第37話
「でやがったな。再戦希望ってわけか」
ドラヴィオラは獰猛な笑みを浮かべイグセリカを迎えた。
イグセリカもまた敵意を剥き出しにして睨み返した。
「戦うこと自体に興味はない。あたしはあんたがアルトに手を出したことが許せないだけだ」
「許せないならなんだってんだ?」
「二度とあんたをアルトに近づけさせないようにする」
「ワタシはそいつに聞きたいことがある。それを許せねえってんなら、ここでやりあうしかねえな」
「あんたがしつこくアルトに迫るなら他に選択肢はなさそうだ」
予定調和のように。それが再び邂逅したときの規定事項であるかのように、二人は前もって決まり切っていた台詞を互いにただ確認するように言い合った。
だから口ではそう言っていながら、イグセリカはむしろ不敵に笑い今にも飛び出しそうなほど臨戦体勢だった。
「一応聞いておくが、あんたは騎士軍に入ったんじゃなかったのか」
「そのつもりだったんだがな。どうやらワタシはあのおっさんに嵌められたらしい。今じゃ盟王都で追われる身だ」
「騎士よりはお似合いだ」
ハハハッ、とドラヴィオラは軽快に笑った。
「その方がてめえにも都合がいいだろ?」
「ああ。騎士でもなく貴族の後ろ盾もないなら……思いきりやれる」
大気の震動を感じるほどに、二人は闘志をぶつけ合っている。
「あんなこと言ってるけど、二人ともここが盟王都のど真ん中だってこと忘れてるよね?」
「師匠も本心ではもう一度戦ってみたかったんでしょうね」
「大分悔しがってたもんね」
しかし説明の暇すらくれないとは。
それほど私はドラヴィオラに違和感や不信感を与えているのだろうか。名前に関しては私の油断だが、それ以外は上手く無垢な少年を演じられていると思うのだが。
先に仕掛けたのはイグセリカの方だった。
エンジンで急加速した突進。魔力質量でドラヴィオラを押しだし、そのまま背後の建物に叩きつけた。
「ハハッ、ちょっと強くなったか?」
イグセリカと壁に挟まれていながら、ドラヴィオラは幼子との組み手を楽しんでいるかのように言う。
「侮るな!」
イグセリカはエンジンの出力を上げた。噴き出す魔力が大気との摩擦を生み、キイィィンと高音域の音を鳴らす。
「ぐっ」
ドラヴィオラが呻き声を残し、壁にめり込み押し込まれる。イグセリカはそのまま体勢を崩したドラヴィオラの胸ぐらを掴む。
「まだだっ!」
「うぉっ」
イグセリカはドラヴィオラを掴んだまま上空に急上昇した。五十メートルほどの高さで止まると、そこでエンジンを傾け高速回転を始める。
そしてドラヴィオラを叩きつけるように振り落とし、彼女は背中から家屋の屋根に突っ込んだ。支えにでもぶつかったか、古びた木造家屋はドラヴィオラが沈んでいくのと同時に崩落していった。
周囲は廃墟も多い。再開発地区と呼ばれているが、その実、浮浪者やならず者が寄せ集まってできたスラムをそう呼んでいるに過ぎない。崩れた建物にも人は住んでいないようだ。
両手両脚に異なる色の魔力を湛えた無傷のドラヴィオラが瓦礫を押しのけて飛び出しイグセリカに飛び掛かる。
イグセリカはそれをエンジンを駆使して飛び退るが、ドラヴィオラは空中だろうと構わず追い縋る。
このまま争えばそれなりに騒ぎは大きくなる。そうなる前にまた止めたかったのだが。
「二人とも落ち着いてください! ここで争えば互いに不利益が――」
「てめえの話はこいつをボコした後でじっくり聞いてやるよ!」
私の制止を斬って捨ててドラヴィオラはまた飛び出していく。
嘆かわしきの極みだ。
なんという失態だ。なんという無能だ。
わざわざアルトゥール・リープマンと自分を偽ってイグセリカたちを見張っているのに、当の花嫁たちがウィチャード・ラグナーと出会う前に潰し合ってどうする。
これもまた花嫁たちが乗り越えてきた苦難だというのだろうか。
できあがった状態の彼女たちの姿だけを知っている私にはわからない。
私は彼女たちの今のあるがままに任せていいのか?
私は彼女たちを止めずに戦わせ続けていいのか?
「いい傾向だ。どんどんワタシに対する躊躇いがなくなってきてんなあ」
度重なるイグセリカの攻勢にも、ドラヴィオラは全くダメージを受けていない。相変わらずの剛健さだ。単純な肉体強度の面では彼女に敵うものは誰もいないだろう。
「だがそれじゃあ勝てねえことはわかってるはずだよな」
地面に着地したドラヴィオラが憎々しげにイグセリカを見上げる。
「出し惜しみしてんじゃねえよ。まさか、弟子の前だからって遠慮してんじゃねえだろうな」
そう言われてイグセリカは口元を引き締めて押し黙る。
私の方をちらりと見やる。どうやらドラヴィオラの言う通り何か躊躇いがあったらしい。
だがその迷いはすぐに掃き捨てたようだ。イグセリカの纏う魔力が爆発的に膨れ上がる。
「それでいい。見せてやれよ。立派に戦うお師匠様の姿をよ」
イグセリカは焚き付けてくるドラヴィオラを強く睨み付け、口を開く。
「あたしの魔力に命ずる――」
どこか形式的めいた文言を唱え始めた。すると、魔力がイグセリカの眼前で形を変え、牙が生えたような歪な筒を数本生み出しドラヴィオラに向けた。
「軍神とて灼きつくす閃炎となって撃ち払え!」
イグセリカはまるで未練のない物を投げ捨てるように言い放った。全面に展開された筒から、魔力の閃炎が次々と撃ち放たれた。
「なんだ? 今の音は……?」
足元から伝わってくる地響きを感じ取って、女性騎士は足を止めた。
地震が起きたわけではないらしい。花火の打ち上げ予定もないはずだ。
ふと見やると、遠くの方の空に薄らと粉塵が立ち上がっていた。
「中隊長!」
「ああ、わたしにも聞こえた。何があった?」
「どうやら再開発地区で暴れている者がいるようでして」
「またあそこか……」
あそこはならず者のたまり場だ。騒ぎになるほどの喧嘩はしょっちゅう起きていて、深夜にもかかわらず騎士が仲裁に駆り出されることもある。ときにはその場にいる全員を投獄することも必要になってくる。
今月のあそこの管轄責任者は自分だった。面倒事に巻き込まれる気怠さを想像して眉間に皺が寄った。
「だが様子がおかしいな。ただの喧嘩でここまで音が聞こえるなんて」
「それが、暴れているのは例の指名手配されている女のようなのです」
「なに?」
「例の女が突然姿を現し、再開発地区で暴れています。巡回していた騎士だけでは手出しできず、私が応援を呼びに来ました」
「ん? 例の女と戦っているのは騎士ではないのか?」
「いえ。相手も知らない女です。ですが、その者もかなりの暴れ者のようでして、周囲の建物の倒壊が起きるほどの事態になっています」
「人的被害は? 巻き込まれた住民はいないか?」
「残った騎士が避難誘導にあたっています。今のところ怪我人は確認されていません」
「わかった。お前は本部に報告に行け。わたしは周辺の騎士たちを連れて現場に向かう」
「はっ!」
去って行く騎士を見送って、グウィレミナは目を細める。
「今まで隠れていたくせに、いきなり出てきて喧嘩か。一体どういうつもりだ?」
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