第32話
翌日、オリンゲンに馬車で連れ出されたのは西盟王都郊外にある緩やかな丘の上の訓練場だった。塀に囲まれた施設の中には整備された土のグラウンド。脇には木造の建物が建っていて、それは休憩所なのだそうだ。
「ここは騎士たちが日々の鍛錬に利用している訓練場です。ここでならお二人の力を思う存分振るったとしても問題ありません」
オリンゲンは両手を広げ自慢気に言う。
「ではさっそくですが、あなた方の魔力の技能を見せてください」
「じゃあ、あたしからいきます」
イグセリカが手を上げて前に出て、周りの人間たちに距離を取るように伝える。
集中を高め、魔力がにじみ出す。
イグセリカ特有の白銀色の魔力は彼女の両腕を大きく拡張し、それは筒の形状を取る。
威嚇し飛び掛かる直前の獣のような、筒の内部に溜められた魔力。
それが一気に放射される。イグセリカの身体は弾かれたゴムのように飛び上がり、周囲に噎せるほどの土埃を巻き起こす。
そのまま訓練場を飛び出し、イグセリカは上空を大きく旋回する。オリンゲンや騎士たちが片手を庇にして感嘆の声をあげた。
二周ほどしてイグセリカは戻ってきた。オリンゲンに拍手で迎えられながら、照れくさそうに説明する。
「スレイプニル・エンジン、ってあたしは呼んでます。両手両足に自由に付け替えることができて、大型のやつは長距離を飛ぶときとか、突進するときに便利で、小型に作れば小回りの利くものになります」
「それはすごい。動力は魔力で補っているようですが、放射し続けて疲れないのですか?」
「あたし、生まれつき人より魔力が多いのが取り柄なんです。だからどんなに使ってもへっちゃらです!」
「素晴らしい。これは頼もしいですね」
オリンゲンはシルリィに向き直る。
「さて、今度は貴女の能力を見せて頂きたいのですが」
「ええと、わたしはあまり戦うのは得意じゃないんですけど……」
俯き加減に言うシルリィに、オリンゲンは鷹揚に頷く。
「貴女もご活躍されていると聞いていますよ。どんなことができるんですか?」
「わたしは、視るのが得意なんです。人だけじゃなくて、大気に満ちる魔力の流れを掴んで周囲の状況とかを正確に視ることができます」
「ほお、それはすごい。千里眼というやつですか。珍しいタイプの魔力の使い手なのですね。それでしたらこの訓練場の周りはいかがでしょう? 何か見えますか?」
シルリィは朱い魔力を目の周囲に展開する。
「ええと……。この訓練場には今、わたしたちを除いて二十六人います。建物の中に十九人。このグラウンドに七人です。あとそれから、塀の外にも何人かいるみたいです。何してるんだろ……。それから周りの建物の中に平均二、三人ほどの人が。あ、多分この人たちは普通の住民の方だと思いますけど」
淀みなく答えるシルリィを凝視して、オリンゲンの顔が固まっていた。
なんだ? 何かを焦っている?
「どおでしょうか……? イグセリカと比べたらやっぱり地味かな……」
「そんなことはありませんよ。正直、驚きました。それほど広い範囲を視れるとは」
取り繕うようにオリンゲンは笑う。口の端が微かに引きつっていた。
「いや、お二人とも想定していたよりも素晴らしい能力をお持ちだ。これなら私たちの目的も容易に達成できるかもしれませんよ」
「ほんとおですか!?」
「ええ。なんとしてでも兵器工場建設を阻止し、クーシェルに平穏をもたらしましょう。お二人の協力があれば、決して不可能なことではありません」
盟王都の貴族からの心強い保証にイグセリカとシルリィは互いに見合って喜んでいた。
そこへ騎士が一人、小走りで近寄ってきた。
「ちょっと失礼」
どうやら伝令のようだ。オリンゲンに何かを耳打ちし、返事を受け取るとまた去って行く。
魔力で声を拾いたかったが、この場でそんなことをすれば怪しまれる。歯痒いが見送った。
オリンゲンはイグセリカたちに向き直って言った。
「さっそく今後のことを話し合いたいところでしたが、急な用事が入りました。みなさんには明日、いえ明後日にまた私の屋敷までおいでいただきたいと思います。そこで私たちに協力していただけた際の報酬などのお話をしましょう。よろしいですか?」
イグセリカとシルリィの顔に喜色が浮かぶ。頭の中に金の山でも描いているのだろう。
「もちろんです!」
「いくらでも行かせていただきますう!」
二人の気前のいい返事に気分を良くしたのか、オリンゲンは三度鷹揚に頷いて続ける。
「それまで引き続き盟王都をお楽しみください。また私たちが同じ場所に集まったとき、きっと世界はよりよくなるでしょう」
そう言って背を向け去っていくオリンゲンの笑みは、私には欺瞞に満ちた仮面のようにしか見えなかった。
宿までの送迎の馬車の中で、私は脳天気に景色を楽しんでいる二人に声をかけた。
「師匠、シルリィさん。ふたりはこのままメイヴェル卿に付き合うつもりですか?」
二人は同時に私に振り向くと、ぽかんと口を開ける。
「え? いいんじゃないか?」
「兵器工場に反対してくれるなら心強いと思うけど」
脳天気にもほどがあるな。脳天気という言葉では足らないほどの脳天気さだ。ここいらで釘を刺しておかないと今後に支障がでる。
「メイヴェル卿は工場建設に反対するのに、どうして師匠たちの魔力を測ったりするような真似をするのでしょうか」
「そりゃあ、あたしたちのことをよく知るためなんじゃないかな?」
「わたしたちの活躍ぶりが盟王都ですごい噂になってて、目の前で見て見たかったとか?」
「本当にそれだけなのでしょうか」
「じゃあアルトはどう思ってるんだ?」
「ぼくには、師匠たちを自分たちの都合のいいように利用するために、何ができるのかを見極めているように思えてなりません」
私がそう言うと、イグセリカが眉を寄せて険しい顔をする。
「アルト、あんまり疑いすぎるのもよくないよ。村からここまでの旅費まで出してくれて、こっちの我が儘で追加の資金まで出してくれたんだ」
「あんなに美味しいご飯食べさせてくれたんだし、疑ったら失礼だよお」
イグセリカは師匠面で説教し、シルリィは困り顔で焦り出す。
「それすらも、ぼくには師匠とシルリィさんを盟王都から逃がさないようにしているようにしか見えないんです」
私の発想は二人の頭の中では全く結びつかない要素だったようだ。揃って首を傾げる。
「逃がさない……?」
「でももしそうなら、監禁とかするんじゃないかな?」
「師匠の戦い方を知っているなら、ちゃちな牢屋程度では効果がないことはわかっているでしょう。足枷をつけても思い通りに動かせないなら、金品やご馳走で懐柔する方が効果的ですからね。実際、師匠たちは目の色を変えて飛びついています」
「う……。でもさあ、わざわざそんなことするかなあ」
「うーん、アルトくんが何を心配してるのかがわからないよ。何が気になってるの?」
「メイヴェル卿は師匠たちを味方にして、一体何と戦わせるつもりなんでしょうか?」
私が言うと、二人は即答しようとして口を開く。
が、言葉が出てこず数秒ぱくぱくさせる。
「何と? えっ、と。それは……なんだろ? 盟王都に危ない獣魔は出てこないだろうし」
「兵器工場に賛成の人たちとか?」
やはりこの二人、何も考えていなかったか。
「そんなことになれば内戦と同じですよ。いくら王室内で意見が分かれているといっても、兵器工場一つで戦争までする訳がありません」
「じゃあなんだろう。護衛かな」
「護衛ならお抱えの騎士たちがいくらでもいるでしょうし、わざわざ田舎に住んでいる師匠たちを呼び寄せる必要はありません。いまいち、ぼくにはメイヴェル卿の意図がわかりません」
「言われてみれば確かに……」
「師匠たちに政治的な権力は皆無なのですし、先の領主の件で交渉力もないことはわかっているでしょう。建設に関わる産業に圧力をかけられるほどの資産も商才もない。あるのは類い希な魔力による技能だけです。しかしそれも騎士軍を擁する盟王都において必ずしも不可欠な要素とは言えません。それでいてなお、師匠たちを味方につけたい理由とはなんでしょうか」
「そ、そこまで言うかあ?」
「つまり、メイヴェル卿にはわたしたちを雇うメリットがあんまりないってことだよね? それなのに高いお金を出してまで盟王都に留めようとしているのはおかしいって」
今の状況では決して断定はできない。ただ先日会った男の話が頭に引っかかっているだけかもしれない。
「メイヴェル卿の目的は兵器工場の阻止ではなく、師匠たち自身なのかもしれません」




