第14話
馬車に揺られながら、シルリィが私に領地の状況をレクチャーする。
「盟王国グラリスニア。王国国土の南東部にある、ここクーシェル地方。町村は合わせて十八と大きな港街が一つ。領土はあまり広くないけど、港町は都市のある北部地方への中継点になってるからそれなりに栄えてるの。港町は海に面した交易街と、少し奥地に点在する集落に別れてて、領主様の館があるのはそのうちの一つだね」
正直、私は人間社会の成り立ちについて知っていることはそれほど多くない。
星の大陸図は毎回変わる。私は人類を再創成するが、母星の地殻変動にまでは関与していない。それゆえに、世界の地名は星の名前そのものを含めその度に変わる。
逐一変わっていくものに、私は興味を抱かない。
とはいえ、シルリィたちが住んでいるこの王国のことは、村にあった書物でそれなりの知識は蓄えているが。
子どもという体裁のため、大人しく聞いておく。
「現領主様であるハウマン・コルベクニス伯爵は、祖父の代の功績によって王室から与えられた領地権を世襲し統治を続けているけど、その傍若無人ぶりから領民からの評判はよくない。一度反発されて抗議運動が起きたころから、自分の住む集落を金で雇った用心棒やチンピラで固めているって話だよ」
イグセリカの補足に私も頷く。
「その用心棒の一人が凄まじく腕が立つという話でしたね」
「全員返り討ちだって。命は無事だったみたいだけど、怪我で仕事もできなくなった人もいたみたい」
殺さなかったのは、さすがに領主の雇った用心棒が領民を殺したとなれば王室からの心象も悪いからだろう。
「でもそのおかげで館の周囲に農民や商人は住まなくなったらしいから、戦いになっても巻き込む心配はないよ。やったね!」
ぐ、と握りこぶしを見せつけてくるシルリィ。喜ぶポイントがおかしい。いや都合がいいのは認めるが。
「今回は獣魔じゃなくて人が相手だ。でもあたしたちは誰も殺すつもりはない。戦いになったら、あたしがなんとか用心棒を押しとどめる。その間にシルリィとアルトで、領主様を見つけてこの申し立ての書簡を渡す。あたしたちの村だけじゃなく、領地内の全ての村の村長から署名を貰ってる。用心棒さえいなければ、さすがに無下にはできないはずだよ」
「集めるの大変だったんだよー。何度も何度も手紙のやり取りして、申し立てに乗り気じゃない村長さんを説得するの」
「面倒臭いものですね。そこまでしないといけないとは」
魔力や獣魔の存在は、人類の文明の発展を遅らせる。
これは私が何度も体験してきて得た結論だ。
魔力のない物質世界では同じ時間経過でももっと人間社会は成熟していた。人間が人間を扱うことについても同様だ。魔力の存在は、人間の命を軽くする。切れすぎるナイフがあれば人はそれを使いたくなるものだ。
しかし結局は、人間は魔力がなくともナイフを研いでしまうのだが。
「権力のない領民が御上に扱いの改善を要求するっていうのは、それだけ覚悟が必要なんだよ。下手に暴力に訴えたら、村ごと粛正されちゃうもん」
いくらイグセリカやシルリィが魔力の使い手として他者より遙かに優れているといっても、盟王国の正規軍隊である王立騎士軍全てに同時に対抗できるわけではない。一挙大勢で攻められれば二人の望まぬ犠牲が多々生まれるだろう。
「中途半端にやったところで締め付けが強くなるだけだし、今度こそってあたしたちにお鉢が回ってきたわけなんだ」
「今回の旅は、その覚悟すらも踏まえてということですか」
「ああ。だからあたしたちは絶対に失敗できない。あたしたちが出張ってこれたのも、みんなの努力のおかげなんだよ」
イグセリカたちの村だけとっても、内部には慎重論も絶えなかった。
同じく苦しむ村々の慎重派たちを説得し、用心棒対策のために獣魔退治で活躍していたイグセリカとシルリィに託すという選択は、あくまで最終手段だったということだろう。
「あたしたちは戦争をしたいわけじゃない。今の平和な時代が崩れることをあたしたちは望まない。それだけは忘れちゃいけないんだ」
盟王国グラリスニアの周囲には、大小様々な国が計八つ存在している。
過去二百年の間には、その国々と戦争もした。
ここ三十年ほどは、緊張感が高まることはあったものの、実際に衝突するようなことはなく外交や貿易で関係性は良好に保たれているようだ。
とはいえ。秘された対立が全くないではない。
クーシェル地方は狭い領地だが、その一部をわずかに隣国と接している。
山越えが必要な厳しい場所だが、そこが不法移民や難民の流入の入り口となることも稀にあり、中には匪賊となって行商人や旅行者を襲う例も確認されている。
内乱や反抗する領民の鎮圧なんてネタは、外国にとっては弱みを握る格好の的だ。裏工作を企てるのに弱った民衆は与しやすい。
先の戦争はそういったことが端緒だっただけに、民衆の中にも自分たちの弱点を曝け出すことへの抵抗感がいまだ根強い。
イグセリカたちが自分たちが苦しんででも強硬手段に出ないのは、ひとえにそういった火種を延焼させたくないという共通の思いがあるからだ。
「だからといってこちらが我慢し続けるにも限度があります。このままでは滅びるのはぼくたちです」
「ああ。用心棒を無力化してあたしたちの存在感を示せば、いくら領主様でも無視できなくなるはずだ。必ず約束させる。そうすればきっと、みんなの生活が楽になるし、豊かになる」
イグセリカの思惑には、いささか甘さが残っている感は拭えないが。
しかしそれも私にはどうでもいいことだ。私の目的は最初から一つしかない。
この旅の先に、ウィチャード・ラグナーがいるのかどうか。
ウィチャードを見つけたそのときは。
イグセリカとシルリィに勘づかれないよう、私の魔力の神髄をもって、刹那にこの世界より滅却させてやる。
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