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第16話



 緩やかな丘の上にある領主の館。

 そこに続く街道に沿って十数件の民家が点々と建ち並ぶ集落がある。この周辺だけを切り取っても一つの村のように見えるが、実際は港街カルエンの一部だ。


「静かですね。離れてるとはいえ、同じ街なのに雰囲気がまるで違う」

「先々代の領主様が、あの港街を一望できるこの丘を気に入って、それでここに館を建てたんだって。昔はわざわざここまで泊まりにくる旅人もいたって話もあるけど」

「今そんなことをしたらあっという間に身ぐるみ剥がされるでしょうね。あちこちの窓から殺気立った視線が向けられているのが丸わかりです」

「うん……」


 魔力の流れを把握できるシルリィだ。建物の中にどんな種類の人間がいるのかは既にわかっているのだろう。

 粗暴で無抵抗な者にも暴力を振るうことに抵抗がなく、得物を握る手に力と嗜虐を込める男たちの姿が。

 もっとも、襲ってきたところで返り討ちになるのが容易に想像できる。

 だからこそ疑念が湧いた。あいつらはなぜ私たちを襲ってこないのか。チンピラ程度の輩にイグセリカたちの力量が測れるとは思えない。女二人と子ども一人相手なら、目の色を変えて飛びついてきそうなものなのだが。

 いまだ手出しをしてこないのは、何かを待っているのか。


 答えはすぐに判明した。

 私たちの進む先、木のように微動だにせず、土の剥いた街道の真ん中で、ボロ雑巾のような灰色の一枚布を無理やりローブ状にしたようなフードを目深に被る男が一人。


「シルリィ、アルト、離れてな。あいつが例の用心棒だ」


 イグセリカが後ろにいる私たちを片手で制す。

 そこらのチンピラと纏っている威圧がまるで異なることに、二人も感づいているようだ。

 男は無言で片手を前に突きだした。そこには。


「あれ、わたしたちが送った手紙だよ。ああっ!」


 シルリィがすぐにそれが何かに気づいて、悲鳴を上げる。

 男のひらりと下げた紙が、ひとりでに燃え上がり、塵となって散ったのだ。


「なるほど。村から届く書簡も全てあいつに握り潰されていたようですね」


 領民からの訴えはあの男に全て堰き止められていたということだろう。


「領主の命でしょうか?」

「そんなに忠誠心が高そうな奴には見えないけどな」


 フードから覗く顔の下半分はまだ若そうに見える。イグセリカとそう変わらない。

 口は強く引き結び、盗賊たちのような舐め腐った緩い口元はしていない。

 明らかにそこらにいるチンピラとは種類の異なる人間だ。

 用心棒は誘うように腕を緩やかに開き待ち構える。かかってこい、ということか。


「あたしたちは争いにきたわけじゃない。できることなら暴力で解決はしたくないんだ。どうか、領主様と会わせてはもらえないだろうか」


 イグセリカが伝えると、用心棒はがっかりしたように肩を竦めた。

 そして右肩を引き、左の拳を前に突き出す。


「そっちからこないならこっちからいくぜ。だそうですよ」

「一言くらい話してくれたっていいじゃないか……」


 心底残念そうにイグセリカが呻く。

 だが衝突は想定されていたことだ。彼女もそれがわかっているからすぐに切り替える。

 戦闘態勢に入る。イグセリカの皮膚の表面に浮き出る魔力が肉体を超えさらに膨れ上がる。

 私とシルリィリアはイグセリカの邪魔にならないように数メートルの距離を取った。


「予定通り、あたしがあいつを抑えている間に――頼んだよ」

「わかりました。師匠もお気をつけて」


 イグセリカが大腿部辺りに小ぶりのエンジンを形作る。

 彼女が対人間などの近接戦においてよく使うスタイルだ。両脚の小型エンジンで駆動力を上げ、空いた両手で魔力刃や盾を作り攻防を使い分ける。

 準備が整ったとみたか、最初の一歩を切り出したのは用心棒の方だった。


 わずか一歩。その踏み込みだけで疾風のごとく一直線にイグセリカの眼前に迫る。

 イグセリカの反応も負けてはいなかった。両手を前に突き出し、そこに自分の魔力を堅く変質させた盾を展開する。

 用心棒が拳を振り抜く。フェイントなどないど真ん中への拳打。

 向こうも最初からダメージは期待していない小手調べの一撃だろう。まだろくに魔力も見せていない。

 だがそれだけでも相手も相当な使い手だとわかる。打ち込んだ拳の衝撃が、重低音となって私にも届く。

 用心棒はすぐさまイグセリカの盾を足場に飛び去り距離を取った。


「ぶつかり合いならあたしの方が得意だ!」


 着地の隙を逃さず、イグセリカが吠えエンジンが火を吹いた。

 用心棒に避ける気はないようだ。真正面から受け止めてやるという気概が見て取れる。

 互いにまずは一発ずつ、というところか。戦うことを楽しみ互いの実力を確かめ合うことに喜びを見出すかなり好戦的な男らしい。

 爆発的な放出で一気に飛び出したイグセリカの速さも負けていない。それに加えて前面に展開した迫り来る大岩のような魔力質量。一抱えほどの木程度ならそれだけでへし折れる。


 用心棒は片足を一歩下げ、両腕を前に突きだして彼女の突進を受け止めた。

 数メートルの轍を地面に刻み込むほどに押し込んだが、倒れはしなかった。踏み耐え、イグセリカを押し止め始める。

 凄まじい体幹の強さだ。常人なら両足の腱が引き千切れているところだろう。


 イグセリカはさらに出力を上げ、用心棒を押し出そうと試みる。

 用心棒もまたその質量増加に対して力を込めていく。用心棒の身体からは、私にも見えるほどの濃い魔力が沸き立ち始めた。

 拮抗する魔力同士が、イグセリカと用心棒を中心に、つむじ風のように周囲に吹き荒れ私とシルリィも顔を庇うほどの強風を巻き起こす。


 そしてその風は、用心棒のフードも捲り上げた。

 力を込めるほどに濃くなっていく不敵な笑みに光る、金色の眼。

 全身に巡る、水紋のように揺らめくオパールのような虹色の魔力。


 ああ、私にも見覚えがある――。

 その男は私が探していた人間、ウィチャード・ラグナーではなかった。


 それどころか、男でもなかったのだ。

 ぶかぶかのローブで身体のラインが見えなかっただけでなく、身長が男にも勝るほど高いためにパッと見では気づかなかった。

 私の知る敵意で歪んだ彼女の顔はもっと厳めしく、フードの下に見えたまだ若く柔らかい線の残る彼女にその面影を感じるのに時間がかかったのだ。


「ハハァ。とうとう虎の子を出してきやがったか」


 好戦的で荒っぽい言葉遣いだが、声にはどこか艶があり気高さも感じられる。

 腰まで届きそうなほど長く豊かな赤髪が、風を受けローブの中からするりと抜け出てまるで獣の尾のように舞う。

 他の二人は彼女を知らなくとも、私だけは彼女を見間違うはずがない。

 何度も何度も私が殺し、生まれ変わって成長するのを待ち続けた四人の花嫁の一人。


 ドラヴィオラ。

 なぜ君がここに。





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