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第18話



「すみませーん! 開けてくださーい! 領主様にお伝えしたいことがあるんですー!」


 シルリィが館の門の外から叫ぶが、豪奢な広い庭園には誰の姿もない。

 ひとしきり呼びかけた後、彼女はふうと息をつく。


「どおしよ、アルトくん。誰も出てこないよ」

「留守、ということはないはずですが。シルリィさん、魔力の目で確認できませんか?」


 彼女の目の周囲には、すでに赤い魔力の紋様が浮き出ている。

 これだけ大きな館だ。主人が例え留守だとしても、使用人がいないはずがない。


「さっきから見てるけど、人の気配はするの」

「中に何人くらいいるかわかりますか?」

「えっと……多分、十人、かな。男の人が四人で、女の人が六人。女の人は全員使用人だと思う。みんな同じ服を着ているから。男の人はみんなばらばらでわからないけど、多分一番奥にいる人か、もしくは大きな部屋にいるのが領主様、かな?」


 さすがのシルリィの魔眼だ。

 彼女の目は遠くの場所の魔力の流れを読むものだ。人や物の周りを魔力が縁取る輪郭によってそのものの性質を汲み取る。

 視覚を湾曲できるといっても、視界そのものをそのまま反映したものではないから顔の造形や色などの細かい部分まではわからないこともあるようだ。まだ精確さには欠ける部分はあるものの、そこまでわかるなら全ての部屋を探すような手間も省ける。


「出てこないなら仕方ありません。潜入しましょう」

「ええっ!? でもでも、そんなことしたら犯罪になっちゃうんじゃ……」


 もちろん見つかれば罪に問われる上、抗議など聞き入れてもらえなくなるだろうが、領主さえ見つければそんなことどうにでもなる。


「ならシルリィさんはここで待っていてください。ぼくが中に入って領主を探してきます」

「だ、だめだよ! アルトくんにそんなことさせられないよ!」

「危険性は承知していますよ。ぼくの身体的なものも、立場的なものもね。しかし領主を屈服させるなら不意打ちが一番効果的だ」

「く、屈服っ? 違うよ! わたしたちは領主様ときちんとお話をしにきただけで……」

「ぼくたちは師匠の武威を伴ってやってきたのですから意味合いは同じでしょう。要は手っ取り早く領主を頷かせればいいんです」


 私は魔力刃を手の先から生みだし、門扉を上下二箇所切り裂いた。

 格子の門に嵌めこまれていた細い鉄柱はガラガラと倒れ、人が一人入れる程度の隙間が開く。

 シルリィの顔面が蒼白に染まる。常識的な反応ではあるが、私の花嫁としては大胆さに欠ける未熟な表情だ。


「では行ってきます」 

「あっ」


 ずかずかと入り込んでいく私に、シルリィは数歩地団駄を踏んでから続いた。


「わたしもいくってばあ!」


 尻目にシルリィが門の隙間を潜ってついてくるのが見えて、私は内心舌打ちする。

 厄介なのはここでも彼女の存在だ。

 彼女の能力は捜し物に役には立つが、傍にいられると領主を尋問することができない。

 館の中で上手く撒ければいいのだが。


「当たり前ですが、玄関も鍵がかかっていますね」

 シルリィの身長の倍はありそうな背の高い装飾過多の扉。見栄の象徴か。この扉一枚で村で一年は暮らせそうだ。造りは頑丈で簡単に開きそうにはない。


「さ、さすがにここを壊して入るのはまずくない?」

「そうですね。あまり破壊行為で目立ち泡喰って逃げられるのもよろしくない」

「そおいう問題じゃなくてえぇ!」


 喚くシルリィを無視して私は館の壁に沿って歩いた。

 適当なところで立ち止まる。このあたりなら目立たないだろう。


「シルリィさん、この壁の向こうに人はいますか?」

「え? いないと思うけど……。ま、待って。こんなところから入る気!?」

「それが潜入というものです」


 魔力刃(クリンゲ)を出現させて壁を切り取る。煉瓦と板を組み合わせた程度の壁はほとんど抵抗なく分離する。押し蹴ってくり貫く方が摩擦で苦労するくらいだ。面倒だったので切り抜いた箇所をさらに細かくばらばらにしてから蹴り飛ばした。


 ここまでやればさすがにシルリィも呆れて引き返すか? あるいは刑罰を怖れて震えているか。

 私の花嫁といえど一人の人間だ。彼女らが超法規的な力を得るのはまだ先のこと。まだ人間の社会に縛られていて行動には権力の制限がかかる。

 要するにシルリィがここで私を見放すことを期待して、彼女の目の前でわざわざ『いかにも』な潜入行為をしているわけだが。


「ではいきましょう」


 ちらりと彼女を見やる。唖然としたまま固まるシルリィ。

 今のうちだ。彼女は見ることはできても音までは拾えない。

 彼女が戸惑っている間に距離を取り先に領主を見つける。

 私は瓦礫を踏み越えて壁の穴に身体を突っ込んだ。

 そのとき、後ろから引っ張られるように私の動きをガクンと止められる。シルリィが私の左腕を両手でがっしりと掴んでいた。


「アルトくんのことは、わたしが守るんだから!」

「……シルリィさん」

「アルトくんが何をしたとしても、わたしたちは離れない! アルトくんがどうなっても、わたしたちが見捨てない! イグセリカとふたりでそう決めたんだから!」


 シルリィは私を押しのけて、我先にと自分の身体を壁の隙間に潜り込ませる。


「さあ、領主様を見つけるよ! 絶対、税金の見直しをしてもらうんだから!」


 シルリィは鼻息荒く堂々と中へ進んでいく。

 やれやれといったところだ。大人しく外で待っていればいいものを。

 最初の部屋は使用人の個室だったようだ。私物で散らかった机の上と、ぐちゃぐちゃのシーツのベッド。自分のことにはあまり頓着しないのか自分のことを気にする余裕すらないのか。壁に出来た穴を逃げ道だと思ってくれればいいのだが。

 シルリィが廊下に面した扉を躊躇いなく開ける。


「静かだね。用心棒さんが戦ってるって、気づいてないのかな」

「館の中には男が四人いるということでしたね」

「うん。三階に二人、二階に一人。一階にも……一人。全員ばらばらの場所にいて、大きな動きはないみたい」

「それぞれ何をしているのかはわかりますか?」

「二階と三階の一人は椅子に座ってるぽいから多分机に向かってるのかな。もう一人はよくわからないけど、ずっと同じ場所をうろうろしてる」

「ふむ、そうですか。では一階の最後の一人は?」

 聞くと、彼女は顔を赤らめてもじもじと両手を揉みだす。

「ええっとぉ……。そのぉ。その人はぁ、あの、えっと。女の人と重なっ……一緒にいてて……。っていうのはどおでもよくて! 多分、領主様じゃないと思うよ。いる場所も館の隅っこで倉庫っぽい部屋だし」


 なるほど。いやに最後の一人に言及しないと思ったらそういうことか。


「わかりました。ではぼくが二階の一人を。シルリィさんが三階の二人を、ということでどうですか?」

「えっ? だめだよ! わたしはアルトくんと一緒に行くよ! はぐれたら危ないもん!」

「何もいきなり襲いかかるわけではありません。領主かどうか確認してから合流すればいいんです。もし見つかったとしても、ぼくたちの容姿ならいきなり殺されることはないでしょうから」

「だめ! これだけは譲らないよ! さっき離れないって言ったでしょ!」 


舌打ちしかける。シルリィにこんな頑なな一面があったとは。

 ここは、彼女にあえて真実を突きつけ、離れる口実にするか。


「シルリィさん。ぼくたちは少しでも早く領主を見つける必要があります。あの用心棒がいつぼくたちに追いついてくるかわかりませんから」

「大丈夫だよ、アルトくん。イグセリカが負けるわけないもん!」


 握りこぶしで断言するシルリィ。

 やはりまだ正確に力量を測れる力はついていないか。嘆かわしきの極みだ。


「ぼくは弟子として、師匠の強さはよくわかっているつもりです。それがわかった上で、ぼくたちにはあまり時間がないことを、さらに理解しなくてはいけません」

「え……?」

「あの用心棒が一度師匠とのとっくみあいから逃れたことを覚えていますか? そしてその後の一撃は、離れようとしていたぼくたちに届きかけた。あの師匠が相手の力量を見誤り、手を抜くなんてそんな失態をおかすと思いますか?」

「……それは」

「答えは簡単です。師匠が見積もっていたより、あの用心棒が幾分強かった。ただそれだけ。だから抜け出せたのです」


 おそらくだが、シルリィもそれには気づいている。しかし身内への甘い感情からその事実を受け止められずにいるのだ。

 これまで大きな敗北を喫したことのないイグセリカに対し、その無謬性を損なう真実を、盲信で隠している。


「焦っていたとはいえ、シルリィさんがそこに気づいていなかったのは、ぼくとしても多少の驚きは隠せません。近頃のシルリィさんは、どこか浮かれていて物事の本質が見えていないようにすら思います」


 目つきを細め、軽くシルリィを睨む。いかにも失望したように。

 言葉にこそ示してこなかったが、彼女とてアルトゥール・リープマンの師であることには変わりない。

 彼女の内心でも少なからずそんな自覚はあったはずだ。この世話焼きの少女は、むしろイグセリカよりもアルトゥール・リープマンに手を掛けていた。

 魔力に関しても、人としての生活に関してもだ。


 シルリィはアルトという少年に対して、師弟や姉弟としての、一段と強い「自分の立場が上である」という無意識無自覚がある。

 この重要な局面で、今まで下に見ていた相手から見下されることがどれだけ迷いを生むか、そしてこれからの共同生活がどれだけひりつき信頼を損なうか。

 判断を間違えれば己を焼き殺すぞ。さあ、どう対応する? お姉ちゃん。

 彼女は顔を背けて私の視線を気まずそうに逸らした。揺れる髪の隙間に、未練がましく小さく動く口先が見える。


「で、でも、イグセリカならどんな相手にだって……」


 私は緩く目を瞑り首を振る。


「師匠はぼくを仲間だと認めてくれました。師匠が言っていたように、仲間の強さへの信頼は大事なことです。ですが、過信こそが自らの身を滅ぼす。ぼくも同じように師匠を、師であり仲間だと思っています。ですから、だからこそ、言えることがある」


 いまだ希望を捨てきれないシルリィに私は強く宣言する。 


「師匠ではあの用心棒には勝てません。確実に負けます」





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