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第17話



 ドラヴィオラ・リオネス・グランジトー。


 私の待ち望む花嫁の一人であり、格闘戦に特化した魔力の使い方で随一の戦士だ。

 好戦的な性格、それでいて無骨なだけではない鋭利さを兼ね備えたすらりとした肢体。肉体それ自体が刃のような威武を醸し、触れれば破裂する爆裂火薬のごとき危うさに、凡夫どもは話しかけることすら躊躇うだろう。

 一言で彼女を表すならば、それは野生の美しさだ。


 だが、彼女は口こそ悪いが、誰よりも義に厚く不義を許さない正義を内に秘める女だ。

 だからこそ、彼女が領主側にいることが私は信じられない。

 あの様子なら、書簡の内容もドラヴィオラは知っているはずだ。村々の窮状を知って、彼女がそれを助長するような真似をするわけがない。


 何か、何かしらの、理由があるはずだ。

 そして考えうる理由を挙げるとするならば、自然とあの可能性が浮かぶ。

 ドラヴィオラがすでに、ウィチャード・ラグナーの手に堕ちているという可能性だ。

 ばちん、と極太のゴムがブチ切れたような音を残して、イグセリカとドラヴィオラは距離を取った。


「やるじゃねえの」


 目を細め、ドラヴィオラの笑みはまだ余裕を帯びている。

 一方で、イグセリカは相手の力量が予想していたより遙かに高かったことを悟ったのか、押し黙って口元を引き締めていた。


「どうして……なぜ、ですか」


 私が呟いた声がドラヴィオラに届いたのか、彼女は怪訝そうにこちらを振り向く。


「ぁあ?」


 集る虫を鬱陶しそうに見る目。


「…………」


 私は奥歯を噛み締める自分を抑えられなかった。

 ウィチャードは、四人が集結する前からすでに支配を始めていたのか。

 私には、イグセリカ以外の花嫁たちの居場所を知る術がない。

 つまり、イグセリカの魔力暴発以前、あるいは他の花嫁たちに先に手を出されていれば、私には為す術がない。

 まるで、ウィチャードは私の欠点を知り尽くしているかのようだ。狙い謀ったように。


「……なぜ、あなたはこんなことをするのですか。あなたのせいで困窮する領民たちの声が領主に届かず、貧困にあえぐ生活が続いています。あなたのしていることは、領主の悪政への加担だ」

「関係ねえ。ワタシにゃほしいもんがあってここにいる」


 ほしいもの?

 ウィチャードは何かを餌にドラヴィオラを誑かしているということか。


「あなたは、もしや………………」

「なんだぁ? 今度は急に黙り込みやがって。さっきからなんなんだ、このガキは」


 いや。まだだ。

 まだ私からウィチャードの名を告げるわけにはいかない。 

 可能性が確定したわけではないのだ。

 だから確かめなくては。

 ドラヴィオラの口から直接、ウィチャードの名を聞くまでは。


「とにかく、おまえらをここから先には進ませねえ。それでも押し通るってんなら」


 ドラヴィオラが再度身構える。徒手をかぎ爪状に曲げ、その指一本いっぽんに密度の濃い魔力が密集し魔力が陽炎のように揺蕩う。


「ここで全員、ワタシが医者送りにしてやるよ」


 ああ、間違いなくドラヴィオラだ。 

 魔力を肉体に高圧縮させ一点に集中し、鉄の塊であろうとその素手だけで裂開せしうる。

 虎の勇猛を。鷲の疾風を。獅子の気品を。竜の神威を。

 生態系の頂点に立つ獣たちの、あらゆる強者の特徴をその一身に詰め込んだような女戦士。

 それがドラヴィオラという花嫁なのだ。


「あたしたちは領主様を傷つけに来たわけじゃない。話し合いに来ただけなんだ」

「関係ねんだよ。おまえらが何者で何の用事があってここにいるかなんてのはなあ」


 実力行使はこちらも想定していたことだ。やることに変わりはない。

 しかし、相手がドラヴィオラならば話は別だ。

 私は、彼女の方にこそ用事がある。なのに。


「シルリィ! アルト! あいつはあたしが食い止める。はやく領主様を見つけてくるんだ!」

「で、ですが……」


 私の返事も待たず、イグセリカはドラヴィオラに突進する。再び二人は互いに掴み合い睨み合い啀み合う。

 イグセリカはさらに魔力圧を増大させていく。ドラヴィオラからすれば、抑えている岩が徐々に膨らんでいるような錯覚がしていることだろう。

 脇をすり抜ける契機。

 だめだ。私には、まだドラヴィオラに聞きたいことがある。


「いこう、アルトくん!」


 私がまごついている間に、シルリィが私の腕を掴み走り出す。

 待て。私はまだ聞けていない。ドラヴィオラがどこでウィチャードと出会い、何を示されたのかを。


「行かせっかよお!」


 気合裂帛。ドラヴィオラが身を捩り、イグセリカをいなした。


「なっ」


 イグセリカもまさか自分の魔力質量の圧を人間が力尽くですり抜けるとは思っていなかったのだろう。驚愕に目を剥く。

 ドラヴィオラが私に迫る。禍々しい魔力を纏った貫手が私の肩を精確に狙っていた。

 まともに喰らえば瀕死は免れない一撃だが、彼女は攻撃のラインをわずかに逸らしている。掠めれば肌は裂けるだろうが、機能不全までは至らず意欲を削げるような絶妙な線上だ。

 闘気にこそ滾っているが、ドラヴィオラの目を見ればわかる。彼女もまた、私を殺そうとはしていない。


 無差別の暴力ではない。確実な目的を持った暴力だ。

 そこには理性が宿っている。最終局面でいつも私に向けてきたような、憎しみに駆られた無思慮な状態とは確実に異なる。

 ウィチャードの影響があったとしても、それはまだ途上だ。

 私はそれを確信した。まだ、彼女とは話ができる。


 そうだ。いっそのこと二人を止めてくれ。ドラヴィオラ。きみなら出来るはずだ。

 だが、そんな私の小さな願いすら叶う事はなかった。


「う、ぐぉ、っ」


 私に拳が届く前に、ドラヴィオラの身体が中空で制止していた。


「アルトたちに手は出させない! おまえを止めるのがあたしの役目だ!」 


 ドラヴィオラは、イグセリカが巨大な両手で包み込むように広範囲に展開し粘土状に形態変化させた魔力に全身を捕らわれていた。

 イグセリカめ。余計なことを。


「くそっ、なんだこりゃ。てめえ、離しやがれ!」


 さすがに空中では踏ん張りが利かないのか、ドラヴィオラは水の中でとっかかりを探すかのように藻掻く。


「いまのうちだよ。館まで走ろう!」

「シルリィさん、でも」

「イグセリカなら大丈夫だよ! 誰にも負けないもん!」


 シルリィも私の腕を離す気はないようだ。私はされるがままに街道を走らされる。

 状況が煩わしい。だが、ドラヴィオラがウィチャードと関連しているかどうかの確証が得られないことが私の足を止めるに足りない。

 雇い主である領主なら、彼女が用心棒をしている理由にも少しは心辺りがあるかもしれない。イグセリカたちの目的を果たすついでに、ドラヴィオラのことも聞き出すしかない。






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