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第25話



「………………名前だ? トーレンだ。それがどうかしたのか」

「いえ」


 名前に拘ったせいか少し訝しがられたようだが、ここでウィチャードの名が挙がらなかったことに私は少なからず胸を撫で下ろしていた。


「それで、お利口なてめえはワタシの話を聞いて納得したのか」


 私は頷いた。今の話でさらにわかったことがある。

 忽然と消えた数十人の不法難民。血の跡は命を奪ったには少なすぎ、死体どころか肉片の一つも残っていない。盗賊や、この辺りにいるような獣魔では歯が立たないはずのドラヴィオラの親友までもがいなくなっている。

 そして難民として生きてきて仲間を突如失ったドラヴィオラが、こんな場所で田舎領主の用心棒をしている、その理由。

 キャラバンを襲った者たちの目的は誘拐。そしてそれができうるとするならば――。


「盟王都……盟王都メレアスとペリザンド旧市街特別自治区。騎士軍ですね」

「……気持ち悪いほど察しのいいガキだな」


 ドラヴィオラは悪態をつくように言うが、私の推測は当たっていたらしい。


「一人になったワタシを保護してくれた別のキャラバンが、事件のあった場所の近くで遠目に騎士がいるのを見たと言っていた。人間でワタシのキャラバンをまるごと潰すなんて芸当ができるのはやつらくらいだ。死体がないのは、どこかに連れ去られたからだ。多少の血と価値のない荷物だけ残したのは、盗賊の仕業だと見せかけるためだろう」


 それなら噂を流したのも騎士軍である可能性が高い。

 キャラバンの当事者であるドラヴィオラでない限り、不法難民の行方を追おうなんて人間はいない。残骸が残っていれば全滅したのだと納得しただろう。

 盗賊の誘拐でないと言い切れるのは、女子どもはともかく、ドラヴィオラの親友を含めた大人の男まで連れていく合理性がないからだ。

 しかし、なぜ騎士軍が不法難民を誘拐するのかがわからない。摘発なら条例に則って堂々とやればいいだけだ。


「連れ去られたとしても、なぜあなたたちのキャラバンが? 何か価値のある物でも運んでいたのですか?」

「さあな。思い当たるものはねえ。確たる証拠はねえが、ワタシは騎士軍が何か知ってる可能性があると踏んだ。だが不法難民のワタシが盟王都に単身向かったところで……」

「検問すら突破できないでしょう。だから領主の人脈とコネを利用したかったわけですね」


 王室の庇護に執着し領民を差し置いてでも何か功績を残したがる田舎領主を利用するのは、苦肉の策とはいえ悪くはない。


「そこの領主がなんか企んでるようだったんでな。ま、さすがに兵器工場を建てようなんて考えてるとまでは知らなかったよ。おまえらも災難だな」


 声音は同情が含んでいるが、一切譲歩する気のない吐き捨てるようなものだった。 

 イグセリカが一歩前に出る。


「あんたの事情はわかったけどさ。あたしたちだって退くわけにはいかない。生活がかかってるんだ」


 領主は完全に諦めたわけではないが、イグセリカたちの実力を示したことで身動きは取りづらくなった。領民たちの反感も増大するだろう。

 怖れられていた用心棒、ドラヴィオラに比肩する実力があると目の前で見せたのも大きい。

 仲間とはぐれ一人で行動していた難民のドラヴィオラには後ろ盾が何もない。これから先、イグセリカやシルリィ、そして数多くの領民たちの抗議活動に対抗できるとは思えない。

 それでも領主が強行するようなら、陰で私が始末すればいいだけだ。


 事実上、領主の魂胆は破綻したわけだ。

 後はどのようにしてドラヴィオラの願いを叶えて引き入れるかだが、彼女の願いがわかっても、今の私でも盟王都に出入りするような目立つ行動は取れない。


 さてどうするかと思案している間に、不意にドラヴィオラが私を見下ろしてきた。睨むような細く鋭い目つきで。

 数秒の間目が合う。何かを推し量っているように。

 そして突然、奇異なことを言いだした。


「おい、領主さんよ」

「な、なんだ?」

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 突拍子もない提案にその場の全員が驚きの声を上げた。

 私もドラヴィオラの意図が読めず、言葉を失っていた。


「どういうことだ? なぜ吾輩が貴様のような輩を推薦しなければならん。しかも、皐月(こうげつ)隊だと? あそこがどういう組織なのかわかっているのか?」


 ぽかんと物わかりの悪い領主にドラヴィオラは舌打ちを重ねた。


「あんたがワタシを騎士軍に推薦すれば、ワタシは領主の認可を受けた正式な騎士軍候補生になる。盟王国法では王国民の騎士軍への暴力行為は反乱と見做される。民衆の反乱は騎士軍の鎮圧対象だ。それは皐月隊候補生相手でも同じだ。皐月隊は王室近衛隊の下部組織だが、隊員は貴族の出自だからな。こいつらはワタシがただの用心棒でチンピラだから喧嘩を売れる」


 私はドラヴィオラの狙いを理解して歯噛みした。そういうことか。

 彼女は自分一人ではどうにもならないことをもう既にわかっている。

私も聞いたことがある。皐月隊は王室近衛隊の候補生が集まる騎士見習いの隊だが、近衛という重要な任務に繋がるが故にその出自が厳格に規定される。

 だが、世の中には例外というものがあるものだ。


「過去に元難民だったやつが皐月隊に所属した例はなくはねえ。あんたの力があればワタシをどっかの身内の貴族の養子にすることくらいわけないだろう。家柄とあんたの推薦があれば、候補生としての資格は満たせるはずだ。次の候補生の正式入隊試験まであと半年。そんときゃワタシは盟王都に行く必要があるが、それまではここで護衛してやる。その間こいつらは手を出せねえ。あんたも色々進ませる余地が生まれんだろ」


 よく調べている……。

 キャラバン襲撃から一年、彼女は彼女なりに盟王国の制度を含めて騎士軍をずっと探っていたのだ。

 猪突猛進タイプかと思っていたが、ドラヴィオラにこれほどの知略があったとは。

 領主は色めき立って囃し立てはじめた。


「い、いいだろう! 認めてやる! 貴様は今から吾輩の弟の娘だ! なに、心配はいらん。あいつは吾輩の言いなりだ。たった今娘が一人くらい増えたところで文句も言わん。そして吾輩は貴様の腕を見込んで王立騎士軍皐月隊へ推薦しよう! これは貴様に十二分に訓練された強さと盟王都を守護するにふさわしい気品が備わっていると、王室からこの土地を託された他ならぬ吾輩が認めたからだ!」


 やられた。

 ドラヴィオラが領主側についている限り、私も領主には直接手が出せない。今後何かしら領主の身に異変が起きれば、ドラヴィオラは私たちの仕業だと考えるだろう。

 そうなればイグセリカたちとの対立が深まる。花嫁同士の対立は隙間を生み、そこはウィチャードがつけいる隙になりかねない。

ドラヴィオラに領主につく利点がないことを示せば用心棒としての役割を捨てると思っていたが、まさか彼女自身でその価値を保持させようとするとは……。


「さあ、そういうことになったわけだが、さっきの続きをやるか? できるならだが」

「ふざけるな! そんなものは今でっちあげた口約束に過ぎないじゃないか!」

「お上の権力が造り上げた制度っつうのはそういうもんさ。反抗したがる連中に不利になるようにできてる。そこに立ち向かえるならやってみりゃいい。てめえに盟王国そのものを敵に回す勇気があるならだがな」


 ぐ、とイグセリカは言葉に詰まり一歩後ずさる。

 村々の信認を背負ってもとより真っ当に要望を通したがったイグセリカだ。制度を盾にされては口も出せない。

 しかもそれを、公的に国民と認められていなかった不法難民のドラヴィオラにされては立つ瀬もない。


「あなたはわたしたちに我慢し続けろっていうの……?」

「ワタシたちは住む土地すら追われた。追われて逃げてきた土地で家族を攫われた。ワタシにはてめえらの方が随分幸せに見えるよ」

「でも……それはわたしたちとは何の関係も……」

「ないだろうな。ワタシたちがどこでどう苦しもうが、てめえらには何の関係もない。それと同じように、てめえらがいくら苦しもうと、ワタシには何の関係もない」

「ぁぅ……」


 情に弱いシルリィも、自分たちより弱い立場の人間を持ち出されては強気になれないようだ。涙目になって助けを求めるような情けない視線を私に向けてくる。

 ふぅ、と小さく溜息を吐いてから私は口を開いた。


「あなたは、騎士軍を怪しんでいるのではないのですか?」

「懐に入り込むにゃその一員になるのが手っ取り早いだろ」

「あなたの民族を攫ったのが騎士軍であるなら、その一族であるあなたを信用するとは思えませんが」

「それならそれで何かしらの接触があるだろ。ワタシを排除しようとするならそれほどわかりやすい証拠はねえ。なけりゃないで騎士軍に入れば公的な調査ができる」

「しかし、もう一年も前の話です。生きたまま誘拐されたにしても、今は行方がどうなっているか……」


 さすがに騎士軍が人身売買目的で不法難民を誘拐したとは考えにくいが、何らかの目的があったとして、数十人の難民をタダで食わせて匿う理由もない。


「だとしたら、なんだ? おまえは自分の家族がいなくなったのが一年前だからと、諦めて楽しく暮らしていけるのか?」


 ドラヴィオラの意志は固かった。

 私の言葉では彼女の信念の牙城を崩すことは不可能だ。

 そうなると、こちらもできることは一つしかない。


「なるほど。――降参です。ぼくたちにはもう何もできません」

「アルト!?」「アルトくん!?」


 あっさり両手を上げた私に二人が信じられないといった顔を向けてくる。


「認めるしかないでしょう。彼女はもはや国家権力側の人間。しかも騎士軍皐月隊候補生ともなればエリート中のエリート。立派な貴族の一員です。それに騎士ともなれば場合によっては現場判断での処刑の権限すらあります」


 領主はあくまで王室に土地の管理と運営を任された立場だ。ある程度の反乱分子を抑圧するための武力を持つ権力があるとはいえ、大規模な私設軍隊を所有することまでは許されていない。

 一定規模以上の戦力を有すれば王室に目をつけられ騎士軍の目が光り、その戦力の行使には正当な理由が必要となる。


 騎士は王国の軍部そのものだ。

 騎士軍に自分の身内を送り込めば、強力なコネクションが得られる。そして騎士軍の行動基準はそのコネクションによって方向付けされる。

 つまり、騎士軍が身内の話と反抗的な民衆の話のどちらを信じるか、ということだ。その事実自体が民衆への圧力へと代わる。

 さらに推薦する人物が優秀な人材であるほど、領主にとってこれ以上ない王室へのアピールにも繋がる。ドラヴィオラを推薦することは領主の計画を大いに前に進ませるだろう。

 もちろん騎士への推薦とて誰でもいいわけではない。騎士階級の権力が欲しいからと適当な人物を推薦すれば領主自身の面目を失う。


 今のいままではこの田舎領主にそこまでの力も頭もなかった。

 類い希なる強さと敵対者すら利用する知性を兼ね備えたドラヴィオラが、難民である己の立場と失われた仲間への想いを地道な準備に費やしてきたからこそ成せた荒技だ。

 領主がここまで明言したということは、実際に彼女を騎士にするつもりだろう。むしろそうしなければ、領民に虚偽の宣言をしたとしてイグセリカたちに反旗の口実を与えることになる。


「いや、だって……、今この場で貴族になったと言われても……」

「貴族が血縁関係にない人間を養子に迎えて家督を継がせることはさほど珍しいことではありません。体裁を気にさえしなければ、権力を持つ者がその場で赤の他人を家族に仕立て上げることすらできる。師匠も知っているでしょう。とある地方で貴族が拾った浮浪者の子どもが成長し英傑の一人となり称えられ、その子孫が名家として今も存在している事実を」

「それは……いやでも……そうかもしれないけどさあ……」


 自分が憧れを抱き、何度も私にも誇らしげに物語ったバンガの英雄譚を例に出され、イグセリカは認めがたい気持ちとの葛藤に複雑そうな顔を見せる。


「領主は目的のために手段を選ばない性格のようです。常識ではあり得ない話ですが、制度上は不可能じゃない。あくまで不可能ではない、というだけですが、なかなか豪胆な決断です。してやられました」


 権力者たちの建前と保守のために組み上げられた都合のいいところだけが穴だらけで舗装された制度。未成熟な社会のなせる業だ。もっとも、その後のリスクをこの領主が計算し頭に入れているとは思えないが。


「ぼくたちの負けです。諦めざるをえません」


 私が軽く睨むと、領主はさっきの恐怖を思い出したのかわずかに肩を跳ねさせたが、すぐに醜い笑みを浮かべてきた。


「ふ、ふはっははは! 結局こうなるのだ! 無駄足だったな! 吾輩を虚仮にした報復を待ちわびるがいい! 持ちこたえられるか!? 税金三倍だあ!」 

「うっせ。黙ってろ」


 ドラヴィオラが領主を蹴り飛ばし脚で押さえつけて黙らせる。肩越しに聞いてきた。


「まだ名前を聞いてなかったな。覚えといてやるよ」

「……イグセリカだ。言っとくけど、あたしはまだ負けてな……」

「てめえじゃねえよ。それと言っておくが、勝負ごとで先に『まだ』とか言い出すやつはその時点で敗北者なんだよ。てめえはそれだけ覚えて帰っとけ」

「なっ!?」


 なぜかイグセリカに対してえらく辛辣だが……。

 ドラヴィオラは、イグセリカとシルリィの脇を通り、私の前に立った。


「ガキ、てめえだけワタシの名前を知ってるのは対等じゃねえだろ。言え」


 なんだ……? 

 名を知りたいという言葉とは裏腹に、どこか脅迫めいた威圧感を覚えた。真意を探っているかのような。

 不可解だが答えない理由も見つからない。私は彼女の目を真っ直ぐ見つめ返した。


「アルトゥール・リープマン」


 ドラヴィオラは満足そうに笑みを浮かべる。牙を見せつけるような、獣の笑みを。


「てめえがそこの木偶師匠を追い越して思う存分力を振るえるようになるのが楽しみだ。そんときゃ今度はワタシの弟子にしてやるよ。せいぜい強くなるんだな」






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