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第21話


「ざまあねえな」


 ドラヴィオラは傍らに立ったままトドメを刺してこようとはしてこない。イグセリカは地に伏せたまま顔を向ける。


「はは……。優しいじゃないか。殺さないでいてくれるなんて」

「一つ聞かせろ」

「何を?」

「あのガキ、一体なにもんだ?」

「ガキ? アルトのことか。アルトはあたしの弟子だ」


 心持ち自慢気にそう言うと、ドラヴィオラは眉を顰めてくる。


「てめえの弟子だあ? そりゃあちょっと信じられねえな。てめえには不釣り合いすぎる」

「それはちょっと……、あたしに失礼じゃないか?」

「わかってねえのか? ま、てめえの位置からじゃ見えなかったんだろうがな」

「なんのことだ?」

「さっきあのガキどもが逃げてったときの話だ。普通、てめえが殴られかけてるときっつうのは、頭を庇うか、あるいは自分に向かってくる拳に目がいっちまうもんだ。なのにあいつぁ、怯えるどころか真っ直ぐワタシの目を見返してきやがった。あいつはワタシの攻撃を見切っていながら、なお避ける気も起こさなかったんだ」


 二人を先に行かせたときのことだ。ドラヴィオラは一度イグセリカの抑止を掻い潜り、シルヴィアに手を引かれるアルトに迫った。

 確かにあのとき、アルトは走る方向ではなく、迫るドラヴィオラを見返していたように見えたが。


「……いくらなんでも大袈裟だ。アルトはまだ子どもなんだ。そんなことができるわけがないだろう」


 ドラヴィオラは「ハッ」と大きく鼻で笑う。


「ガキをまだガキだとみくびるやつぁ、いずれ足元を掬われる。ガキをガキのままだと信じるやつぁ、自分の立場を守りたいだけだ。だから不釣り合いだっつうんだよ」


 ドラヴィオラがイグセリカを睨む。そこには遠慮のかけらもない軽蔑が宿っていた。


「てめえの仲間を大切にしないやつは全員クソの塊さ。そこに上だの下だのガキだのと余計な飾りをつけたがるやつに碌な人間はいやしねえ。ワタシを止めたいなら、恥も外聞もなんでも捨てて先に行ったやつらと協力すべきだったんだ」


 イグセリカは痛みも忘れて立ち上がった。声を張り上げる。


「あたしはシルリィとアルトを信じている。だからこそ先に行かせたんだ。アルトにこそ、あたしを信じてもらうために! あたしは、証明したいんだ! あたしは頼れる師匠だぞって、アルトに胸を張って言ってやりたいんだ!」

「ははっ。つまるところ、てめえの見栄のためってことだろうが」

「っ、違う! あたしはアルトの手本になろうとしているだけだ。それにアルトにはまだ教えなきゃいけないことがたくさん――」

「今の強さどうこうは関係ねえんだよ。大事なのは、今立ち向かってる相手の大きさだ。あいつの目は、てめえよりでけえもんを見据えてる。そういう目をしていた」

「そんなことは……」


 ないと言い切れる根拠が自分の中になくて、言葉が続かなかった。


「でもよかったなぁ。これからは多少は誇れるようになれるぜ」

「よかった? これから? どういうことだ?」


 意味が分からず首を捻っている間に、ドラヴィオラが再度構えを取る。


「たった今、目の前にいるこのワタシが、てめえが見据えるべきでけえ相手だからだ」


 煽られているだけだとわかっていても、イグセリカは悔しさに歯を食い縛る。

 お前こそ自信過剰だろ、と言わさせてくれないほどの精密な魔力操作をドラヴィオラは誇っている。見ているだけで胸が灼けそうなほどに。

 勝てる気がしない。

 自分がそう感じてしまっていることを自覚して、イグセリカは全身の力を抜いた。長い息を二度三度と吐いて、静かに続けた。


「……わかってるさ。アルトはいずれあたしを超える強さを手に入れる。たぶん、それが運命であるかのように」

「要するに弟子の才能に嫉妬してんだろ。才能を持て囃されてでかくなったやつは、後から出てきた才能を怖れるからな」


 イグセリカは答えず、ふ、と笑みを零す。


「……なあ、魔力って、不思議だと思わないか? なんで世界に満ちているのか。どうして人間はそれを自由に扱えるのか。疑問に思ったことはないか」

「ねえな。手足と同じだ。あるから使う。動くから使う。それだけだ」


 ドラヴィオラは動じずそう言い捨てる。

 単純明快な答えに、イグセリカが「ククッ」と声を立てて笑った。


「あん?」

「馬鹿にしたわけじゃないよ。あたしもしばらく前は同じように思っていたなって思い出したんだ。でも、いつからだったか、あたしは疑問に思うようになった。どうして自分の魔力は肉体の外側にあっても操作できるのに、大気や他の人の魔力は操れないんだろうって」


 ドラヴィオラは口をぽかんと開け、「ハア?」と首を傾げる。


「そりゃ、他人の手足を動かせないのと同じことだろが。幼稚な問いだ」

「違うんだよ。魔力は本来、自分のものじゃないのに自分のものになってる。そんな感じがしてひどく違和感がある。それを気づかせてくれたのが、アルトだった」


一を教えれば十のみならず百を知り、百の時間がかかる技能を十で得る。

 アルトは、そういう子どもだった。


「アルトを見ているとたまに思うんだ。魔力にはまだ、あたしたちの知らない何かがあるんじゃないかって。あたしたちはまだ、その真髄を欠片さえ掴んでないんじゃないかって。あたしとは違って、まるで魔力を自分のもののように扱うアルトを見てると、そう思うんだよ」


 人間の一人分としてはあまりにも不釣り合いな魔力量を有するイグセリカ。

 完全とは言えない制御に、いずれまた暴発するかもしれないという不安に、器用に魔力を操る弟子を見る目に羨望が混ざったのは、そう遠くない日のことだった。


「今度はワタシに勝てない言い訳か? 自分のものじゃねえから上手く扱えないから負けたんだってか? いい加減にしろよ。いつまで情けねえ姿を見せる気だ」


 憐みすら混ぜるようになったドラヴィオラを、イグセリカは無視して続ける。


「だからアルトにはずっと内緒にしていたんだ。一度も見せたことがない。師匠であるあたしが、弟子のアルトの成長ぶりを見て追い越されるんじゃないかって、あたしも魔力を我が物にしたいと願って、危機感を覚えて人知れず特訓していたなんて、格好悪すぎて言えないもんね」


 イグセリカが再度上げた眼に、闘志が未だ燻りむしろより強く燃え上がろうとしていることに、ドラヴィオラが気づかないはずもない。


「これは、魔術だ」


 イグセリカを包んでいる白銀色の魔力が膨れ上がった。戦闘の気配が再び匂い立つ。


「あたしが見つけた、魔力の新しい使い方。まだ未完成で、制御にも難がある。とても弟子に見せられたものじゃないけど、今、ここでなら。あたしは力の限りお前に撃ち放つことができる」


 挑戦的な空気を感じ取り、ドラヴィオラの口角が上がる。


「ただ魔力の量に恵まれただけの凡才の苦し紛れの大口、じゃねえことを祈るぜ」

「ああ。あたしはただの武人じゃない。あたしは今から、魔術師だ――」





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