第24話
イグセリカがドラヴィオラを相手に未だ奮戦していたことは多少の驚きだった。
負傷はしているようだがふたりの闘志は全く衰えず、まさにぶつかり合う直前だった。
私が介入したと同時、イグセリカは溜めていた魔力は霧散し、ドラヴィオラの纏う異色の魔力は霞んでいく。
邪魔をされたと言わんばかりにドラヴィオラには不機嫌そうな顔をされてしまったが、状況が変わった今、ここで彼女に勝ってしまわれると後々が面倒なことになる。タイミングとしてはこれ以上ないものだっただろう。
「貴様! 吾輩の用心棒だろう! さっさとこいつらをどうにかしろ!」
戦うのを止めたドラヴィオラに領主が唾を飛ばして怒鳴り上げた。さすがにここまで連れてくるのに際し、適当に服は着させている。
ドラヴィオラは鬱陶しそうに領主を見返して、構えを完全に解いた。
「そりゃ無理だな」
「な、なぜだ!」
「この女だけならともかく、そこの女とガキが一緒じゃな。あんたもそれがわかってるからおとなしくここまで引っ張られてきたんだろうが」
「ぐ、むぅ……」
「あたしはともかくっていうのはひどくないかな」
「事実だろうが。そこは受け止めろや」
イグセリカが不満げに抗議しているが、ドラヴィオラが私とシルリィをしっかりと戦力に含めているのは意外だった。
彼女にはまだ私の力は見せていないはずだが、何かの拍子に悟られたか? イグセリカに対する当てつけのような感も否めないが。
「アルト。ここに領主様を連れてきたってことは、交渉は上手くいったのか?」
イグセリカの問いに私は肩を竦める。
「大変でしたよ。シルリィさんが怒り狂って大暴れしましたから」
「シルリィが?」
「そおなんだよ! イグセリカ、聞いてよ! 領主様はね、わたしたちの村の近くに兵器工場を建てるつもりだったんだよ! そのために税金を上げて資金を貯めようとしてたんだから!」
「兵器工場?」
領主が明かしたある施設とは、盟王国の軍拡のために新型兵器を生産する工場を建てるというものだった。
しかも、建設予定地は比較的地形がなだらかで温暖なイグセリカたちの村の近くが選ばれていた。
領主は自分の領地内で兵器工場を建設し維持するに必要な資金を十分捻出でき、適した土地があると王室に顕示するため、無理な税収アップを目論んでいたわけだ。
領地に工場が建設されれば領主の地位も上がる。それを狙ってのことだろう。
「そんなものをあたしたちの村の近くに……? 本気なんですか」
イグセリカの声にも静かな怒りが灯る。
シルリィがこの話を聞いたときの怒声には私も思わず耳を塞いだ。裸の領主の首を掴んでガクガクと揺らす彼女を止めなければ、本当に殺していたかもしれない。
まあ口が堅かった領主に圧力をかけて吐かせたのは私なのだが。
「領地で工場を建てれば王室からの信頼も厚くなる! 盟王都からの助成も増えるだろう! ひいては貴様ら領民の生活も潤う! どこに不満があると言うんだ!」
「あたしたちは、ずっと我慢してきました。徴税人たちが村にやってくる度に、ぐっと堪えて税金を払ってきた。ときには乱暴な言葉を吐かれたりもした。暴力も受けた。子どもたちは怯え、大人たちは乾いた笑いすら出なくなってきた。あたしたちは、自分の住む土地にそんなものを造るために、パンを薄くしてきたわけじゃない」
「もう少しなのだ! 工場の候補地はもう数カ所に絞られている! ここで王室にさらなる意欲を示せば必ず吾輩の領地が選ばれるはずだ!」
「そんなものいらないの! まだやるって言ったら許さないから!」
「だが! ここで諦めればこれまで費やした吾輩の数年間と莫大な献金が無駄になるんだぞ!」
「ぐるるるるるぅ!」
シルリィが領主に向かって獣のように威嚇して黙らせる。怒りで反逆罪がどうのは忘れてしまったようだ。一領民であるだけの彼女たちの一存で領主の目論見を中止させられるとは思わないが、邪魔になるようなら後で私が殺しておけばいいだけだ。
それにしても、なるほど。この小男、ここまで私に脅されていながら媚びてこないのはただ脳みそが麻痺した阿呆なのかと思っていたが、どうやら相当な裏の献金が関係者に回っていて今さらその損失を受け入れることができないのだけのようだ。
確かに王室と関連が深い施設があれば領地は潤うだろうし人の行き来が増えて経済も盛んになる。だが軍事とは常に機密に守られているものだ。例え領地内に施設が建てられたとしても、領民へのリターンはそれほど見込めないだろう。
土地だけがある田舎では税収を無理やり上げて王室にアピールするしかなかったのだろうが、領民に了解も得ず独断で強引に計画を進める領主に任せれば碌な事にはならないことは目に見えている。
にしても軍需産業とは。
比較的平和な時代だと思っていたが、存外戦争の火種は大きかったか。
戦争は花嫁たちが成長するには都合のよい場ではあるが。さて。
「くそ。これじゃあ……」
ドラヴィオラがぼそりと呟いた。私は彼女に近付く。
「そんなわけでぼくたちは領主の狙いを知りました。そして師匠たちは決して思い通りにはさせないでしょう。あなたの目的達成も難しくなる。もう戦う理由はないのです」
鬱陶しげにドラヴィオラが私に振り向く。
「ワタシの目的だと? 知ったふうに言やあなんでも押し通せると思うなよ。おまえがワタシの何を知ってやがる」
ここはドラヴィオラの関心をこちらに向けるチャンスだ。
「一年前に起きた不法難民キャラバン襲撃の真実とその行方を知りたい。キャラバンの一員であった当事者の一人として。違いますか?」
「っ、てめえ!?」
「アルト、どういうことだ?」
領主の計画は牽制できた。後はドラヴィオラをいかに引き剥がしこちらにつけるかだ。
「一年前にここクーシェル地方で襲われ、忽然と姿を消したと噂されている不法難民で組織されたキャラバン。彼女はその中で唯一存在が確認されている生き残りです」
イグセリカに説明してやると、ドラヴィオラが察したように言った。
「そこのおっさんから聞いたのか」
「ええ。あなたの名前と、別の難民キャラバンで拾われたという経緯も」
「チッ」
口の軽い領主に悪態混じりの舌打ちを投げるドラヴィオラ。
「あなたにも思惑があって領主側についていたのはわかっています。ですがこうなった以上、領主から得られるものはもう少ないでしょう。どうでしょうか? 詳しくぼくたちにも聞かせてくれませんか? 何かぼくたちにも手伝えることがあるかもしれない」
これでドラヴィオラは私のことも無下にはできない。
「今後、何かわかればあなたに情報を提供しましょう。なので、そのときの状況を話してくれませんか?」
彼女はこちらに対して信頼を置いたわけではないようだが、観念したように語った。
「ワタシが獣魔を狩るためにキャラバンを離れて、ついでに一人で近くの村に食い物を買いに出ている間だった。戻ったときにはバラバラにされたキャラバンと荷物が散らばって、その上には血が撒き散っていた。後でキャラバンが襲われて全滅したと噂で聞いた。襲われたのは確かだろうが、全員死んだってのは、ワタシは信じなかったがな」
「どうしてです? 獣魔に襲われたという可能性も排除できないと思いますが」
「肉片一つ残っていなかったからだ。誰もいなかった。死体が一つもありゃしねえ。ありゃ、人間の仕業だ。そんで、キャラバンにはワタシの親友がいたからだ。ワタシほどじゃねえが、一族の中じゃ一番強い男だ。そこらの獣魔や盗賊ごときに身内を全員殺させるような柔なやつじゃあない」
ドラヴィオラの親友……?
「その人の名前は……?」




