第36話
振り返ると、私の後ろに立っていたのは、ドラヴィオラだった。
「な、なぜここに……!」
「ワタシはこの男をずっと捜していた。そしたらてめえがこの男の死体の前にいた。なんでこいつを殺した?」
「違います。ぼくもついさっきこの人を見つけたばかりで……あぐっ」
弁明している最中に胸ぐらを掴み上げられ、壁に押しつけられる。
「ま、待ってください……。その人は死んでからかなり時間が経っています。ぼくに殺せるわけがない」
「普通に考えればてめえの言うことは筋が通ってるんだろうさ。だがワタシはてめえの言葉を信じない」
ドラヴィオラの黄金色の目は全く揺るがず私を射るようだった。
「なぜ、ですか……? ぼくは嘘なんて……」
「そもそもなんでてめえはワタシの名前を知ってた?」
領主の館でのことか? なぜ今そんなことを。
「だからそれは、領主様から……」
答えると、ドラヴィオラは「ハ」と短く嗤う。
「あのおっさんには偽名しか伝えていなかった。ドラヴィオラ・アイアンっていうな。なのにてめえはワタシの名前を知っていた。一族以外には明かさないはずの『中の名』までな。どこで聞いた? てめえが一族を嵌めたのか?」
何だと……?
「そ、それは……」
「いっつも固まった表情のガキだなと思ってたが、初めて崩れたな」
「くっ、……は!」
ドラヴィオラが私の胸ぐらを掴み片手だけで持ち上げ、空いているもう片方の前腕で私の喉を押さえつける。
確かに領主は彼女の話をしたときはドラヴィオラとしか言っていない。だが二人の争いを仲裁する際に、私は彼女のフルネームを叫んでしまっている。
そうなのだとしたら、クソ。紛う事なき私の無能だ。
「さあ、吐きな。てめえはなにもんだ。アルトゥール・リープマン。それともその名前もワタシを騙すための偽物か?」
予想外の一言だ。ドラヴィオラにここまで本質に迫った問いを投げかけられるとは。
「騎士軍の諜報員か、はたまたパルナトケのスパイか、それとも全てを知っている神か」
まさか、『今の君が生まれる前から君の名前を知っていた』などと正直に伝えたところで信じるはずもない。
「言わなきゃここで殺す。容赦はしない」
「ぼ、ぼくは情報屋にパイプがあって、実を言うとあなたのキャラバンのことも、前から知って――」
「嘘だな」
「どんな根拠があって……!」
「根拠はねえが、てめえからは罪悪感ってものが微塵も感じられない。嘘どころじゃない、真実すらどうだっていいって思ってるような達観さが気にくわねえ」
「じゃ、じゃあ何を言っても信じてもらえないじゃないですか……」
「ああ。だからこれからてめえを嬲る。腕と足の骨を折ってもその顔でいられるのか試す」
「そんな……それは悪虐だ……」
「どんな非道であろうと、ワタシは自分の直感を信じる。それでこれまでも道を切り拓いてきたからだ」
ドラヴィオラは手足にさらに色の濃い魔力を纏いはじめる。
思わず笑みが零れた。これこそ私の求める花嫁の威だ。
だが彼女も今のままではまだ知らないことが多すぎる。
「こ、ここで魔力は、つかわ、ない方が、いい、ですよ……」
「あ? 何笑ってやがる。まさかワタシに勝てるつもりでいるのか」
ドラヴィオラとてまだ成長の途にいる。私ならば彼女の関節を逆に折って抜け出すことは容易だ。だが。
ここではまだその必要はなさそうだ。
「ちがい、ますよ……。見つかってしまうからです……。彼女に」
どんなに広い街であろうとも、彼女は瞬時に見分けるだろう。
無数の麦粉の中から、一粒の砂を迷いなくつまみ取ることができる彼女には、路地裏程度の物陰にいる私など陽の当たる平坦な草原で羊を見つけるのとたいして変わらない。
「アルトくん!」
思っていたより早いな。やはり私を探して追ってきていたか。全く、アルトゥール・リープマンに対する過保護ぶりが凄まじい。
「あんとき一緒にいた女か」
「アルトくんから手を離して!」
「こいつはただのガキじゃねえ。おまえら、気づかなかったのか?」
「なんて言われようとアルトくんに乱暴するなら許さないから!」
いつになく怒りを湛えたシルリィの表情。
彼女はすでに魔眼を使っており、そしてさらに、彼女の背中には鳥のような片翼を象った魔力が展開されている。
あれは――。
「飛んでけえ!」
シルリィが両手を前に突きだすと、背中の翼から朱色の光弾が射出され、弧を描いて向かってくる。
あれは、ザミエルミサイルだ。
魔力を観察することに特化したシルリィ唯一の攻撃手段。
ドラヴィオラが片腕で私を押さえながら、もう片方の腕で光弾を弾こうと腕を振る。あの程度の魔力塊ならそれで十分だと判断したのだろう。
しかし朱色の光弾は、ドラヴィオラの腕をぐるりと避けるように回転し、弾道が螺旋のように曲がり私を掴んでいるドラヴィオラの右腕に命中した。
「ッつ!」
大した威力はなさそうだが、それでも頬を引きつらせる程度の痛みを与えたようだ。私を掴んでいる力がわずかに緩む。
ドラヴィオラの手を引き剥がした私は軽く受け身を取って後ろに跳躍する。跳んだ先で私の背中を支えるようにシルリィの腕が回ってくる。
「アルトくん! 大丈夫!?」
「はい。油断していました。まさかあの人がこんなところに潜んでいたとは」
光弾が当たった箇所を押さえ憎々しげに私たちを睨むドラヴィオラ。
「まだやる気!? 来るなら撃っちゃうからね! まだこんなもんじゃないんだから!」
とは言うものの、彼女の背中に展開される翼はまだ小さい。
シルリィの全盛期では、砦を倒壊させるザミエルミサイルを見えない場所から正確無比に一万発同時に叩き込む。かつてはその執拗さに私も舌打ちをしたほどだ。
花嫁としての本来の実力があればドラヴィオラにも引けを取らないシルリィだが、今の彼女ではまず一方的にやられるだけだろう。その実力差は、おそらく彼女も自覚している。
だから彼女は既に二の手を打っていた。
大気を揺さぶる轟音が空から降り下りてくる。
私は見ていた。シルリィがドラヴィオラに光弾を放ったとき、彼女はもう一発放っていた。ただし、上空に向かって。
それはそこにいれば誰でも見つけられる者への目印であり合図でもあった。
上空から真っ直ぐに落ちてくる圧倒的な魔力質量の塊。地面にぶつかり石畳を抉る。
エンジンを纏い青筋を浮かせたイグセリカが、隕石のように私たちの前に舞い降りた。
「アルトに手を出したことを後悔させてやる! くそやろー!」
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