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第29話



 さて、こうして私はわずかばかりの一人の自由な時間を得た。

 二人と離れることになるが、これまでも常に傍にいたというわけでもない。イグセリカたちが仕事で日銭を稼いでいる間くらいはウィチャードの接触の恐れも低いだろう。それに加え、街中で不躾に声をかけてくる男にはついていかないよう強く言い含めておいた。


 イグセリカたちにばかりかまけてもいられない。宿に帰ってくるまでの数時間、ドラヴィオラがいるはずの騎士軍に近付いておきたい。

 それに、メイヴェル家のことも調べる必要があるのは本当だ。得体の知れない貴族というだけで怪しむ価値がある。どこがウィチャード・ラグナーの潜伏先なのかもわからないのだから。

 まずは手っ取り早く、下見といこうか。


「ここか。領主の館もそうだが、成金趣味の屋敷は私の感性には合わないな」


 邸宅は私たちが宿泊している場所から十ブロック以上離れた先にあった。

 背の高い格子塀に囲まれ先端は槍のように尖っている。造りも頑丈だ。街中で周りの目があるために、領主の館のように魔力刃で切り裂いて侵入することは難しそうだ。


 中で目に見える範囲に人影もない。となると、やはりここは聞き込みか。

 振り返って最初に目についた妙齢の女に近付く。


「あのっ、すみません! ぼく、観光で初めて盟王都に来たんですが、両親とはぐれて迷い込んだらここまで来てしまって。そうしたらこんなに大きなお屋敷を見つけて気になってしまって! こちらはどんなご立派なお方のお屋敷ですかっ?」


 はぁ。わざとらしくうわずる自分の声に吐き気がするが、子どもらしい浮ついた態度が人間の警戒心を解くに役立つことを理解している私は強く我慢する。

 狙い通り、女はあらあらと微笑んで顔を綻ばせた。


「そうなの。それは大変な冒険ね。このお屋敷はメイヴェル伯爵卿のお屋敷よ。といってもわたくしもご本人にはお目にかかったことがないのだけれど。お噂では、銀髪赤目の端正な青年で若くして伯爵家を継ぎ、王室の相談役になっているとか。ですけれど病弱な身のため、一日の大半は自室で過ごさなければならないそうなのよ」


 ふむ。たまにいるあまり衆目に顔を曝さないタイプか。想像上の容姿で噂が成り立っている。信憑性はかなり薄いとみていい。


「ふふ。小さな冒険者さん。迷子なら私がお父様たちの下まで送ってさしあげましょうか?」


 この女は何も知らない。構うだけ時間の無駄だ。


「いえ結構。それでは」

「え? あれ?」


 足早に用済みの女から離れる。  

 さらに複数の人間に同じように訊ねてみたが、どれも似たような答えしか得られなかった。人前に出てこない貴族の話を市井から得るのは限界がある。

 そうなると情報を得られる相手というのは限定されてくる。表に出てこないといっても貴族以外の人間と全く関係を持たないということはあり得ないだろう。高級品を扱う商人とか、病弱ならお付きの医者、従者、執事、教育係、庭師……。


 あるいは、表ではなく暗部で動く者。

 例えば今、細い路地裏の角の陰からこちらを覗き、私が振り向くと同時に隠れた男などだ。


「どうもこんにちは。不審者さん」


 気配を上手く消したつもりだったのだろう。脇から突然声をかけられた男は大声を封じ込めるように口に手を当て後ずさる。

 ざんばら髪で無精髭の目立つ痩せ型の男だ。ぼろぼろの薄汚れた外套で身を包み、パッと見にはただの浮浪者にしか見えない。


「こ、子どもがこんなところで何をしている」

「あなたの方こそ、とても場違いな格好のように見えますが」


 この辺りは比較的上流階級の住民が多いようだ。子どもに声をかけられただけで狼狽えるような立場の人間がいる場所ではない。

 それに何より、一般人としても浮浪者としても似つかわしくないほどよく鍛えられた肉体と魔力を湛えているのが見て判る。


「ただの浮浪者、というわけではなさそうですね。よく鍛錬を積まれています。それも、体系的に組まれた訓練を毎日繰り返し、組織的な戦略を行使することを目的に鍛えられたような」


 男の目つきが鋭くなる。ただ怪しむだけのものではない。兵士の目だ。


「何者だ。貴様」

「ただの観光客ですよ。好奇心が強いだけの」

「観光客? 俺を探しているわけじゃないのか……?」

「何か追われるような理由をお持ちで?」


 男は答える代わりに腰の後ろに手を回した。


「さすがにここで刃物を出されるとぼくも抵抗しないといけなくなりますよ。ぼくは魔力で刃物程度なら弾けます。もしくは大声を上げて人を呼んでしまうかも」

「やめておけ。俺はお前が声を上げる前に喉を掻き切れる自信がある。それに、それはお前のためにもならない。今は騎士軍が多く出張っている。あまり目立つと目をつけられるぞ」

「まるでぼくまで騎士に見つかると不味いような言い方ですが」


 その私の一言で、完全に警戒心を解いたわけではないが、男は明らかに私から敵愾心を無くしたようだ。腰の得物から手を離す。


「今の盟王都で騎士に目をつけられることが不味いとわからないような人間なら、俺を狙ってきたわけじゃないのは確かだな。一体俺に何の用だ」


 鎌を掛けられた感は否めないが、そこまで頭を回せるのならやはりただの浮浪者ではない。


「ぼくはこの辺りのことを簡単に調べていただけですよ。よければ話を聞かせてもらえませんか? どうやらあなたも何か探っているようだ。似たもの同士、仲良くしましょう」


 友好的な笑顔を向ける私に、男は冷たい目を緩めなかった。


「答える義務はない。ただの子どもではなさそうだが、危ない目に遭いたくないなら余計なことに首を突っ込むな」

「いいんですか? 答えてもらえないのなら、あなたが去った後にそこらへんにいる騎士に怪しい男がいたと言ってしまうかもしれませんよ?」

「ずる賢い子どもだな……。観光客が一体俺から何を聞きたい?」

「あなたの個人的な事情には興味ありません。ぼくはメイヴェル家について知りたいんです」


 メイヴェルの名前を出した途端、また男の顔に緊張が生まれた。


「メイヴェル家? なぜ?」

「実を言うとぼくの両親がメイヴェル卿に客人として招かれていましてね。商人の家系です。大きな取引があるとのことで、将来の大商人である息子のぼくとしては、親の取引相手のことを下調べしておこうと思ったわけです」


 我ながらとっさの嘘が上手くなったものだ。


「そういうことか。だが残念だったな。俺もメイヴェル家のことはよく知らない。他には?」


 対して男は明らかな嘘を隠そうともしない。

 ふむ。ならひとまず世間話から囲っていくか。


「今の盟王都で……とさきほど言っていましたが、盟王都で何か起こっているんですか?」

「本当に知らないのか。まあいい。それぐらいは教えてやる。盟王都を歩いている間、騎士の姿をよく見かけただろう」

「確かに軽装騎士が歩いているのを見ましたね。ここは巡回が多いのかと思っていましたが」


 到着直後から気にはなっていたことだ。広い通りには必ずと言っていいほど軽装甲冑を着込んだ騎士の姿があった。

 軽装甲冑は盟王都に常駐する騎士軍の正式装備だ。それが三人から四人の一組になって昼夜問わず闊歩している。そういう治安維持システムなのかと思っていたがどうやら違うらしい。


「今、騎士軍はある人物を血眼になって追っている。怪しい素振りを見せれば騎士軍は多少乱暴な手を使ってでも男との繫がりがないか引っ張りだそうとするぞ。気をつけるんだな」

「その人物とやらがあなたではない証拠は?」

「ない。最近、集団失踪事件が盟王国内で頻繁に起こっているのは知っているか?」

「集団失踪事件?」

「ああ。各地で続出している。盟王都だけでももう百人以上が行方知れずだ。騎士軍の中にも行方不明者がいる。おそらく組織的な誘拐、というのが大筋の見解だ」

「集団失踪といえば、ぼくが住んでいる領地では不法難民のキャラバンが忽然と姿を消したという話を以前聞きました。それも関係しているのでしょうか?」


 私がその話をした瞬間、見るからに男の顔が強張った。

 そして平静を装っていることが丸わかりな態度で続けようとする。


「……そうか。それも無関係ではないかもしれないな。今、騎士たちが街で探しているのは、その誘拐犯の一人とされている犯人だ」

「犯人が盟王都に潜伏しているというのですか?」


 物騒だが、事実ならドラヴィオラも何かしら探りを入れているかもしれない。思ったより有益な情報を得られたな。

 そうほくそ笑んでいた矢先、私は思わぬ名を男の口から聞いた。


「そうだ。指名手配されている犯人の名は、ドラヴィオラ・リオネス・グランジトー。騎士軍候補生の試験場に侵入しその場にいた子女を襲った。今も盟王都を逃げ回っている」


 なっ……。


「ド、ドラヴィオラが……?」

「待て。まさか君は、彼女を知っているのか?」


 思わず動揺を表に出してしまった私に、男も目を見開き肩を掴んでくる。


「頼む。彼女のことを教えてくれ。俺は騎士に告げ口したりはしない」


 今さら誤魔化せる反応ではない。正直に告げた。


「彼女はクーシェル地方領主から推薦を受けて騎士候補生試験を受けていたはずです。ぼくは彼女と同じ場所から来ました。面識もあります」

「そうだったのか。では彼女が襲撃した動機は……?」


 私は首を振って答える。


「動機も何も、彼女がそんなことをする理由が思いつきません。彼女にとって盟王都で追われる身になることに何らメリットはないはずです」


 考えられるとすれば、試験の場でキャラバン失踪事件と関わりのある騎士と出くわしたくらいしかないが……。


「そうか。いや、すまない。彼女を知っている人が彼女にどんな印象を持っているのかを知りたかった。俺と同じだ。彼女は俺を助けてくれた。そんなことをするとは思えない」


 ドラヴィオラに対する認識の共有で、男は大分警戒心が拭えたようだ。端から見てわかるほどに肩の力を抜いてリラックスする。

 しかし、ドラヴィオラがこの男を助けたとは……?


「子どもの君がどんな人間でなぜそんなことまで知っているのかは今はいい。もし彼女の味方であるなら、いくつか気をつけておけ」


 私が訊ねる前に先に男が切り出した。


「これは君の身を守るためでもある。盟王都の騎士軍が五つの師団に分かれているのは知っているか?」

「ええ。中央の王室近衛隊に加え、盟王都の東西南北の区画を守護する四つの師団ですね」

「そうだ。俺たちが今いる西側は、ヴェストリ師団が治安維持を担っている。そのヴェストリ師団を統括しているのがベリオ・サンジュリオ師団長だ。奴は自分の息がかかった特務隊を使って黒いこともなんでもやる。おそらく、近日中に行われる『街狩り』にも関わってくるはずだ」


「『街狩り』?」

「騎士の権限を濫用して該当地区内のあらゆる家屋に踏み込み彼女を探し出す作戦だ。奴らは襲撃犯逮捕の名目のもとに民間人の住居でも容赦なくひっくり返して探しだそうとするだろう。もし彼女を見つけたら、早めに盟王都から逃げるようにと伝えてくれ。そしてきみも、騎士の前で彼女の名前を滑らせるな。すぐに師団長の息がかかった者が飛んでくるぞ」

「必ず伝えましょう。見つけられればいいですが。どこか心辺りは――」

「――! 待て。騎士だ」


 男が私の腕を引っ張り物陰に押し込める。

 傍を足音、鋲でも打ってあるであろう金属質のレギンスの硬質な音が数人分聞こえる。

 すぐに騎士たちは去っていったが、男の顔には焦燥が残ったままだった。


「俺はもう行く。ここで見つかるわけにはいかないんでな」

「あなたは一体……?」

「すまないが言えない。彼女がいる場所も俺には見当もつかない。俺はここから盟王都の外縁に向けて数キロ先に進んだ先にある、再開発予定地区の廃墟に隠れている。もし彼女に会ったら、そこに来るように伝えてくれ。重ねて言うが、俺は彼女を助けたい」


 私は頷くしかなった。


「最後にもう一つ。君への助言だ。メイヴェル家には関わるな。俺が送れる精一杯の言葉はそれだけだ。じゃあな。不思議な少年」





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