。
「シルリィさん、師匠がまた距離を取ったらさっきの光弾を騎士にバレないように撃って横っ面にぶつけて冷静にさせてください。こっちに気づいたら一緒に逃げましょう」
ドラヴィオラは自力で逃げ切れるだろうし、グウィレミナはむしろ騎士側だ。
イグセリカさえ逃がせれば、またいくらでも四人が集うことは可能だろう。
「うー、できるかな……。やってみるけど」
シルリィは隠れている瓦礫を盾にしてザミエルミサイルを展開する。
彼女にこの場の脱出のタイミングは任せるとして、私は再度ベリオの方に注意を向けた。
「あいつらなんつうことをしてくれてんだ! 盟王都のど真ん中で暴れるとか正気か!?」
言葉遣いは怒り心頭。だが顔に張り付いた皮肉めいて歪んだ口の端がベリオの存在そのものをどこか演技がかったものに見せていた。
ベリオは崩壊していく家屋を見つめ面倒臭そうにぼやく。
「あーあー、めちゃくちゃにしやがって。お上に怒られんのは俺なんだぞっと。って、おいおい。ちょっと待て。一緒に戦ってる女、見覚えがあるな? は? うちの中隊長? なんで中隊長が一緒になって暴れてんだ?」
周囲の住民の避難誘導に当たっていた騎士がベリオに敬礼し、現況の報告を伝えた。
「あー、なるほどな。中隊長が指名手配犯を見つけて確保しようとしてんのか。は? 違う? 先に女どもが争い始めて中隊長が混ざった? なんでだよ。なんでそうなんだよ」
不満を口にするが、その態度はどちらかというとハプニングが起きていることを心底面白がっているようだった。
片足を瓦礫の上に乗せ、小高い山を仰ぐように片手を庇に三人が互角に渡り合っている様を眺め、ヒュウと軽快に口笛を吹く。
「ほおー。知らなかったな。うちの中隊長がここまでやれるとは。あいつらに負けてねえじゃねえの。ハハッ。さては、真のジツリョクってやつを隠してやがったな。これだから若いやつらってのは。大人に使われることが嫌だからってよ。ま、俺も嫌いだが。それにしてもだ。あの中隊長、魔力もよく練られてるじゃねえか。量も申し分ない。それに……」
グウィレミナの動きを目で追い、ベリオは舌なめずりしてほくそ笑む。
「あのいけすかねえ野郎の戦い方にそっくりだ」
グウィレミナを誰かと重ねているのか? 彼女を見る目に嗜虐的な光が混ざり始めた。
ベリオは後ろに控える騎士の一人を呼び寄せる。
「お前ちょっと来い。おつかいだ。……えーと、あいつとあいつと、うちの中隊長、あと千里眼の女。四人かあ、豊作だな。全員女ってのも面白い」
にやけながら指でひとつ、ふたつ……とイグセリカたちを数え、そして言った。
「ちょっくらあの閉じこもってる陰鬱野郎に伝えてこい。使えそうなのが四人もいるってな。あ? 陰鬱野郎つったらお前、研究室にいるあの偏屈なウィチャード・ラグナーに決まってんだろうが」
――――――!!!!
私は一瞬聴覚を失うほどに瞠目した。
どうして。なぜ。あまりの唐突さに、あまりの予兆のなさに、あまりの不可解さに、自分でも制御できないほどに息が詰まる。
あの男の口から、なぜその名前が――。
全く予期していなかった事態に唖然としている間に、命令を受けた騎士は即座に翻り通りを走り抜ける。
おそらく向かったのだ。ウィチャード・ラグナーのもとへ……。
「よーし、他のやつらはあいつらが魔力を使い切ってへばったところを狙え。殺すなよー。なに? 待っていたら物損被害が甚大? んなこと言うならよー。お前があいつら止めてこいっつの。無理だろ? 俺も無理だわ。こりゃ戦略的待機ってやつだ。ほれ散った散った」
騎士たちが方々に散っていき、ベリオ自身も気楽そうに奥に進んでいく。
捕まえて吐かせたいところだったが、この場でそれは不可能だ。
私はウィチャードの居場所を突き止めることを優先し騎士を追うことにした。
「シルリィさん! ぼくは急ぎの用事ができました! ちょっといってきます! ここで待っていてください!」
「えっ? アルトくん!?」
言い捨て、私は騎士たちの隙を見て走り出す。
騎士が走り去っていったのは、王城の建っている中央の方角だ。
盟王都は中央に行くほど古い建造物が残っていて入り組んでいる。方角がわかっても目的の場所がわからなければ辿り着くことは難しい。
私は魔力で加速し石畳を砕かんばかりに疾駆、しようとした矢先だ。
「アルトくん、待ってよ! 危ないよ! わたしも行くよ!」
くそ。こんなときまで。
少年の姿は花嫁たちに取り入りやすいと踏んでの判断だったが、必要以上にイグセリカとシルリィのアルトゥール・リープマンに対する保護感情を呼び起こしてしまった。
シルリィも魔力で能力向上させているとはいえ、疾さでいえば私の方が上だ。ここで説き伏せている暇はない。さっきの騎士は常人すべからざる速度で疾走していく。ここで見失えばウィチャードの居場所がわからなくなる。
「待ってってば! また一人でいなくなっちゃだめだよお!」
思ったよりシルリィの存在が目立つ。これでは追いかけていると丸わかりだ。
仕方ない。シルリィを利用する方向で切り替える。
少し前で併走しながら彼女に頼んだ。
「シルリィさん、さきほど通りから離れていった騎士を追跡できますか?」
「さっき走っていった人? なにかあったの?」
焦るな。ここでシルリィにウィチャードの名を告げれば全てが台無しだ。私は彼女らにその名を呼ぶ声すら耳に入れてほしくないのだ。
ベリオからその名が零れたときも、彼女には聞こえていなかったことを切に願う。
「やはりメイヴェル卿には別の思惑があったようです。裏にはあそこにいるヴェストリ師団が関係していました。どうやら彼らは近頃起きている誘拐事件の罪を師匠たちになすりつけるつもりだったようです」
「ええっ!?」
「ですから、あの騎士を止めないとぼくたちは盟王都で追われる身になってしまいます」
「そんなぁっ!?」
シルリィをその気にさせるならこのくらいのブラフは必要だろう。
「わ、わかった。その騎士さんに追いつけばなんとかなるんだね?」
「はい。ぼくを信じてください」
騎士の姿はもう私には見えない。当然だ。私はシルリィが追いかけてきた時点で、走るスピードをわざと下げ距離を空けている。
シルリィが随行する以上、むしろ追いついては困るのだ。さっきの騎士がどこに辿り着いたのかが最重要だからだ。
「うん。信じる。信じるよ。アルトくんの言うことだもん」
「もう大分距離を取られてしまいましたが、見つけられますか?」
シルリィは私の要望に不敵な笑みで返した。
「舐めないでよ、アルトくん」
上手く使えば私の花嫁たちほど頼もしいものは他にない。
シルリィは期待通り騎士の行く先を突き止めてくれた。
「ここで間違いないですか?」
「うん。間違いないよ。ここにいるはず」
シルリィは迷いなく頷く。
「でも、さすがにこれ以上は追えないね……」
見上げる壁はつむじが下を向くほどに高い。加えて叩いても音が響いてこないような分厚さ。登るにも隙間なく積まれた石は小指の先ほどのとっかかりもない。
ふむ。
私は右手に魔力刃を作り出した。
「え、ちょっと待って。アルトくん。もしかして」
「そうですね」
「それは不味いって! ほんとに! それだけは! ここがどこだかわかってるの!?」
「わかっていますが、いちいち入るだけでどれだけの手続きが必要かもわかりません。門はもう閉まっているようですしね」
「アルトくん、どおしてこういうときだけ大胆なの!? 見つかったら反逆どころじゃ済まないよ!? これじゃ疑惑どころか確実に死刑まっしぐらだよ!?」
シルリィの喚きようも極まっている。無理もないが、他を行く道理もない。
「それが潜入というものです」
ウィチャード・ラグナーは、王城の中にいる。
今後の活動の励みになりますので、もしよければ既読感覚で「いいね」や評価をお願いします!
そして続きを読みたいと思っていただけたら是非ともブックマークもお願いします!




