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第27話



 一週間後。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 膝に両手をつき息を切らすイグセリカが睨むのは、ぼこぼこに削られた岩壁だ。


「だめだ。まだ完全じゃない。こんなんじゃ……あいつに通用しない……」


 あれからずっと、さらなる魔術の改良を求めて特訓を重ねている。

 魔術の完成は見た。

 だが物足りない。自分が望む魔術の完全には程遠い。


「それこそ、あのとき暴発したような威力を出せたら……」


 数年前、自分で抱えきれなくなった魔力が暴走し、周囲一帯をまるごと吹き飛ばしたときの記憶が鮮明に蘇る。そのときできたクレーターは、今では川と繫がり雨が溜まって濁った池になっている。

 あのときは自分の意志など関係なく、身体がただただ魔力を解放することを欲していた。


「あいつに勝てるくらいにならないと、胸を張って見せられないんだ」


 アルトにはまだ魔術を見せていない。

 あのとき、あの用心棒と正面からぶつかり合う直前にアルトに止められた。

 自分が成長していく高揚感と魔力を好き放題に放射しまくる絶頂感で何も見えていなかった。

 だが今は。


 今ならわかる。

 あの続きを今やったとしても、間違いなく競り負けていただろう。

 戦っている最中は高揚感で自分が優位にすら感じていたが、アルトが大声であの女戦士の名前を呼んで止めなければ、自分の魔術は打ち破られ大敗を喫していた。

 結果的に、弟子に助けられた。

 そんな実感が胸の奥にずしりと重石のように乗っかっている。


「アルトには立派な姿を見せてやらなきゃいけないんだ。それが師匠ってもんだろ……!」


 色んな「悔しい」が朝起きて夜寝るまで代わる代わる頭を支配してくる。

 あの女戦士が自分を無視してアルトの名を気にしたことも、認めたくはないがわずかな嫉妬の粒となって胸の中で一部分を占めている。


 このままじゃだめだ。もっと、もっと強くならないと。

 失敗続きで挫けそうになる心を何度そうやって奮起し直させただろう。 

 この数ヶ月の間、数え切れないほど同じことを繰り返し、そして今日も。

 顔と心を決意と共に振り上げて、そのときだった。


「イグセリカ! 大変だよお!」


 木を縫うように避けながらシルリィが慌てた様子で走ってくる。


「シルリィ。ここには来るなって言ったじゃないか。アルトにバレたらどうするんだよ」


 シルリィにはどんなに隠れて特訓したところで魔力の動きがあれば把握されてしまう。だから彼女にだけは秘密の特訓場の場所は教えてあった。


「アルトくんは家にいるから大丈夫だよ。それより、これ見て!」


 受け取った羊皮紙。下部には署名と豪華な金箔の印が押してある。


「イグセリカ・エルヘナス、シルリィリア・ローゼンボーゲン、両名を、盟王都へ……召喚要請……? 差出人は、メイヴェル伯爵家当主オリンゲン・ブラウン・メイヴェル……」


 読み上げて、イグセリカはまず真っ先に疑問符を浮かべた。


「誰?」

「わたしもわからないけど、偉い人みたいだよ。盟王都の特認郵行人さんが持ってきてくれたって」


 特認郵行人とは、王室が認可を下ろし、貴族間等の重要文書の郵便配達を独占的に行う特別資格職だ。


「呼び出されるようなことしたっけ?」

「やっぱり、領主様のとこに殴り込みに行ったのがまずかったのかな……?」

「ええ? あれは不問になったんじゃないの?」

「なってないよ。アルトくんとあの用心棒さんのおかげで有耶無耶になっただけだよ」

「でも今になって罰せられるってことはないよね? どっちにしろ、行かないと怒られそうだけど……」

「アルトくんはどうするの?」


 盟王都までは長い道のりだ。

 準備にも相当な時間が掛かる。いない間の仕事を誰かに任せる必要もある。獣魔が出没した際の対処をどうするのかも考えなきゃいけない。

 その間、アルトとの鍛錬はまともにやってやれない。出立すればしばらく顔を見るのも難しくなる。

 思えば、アルトが村に来てからそんなに長く離れたことはなかった。


「あたしが話す。アルトなら納得してくれるはずだ」





「師匠たちが盟王都へ?」 


 ある日の昼下がり、イグセリカとシルリィが二人揃って私の前に現れ、突然そんなことを言いだした。 


「差出人はあまり聞いたことない貴族なんだ。用事が何なのかもはっきりわからない」

「盟王都に来られたしっていう短い要請と、二人分の旅費が同封されてたの。帰りの分は向こうで渡すって。ここまでされるってことは、これ無視したら結構まずいやつだよね……?」


 確かに貴族が地方の村人をわざわざ呼び出すなんてあまり聞かない話だ。疑う方が先だとは思うのだが。


「運んできたのは王室直属の特認郵行人だ。あたしたちが出立日を決めるまで村に滞在してる。詐欺ってことも考えにくい。必要なら馬車や船の旅券の手配までしてくれるそうだよ」


 詐欺にしては大がかりな上、賓客のような扱いだ。しかし、このタイミングは些か……。

 まるで私が憂いていたのを知っているかのようではないか。


「そんなわけで、わたしたちはもうすぐ盟王都に行かなきゃいけないんだけど」

「盟王都へは馬車と船を乗り継いで一週間はかかる旅路だ。あたしたちが何をさせられるのかもわからない。多分、しばらくは帰ってこれないだろう」


 ドラヴィオラの行方を知りたい私には都合がいいが、これでまたイグセリカたちに随行するための理由を考えなければならなくなった。

 旅費は二人分。片道分だけで一家族の半年分の生活費くらいはかかる。

 物見遊山で着いていきたいと主張するには向かう場所が大きすぎる。


 召喚された理由が不透明なだけに領主の館に向かったときのように何かしらの役割を持つことも難しい。

 そうなると二人にバレないように後をつけるくらいしか案が浮かばないが……。果たしてシルリィがいる中でどれほど実現可能性があるかもわからない。

 また試練でもあるのなら望ましいが、と悩んでいた最中だった。


「アルト、おまえも一緒に来るだろう?」

「……え?」

「イグセリカと一緒に考えたんだ。わたしたちも初めての盟王都だし、せっかくならアルトくんも連れていこうって。最初は悩んでたんだよ? 遠い場所だし、村を留守にしちゃうし。それでもね、なにより」


 シルリィが横を向いて、その言葉の続きをイグセリカに促した。


「アルト。あたしはこれから、もっとおまえに色んなものを見せてやりたい。師匠としてのあたしを、おまえにきちんと見届けてほしいんだ。だから、一緒に行こう」


 いつになく真剣な目つきで、イグセリカが腕を差し出してくる。

 思わず、ふ、と悟られない程度にだが笑みを零してしまった。すぐに打ち消して顔を上げる。


「はい!」


 私は伸ばされたイグセリカの手を力強く握り返した。




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