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第38話



 イグセリカのあんな魔力の使い方は初めて見た。

 空を舞いながら魔力の砲台で閃炎を撃ち出すその姿はまるで竜獣のようだ。


「シルリィさん、今の師匠のあれを見ましたか?」

「あっ! あれはね、実はまだアルトくんには内緒なんだ……」

「内緒?」

「イグセリカ、ずっと伸び悩んでたんだ。何か新しい技を編み出したいって前から言ってたの」

「師匠が?」


 初耳だった。あの脳天気からはそんなストイックさは垣間見ることもできななかったのだが。


「うん。こないだの領主様のときにあの男の人と戦ってから、あの技を何とか形にしたんだって。同じことをしてる人が他にいないから、随分苦労したみたいだよ」

「それどころか、魔力を言葉で操る術は名だたる英傑たちでもできなかったことです」

「魔術、って言うんだって。まだ完成形には程遠いから、アルトくんには内緒にしといてくれって。完成したら教えてやるんだって張り切ってたから、知らないフリしてあげてね?」


 魔術。

 なるほど。人間は言葉に自分の意志を乗せる。それは自分の手足を動かすのと相違なく、ならば魔力も乗せられるという道理。


 私ならばそもそも目線を配るだけで可能な事象であるがゆえにそんな発想は持ち得なかったが、制限のある人間の身でありながら、肉体とは異なる実体のない声という媒体を用いて魔力を行使する術を見出すとは。


 面白い。イグセリカめ。そんな技を自ら編み出すとは、小生意気なことを。

 ああ……。喜びが胸に染み入る。


 このところイグセリカたちには失望を抱くことの方が多かったため半分諦めかけていたほどだが、それでこそ私の求めた花嫁の本質だ。

 彼女らがまだウィチャード・ラグナーに染められていない花嫁であることが、これほど私を安堵させ喜びをもたらすのか。


 今回ならば、できるのではないか?

 私の悲願を叶えることが、このイグセリカたちにならできるのではないか?


 私が秘した期待を抱いていると、周囲がにわかに騒ぎ始めた。

 さすがに騒ぎすぎたか。十数人の騎士たちが集まってきていた。


 不味いことになった。このままではイグセリカも含めて投獄されかねない。上手くこの場を脱しドラヴィオラと和解するための機会を設ける必要がある。

 そう考えていた矢先だ。案の定、騎士の一人が前に出てきて、凜と響く女の声が割り込んだ。


「そこまでだ! 二人とも大人しくしろ!」


 そこで私は信じられないものを目にし、唖然とした。


「赤髪の金眼。貴様がドラヴィオラだな。わたしが今ここで貴様を獲る!」


 槍を勇ましく構える黒髪の女騎士。歳はシルリィと同じ頃合い。

 戦の中にあってその美貌を損なうことはなく、凜々しい出で立ちに備える女性らしい大きな目から流れる眼光に、敵であっても思わず見蕩れてしまう者もいよう。


 グウィレミナ……。どうして君までもが。

 最悪だ。タイミングが悪すぎる。よりによってイグセリカとドラヴィオラが争っている時にグウィレミナまで現れるとは……。

 しかも騎士軍の所属だと? 彼女が着込んでいるのは、盟王都の正式騎士装備だ。

 つまりグウィレミナには街中で暴れているあの二人をこの場で処刑する権限がある。


 グウィレミナ・クルシュファ。我が花嫁、最後の一人。

 魔力を道具に込めることに長け、さらにあらゆる武具を達人級に自在に使いこなすマルチ・ウェポニスト。武の錬金術師。


 彼女にとってはあらゆる物質が武具と化す。ときには魔力で組成を変換し、鉄塊から自ら望む武器を自由に作り出す歴戦の戦乙女。

 まるで隙の無い優れた感覚識。冷静さと大胆さを両立し、攻め時と引き際を正確に見極める智略家。イグセリカのような見た目の派手さこそないが、彼女の戦略の幅は広く、私は何度も不意をつかれ彼女の攻撃を受けた。


 ドラヴィオラがグウィレミナに向かって疾駆する。

 甲冑もろとも突き飛ばし、この場から邪魔者を排除しようというのだろう。

 しかしグウィレミナは槍の柄だけでドラヴィオラの一撃を完全に防いだ。驚きが顔に映ったのはドラヴィオラの方だ。


「己なら容易に折れると自惚れていたな?」


 グウィレミナの能力にかかれば、ただの木の棒でさえも鋼鉄と同じ堅さを誇る。 


「わたしをただの騎士だと見くびるな。師から継いだこの槍と技は、貴様程度には折れはしない」

「おもしれえ。じゃあてめえの目の前でバキバキに折ってやるよ」


 グウィレミナは柄の中心を軸にして槍の穂先を回転させてドラヴィオラに向ける。刃の部分には魔力刃と同じ性質の魔力が纏っている。

 ドラヴィオラはバク転でそれを避けるが、グウィレミナの素速い突きの連撃が間髪入れず狙い澄ます。


 リズミカルなステップは距離を詰めるのに最も効率的な道を選び、華奢な身体から突き放たれる岩を穿つ力強い槍は、完璧なまでの重心移動によって慣性に引っ張られることなく、まるで反撃の隙を与えない様は、舞踏の如き美を醸す。


 魔力のみでできた魔力刃は物体絶断の極技だが、グウィレミナは武器に魔力刃を纏わせることを好んでいた。リーチを伸ばしつつ魔力の消費量を抑え、かつ鋭さの相乗効果を得られるという利点もあるからだ。


 帯剣を許される騎士軍はグウィレミナにとって己の技能を活かせる最適解だ。事実、彼女がこの場にいる他の騎士より秀でているのは、他の騎士たちが怖じ気づいて手を出してこないということだけで説明が足りる。


 隊長格くらいの階級は持っているようだ。なおさら私にとっては都合の悪い立ち位置。

 イグセリカにもあまりグウィレミナを刺激して欲しくなかったが、甘かった。

 ドラヴィオラがグウィレミナの連撃を全て紙一重で躱し、わずかな隙をついて槍を思いきり蹴り上げた。グウィレミナは素速く判断を下し、追撃を逃れるために軽く跳躍し後ろに下がる。


 攻勢反転。ドラヴィオラが腰を落とし強く踏み込む。

 だがその僅かに生まれた二人の距離に、上空からイグセリカの魔術が突き刺さった。

 グウィレミナは空舞うイグセリカを見上げ、怒りを露わにする。


「貴様っ! 邪魔をするな!」

「いきなり割り込んできたのはそっちだ!」

「そもそも貴様は何者だ!」

「あたしはあいつから弟子を護りたいだけだ! 邪魔しないでくれ!」

「弟子? 事情は知らんが、貴様も捕縛対象だ。神妙にしておけ!」


 言い合う二人を、ドラヴィオラは見下すように笑う。


「まとめてかかってこいよ。てめえら程度、二人同時だろうが関係ねえ」


 なぜだ。どうしてこうなった。

 四人の花嫁たちが一堂に会したというのに、なにゆえに対立して争う必要がある。

 彼女たちは互いに尊重し合い、研鑽し合う仲ではなかったのか。


 私の思い描いていた花嫁たちの理想像を嘲笑うかのように、三人はそれぞれの矛を互いに向け合い戦いは熾烈さを増していく。

 空から降り注ぐイグセリカの魔術を避けながら、地上ではドラヴィオラとグウィレミナが格闘戦を繰り広げる。猛き獣のごとき力強さを持つドラヴィオラとは対照的に、グウィレミナは訓練された無駄のない流麗な動きで翻弄する。


 どちらも一進一退の互角の戦闘を続けているが、執拗にドラヴィオラを狙うイグセリカの魔術によって、グウィレミナはテンポを崩され思うように攻めきれないでいるようだ。 


イグセリカとグウィレミナの狙いはあくまでドラヴィオラだが、二人とも自分の攻撃を優先させているためろくに連携は取れていない。

 それはドラヴィオラもわかっている。まさに彼女の言う通り、二人を同時に相手していながら何ら焦燥を感じていない。


 変化が訪れたのはわずか数秒後。

 獲物が最も無防備になるのは、その獲物が自分の獲物を狩ろうとする瞬間だと言う。

 ドラヴィオラはうまくグウィレミナの攻め気を誘い、自分に攻撃を向けさせ、イグセリカの魔術のタイミングを図って着弾地点に彼女が来るよう誘導した。


 降り注ぐ熱光線。


 グウィレミナもシルリィほどではないが目はいい。戦場の状況を俯瞰するように把握し、広い視野の中で自分の立ち位置を把握し的確な判断を下すことに長けている。

 彼女は魔術の飛来を予見していた。度重なるイグセリカの妨害を学び、自分が一撃を入れるタイミングを一拍遅らせたのだ。


 魔術の着弾により周囲は一瞬、光に包まれたように真っ白に染まる。目映い光にグウィレミナは両目を窄めてやり過ごす。


 しかし、そのグウィレミナの立ち止まった隙こそがドラヴィオラの狙いだった。

 光のカーテンが収まると、そこには重心を落として腰だめに構えるドラヴィオラの姿があった。

 グウィレミナは咄嗟にまた槍の柄でそれを防ぐが、


「ぐっ、がああ!」


 さすがのグウィレミナの槍も、溜めたドラヴィオラの一撃で強化強度以上にたわみ、折れ、その役目を終えた。


「折れたな。さっさとどきな」


 勝ち誇るドラヴィオラにしかし、グウィレミナの闘志は些かも減じてはいなかった。

 それは、虎の尾を踏んだにすぎない程度のことだったのだ。


「舐めるな。わたしの武器がこれだけだと思うなよ」


 グウィレミナは折れた槍を投げ捨て、両腕を大きく広げた。

 彼女は他の三人よりも知性において秀でていた。しかしその要素が彼女を花嫁たらしめていたのではない。彼女の魔力の特性こそが、花嫁たる素質だった。


 彼女の魔力は物質の再組成を可能にするだけではない。

 その真髄は、自らが魔力を込めた物質を肉体から分離した状態で意のままに操ることだ。


「おまえたちの剣、借り受ける。ここはわたしに任せておけ」


 三人の戦いに割り込むこともできずたじろいでいた二十人以上の騎士が携えていた騎士剣や槍、それに加え、戦いながら仕込んでいたのだろう、周囲の廃墟に捨ててあった錆びた鉄の農具や道具が宙に浮かび、グウィレミナの周りに引き寄せられ漂う。


 一人では扱いきれない数の武具を糸で吊ったように操作し、達人のごとく全てを使いこなす。一人で大隊規模の戦術行動をこなせる花嫁、それが千本刃とも評されるグウィレミナだ。

 むろん、全ての武器がさっきの槍と同じ硬度と鋭さを誇っている。それが雨霰のようにドラヴィオラに降り注ぐ。


 さしものドラヴィオラも視界が埋まるほどの刃物の群に空を蹴って逃げ回る。壁を駆け上がり、屋根の傾斜に隠れやり過ごした。

 グウィレミナは両手を大きく振り回す。操る武器群を翻し今度はイグセリカに向けた。


 イグセリカはさすがに無関係のグウィレミナを本気で攻撃する意志はなかったようだが、攻撃を向けられれば話は変わる。まずは魔力の盾で武器の群をいなし、魔術を構築し始めた。

 魔術の予兆を感じ取ったグウィレミナは、武器群を手元に素速く戻し頭上で網の目のように交差させ鉄の壁となした。


 続けざまに放たれる目映いほどの熱閃炎。

 直撃するが、貫通することはできず剣や槍で編まれた壁に焦げ後をつけるだけに終わる。彼女にももう魔術は完全に見切られているようだ。


 イグセリカも魔力のうまい使い方を見出したものだが、やはりまだ練度が足りていない。イグセリカが留まっているのは地上からおよそ十五メートルにも満たない程度の高さだ。おそらくそれが魔術の威力を減衰させずに撃てる高さなのだろう。

 遠距離というには低すぎ、また貫通力もない。ドラヴィオラとグウィレミナを二人同時に相手にするにはあまりにも心許ない。私の影響によって弱体したイグセリカには荷が重すぎたのだ。


 注意がグウィレミナに向いていたイグセリカの横から、ドラヴィオラが飛び出てきた。

 イグセリカはエンジンの噴射で回避しようとしたが、それよりも先にドラヴィオラの拳が届いた。伝った衝撃に体勢が崩れエンジンの制御を失い、地面に向けて墜落する。


 そのドラヴィオラを狙い澄ましたようにグウィレミナがすかさず仕掛けた。指揮者のように腕を振り回し、数十本の刃物がドラヴィオラの周囲を取り囲む。大気を足場に自由に駆けられる彼女といえど、三百六十度囲まれれば逃げ場はない。中心にいるドラヴィオラに一斉に走る刃物の群。


 ドラヴィオラは体内の魔力を切り替え防御に回したが、空中戦を仕掛けたことが徒になった。両脚の蒼い魔力を維持しながら包囲網から脱しようとしてそこに飛来した刃物が彼女の肌を裂いた。


 それと同じくして、イグセリカも堕ちながらも魔術を放っていた。本来はどちらかを狙っていたであろう魔術は、空中で回転しながら堕ちるイグセリカによって、四方八方に乱放射される。


 建物や地面を焼きながら迸る光の奔流のその一つが、グウィレミナに向けて奔った。予測外の動きに対応しきれず、自身の身を守る武具を攻撃に回していた無防備の彼女の左肩に触れた。鎧を剥ぎ、地肌を灼いた。痛痒に歪める美貌と悲鳴。


 三人が三人、ほぼ同時に初めてダメージを受けた。だが三人の闘志を萎えさせるには軽すぎる。むしろこれで全員が認識しただろう。攻撃の手を緩めれば負けるのは自分の方だと。

 このままエスカレートすれば、いずれ本当に互いを殺しかねない。ここで誰かが死ねば、私の目的が成されることがなくなってしまうというのに。


「……やめろ。いい加減にしてくれ……。なぜお前たちが争う必要がある……」

「アルトくん?」


 思わず声に出してしまった私のぼやきにシルリィが反応する。


「……いえ、なんでもありません。思った以上の騒動になってしまいましたね」

「そうだね……。なんとかしたいけど……」


 三人とも、もはや自分が戦っている相手しか見えていない。

 互いに互いの決定打を妨害し、戦いは長引き、怒鳴り声と三人が生み出すそれぞれの破壊の音だけが続いた。


 私は、いつまでも三人を止める機会を逸していた。






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