第30話
「くっそ~……、アルトのやつぅ。師匠に働かせて自分だけ観光するとか生意気なことを言うようになりやがって」
「しょうがないよ、イグセリカ。アルトくんの言う通りだもん」
宿からの道すがら、並んでぶらぶら歩きながらイグセリカとシルリィリアが零す。
「それにしたって、最近反抗的なんだよなあ。ちょっと舐められてるっていうか、侮られてるっていうのかな? 昔はもっと素直だったんだけどなあ」
「反抗期ってやつじゃない? イグセリカだってアルトくんくらいのとき、よく大人の人たちに刃向かってたでしょ。きっとアルトくんもそろそろそういう時期なんだよ」
合点がいったらしいイグセリカが「そうか」と手を打った。
「これも一つの成長ってやつか。つまりあたしたちの懐の広さが試されてるってことだね!」
「そおだね! ここでわたしたちが突き放しちゃったらアルトくんが孤立しちゃうし、ちゃんと受け止めてあげないと!」
イグセリカは腕を組んでうんうんと大きく頷く。
「いつか大きくなったときに、今日の出来事が罪悪感に変わり、そこからまた尊敬へと繋がるんだ。そうなったとき、きっとアルトはこう言い出すんだよ。『師匠、あのときはすみませんでした。自分の未熟さが今になってわかったんです』ってね。あたしは笑って許して、夏の静かな夜に二人で杯を交わしながら思い出話に浸るんだ」
「じゃあじゃあ、わたしはね! アルトくんが後ろめたさを感じてるときにわざと素っ気なくするの。そうやってちょーっと困らせてから、抱きついてほっぺを引っ張ってから許してあげるんだぁ」
ふへへと将来のいたずらを想像してシルリィリアはにやける。
「いつの日かそんなことができたとき、あたしたちもアルトの保護者として胸張れるってもんだね!」
「楽しみだねえ~!」
そうして未来の話に花を咲かせている間に、気づけば賑やかな通りに入り込んでいた。近くの食堂からはスパイスの香ばしさが漂ってくる。
「うっ、ここは空きっ腹に響くなあ……」
「わたしも、もおお腹すいたよ~」
「仕事っていってもなあ。都合良く見つかればいいんだけどさ」
「でも、こういうところなら何かありそうじゃない?」
二人でぐるぐると見回ってみたが、仕事を紹介してくれそうな場所は見つからなかった。埒が明かないため、適当に選んだ雑貨屋に入り、店主に尋ねる。
「臨時の仕事が欲しい? ああ。そんなら二軒隣の大衆食堂に行ってみな。気の良い店主が掲示板を建てたのきっかけで、今じゃ仕事の紹介所も併設してるんだ」
言われた大衆食堂の中には、確かに大きな掲示板が建てられていた。外観からはこんなものがあるとはわからないが、地元民には知れ渡っているのか、それ目的に入ってくる人も数人見受けられた。
掲示板には大小様々な紙片に仕事の内容と条件、報酬が記載されてあった。
イグセリカたちはその一つひとつを零さず読みあげる。
「要一週間継続……要巧みな計算知識と二日ほどの徹夜……五日間泊まり込み……最低勤続四日間……」
「どれもこれも始めたら予定の日に合わせられないよお!」
ついでに聞いてみれば、途中で放棄すれば罰金も科せられるという。
「イグセリカ」
「なんだい……? シルリィ、なんか良い案でも」
「もうこうなったら仕方ないよ。アルトくんにあげた銀細工のお土産、売ろ?」
シルリィリアが言った。目が笑っていなかった。
「いやだああ! それだけはいやだあ! アルトにこれ以上失望されたくないんだあ!」
子どものように床に突っ伏して駄々を捏ねるイグセリカの身体を揺らしてシルリィリアは説得を続ける。
「背に腹は代えられないよ! アルトくんもわかってくれるから!」
「むーりー! むりだー! これだけは譲れないんだあ!」
「でもこのままじゃどうしようもないよ! アルトくんにまた怒られちゃう!」
そうして言い争っていると、横から柔らかく声がかけられた。
「あの、どうかしましたか? 大丈夫ですか?」
見上げると、少女が心配そうに覗き込んでいた。
質素な外套に身を包み油紙の袋を抱えた、イグセリカと同い年くらいの痩せ気味の少女だった。
「何か困ってるようでしたら、お手伝いしましょうか?」
見て見れば、食堂の方のテーブルにある頭がいくつかこっちを向いていることに気づいて慌てて立ち上がる二人。
「あはは……。すみません。お騒がせして」
思ったより注目を浴びていたらしいことがわかって、イグセリカとシルリィは揃って赤面し後ろ頭を掻く。そういえば、ここは人同士の距離が近い都会なのだった。
仕事を探していることを話すと、少女も一緒に掲示板に目を走らせた。
「二日以内の短期間のものですか。うーん、確かに今日はないようですね。普段はそういった短いものもそれなりにあるんですけれど」
「タイミングが悪かったってことかあ」
「うー……、今騒いだせいで余計にお腹が……」
ぐぎゅるるる、と盛大に腹の音を響かせる二人。折悪く後ろのテーブルでは湯気の立つ美味しそうなシチューが運ばれてくるところだった。
少女はその様子を見て少し考えた末、抱えていた紙袋の中に手を突っ込んだ。
「あの、よかったらこれ、どうぞ」
取り出されたのは、いくつかの小ぶりな野菜だった。
「い、いいんですか!?」
「はい。とってもお腹空いてるご様子なので」
「おやさいー! 美味しそうだよー!」
シルリィが目を輝かせて人参やじゃがいもを掲げている姿を、少女はくすくすと笑って眺めていた。
「ありがとうございます。あたしたち、盟王都に来たばっかで勝手がわからなくて。調子に乗ってたらすっかりすっからかんに」
「そうだったんですね。観光でいらっしゃったんですか?」
「わたしたちの住んでる村にお手紙が来て、盟王都に呼び出されたんです」
「メイヴェル家っていう伯爵様らしいんですけど、あたしたちもよく知らなくて」
すると、少女がきょとんと小首を傾げた。
「メイヴェル家?」
「知ってるんですか?」
「いえ、わたしも詳しくは……。そういえば叔父が昔そんな名前の貴族のことを話していたなと思いまして」
「叔父さん?」
「はい。騎士軍にいるのですが、最近あまり会えていないのです……。あっ、すみません。変な話をしてしまって。伯爵家に招かれたというのはとても栄誉なことだと思います。どんなお話をされるのか楽しみですね」
「へ~、騎士かあ! 立派な人なんだろうなあ!」
「はい。いつも真っ直ぐで尊敬できる叔父です」
すっかり和んだ三人はその場で世間話をしばらく続けて、話題が尽きたころに少女が別れを切り出した。
「それじゃあわたしはこれで。楽しい時間をありがとうございました。また何か困ったことがあったら言ってくださいね。わたしは時々ここにいますから」
重ねて礼を述べて、通りの奥に去って行く少女をイグセリカたちは両手を振って送り出した。
「盟王都に住んでる人って暖かいんだなあー!」
「ホントだね! 今晩のご飯は貰ったお野菜でなんとかなりそうだし、明日またお仕事探してみようね!」
「そうだね! それならアルトも納得するだろ!」
「きっと驚くよ!」
「よおっし! 続きは明日だ。明日!」
「さんせー!」
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