第13話
イグセリカが得意としているのは、自身の持つ圧倒的な魔力量による質量戦だ。
航空機のエンジンを思わせる、背後に展開した一対の魔力製放射機構。
筒状に固定化された魔力の中からは、絶えず放射性の魔力が放出されてイグセリカの機動力を高速に維持している。
その爆速の突進とともに繰り出される魔力刃はどんなに硬い皮膚を持つ獣魔であっても防ぎきれるものではなく、あるいは、その絶対的な質量差をもってして単純にぶつけるだけでも圧迫させ押し潰すことも容易だ。
しかしイグセリカは思案していた。
魔力刃では中身ごと切り裂いてしまうし、質量で押し潰せばぺしゃんこにしてしまう。
いずれにせよ、それほどの威力を持つが故に、弟子の身体がバジリコックのいずこに収まっているのかがわからなければ、バジリコックへ攻撃を向けることはすなわちアルトを巻き込み道連れにさせることを意味する。
力加減の不得手なイグセリカにとって、人質は最大の弱点であった。
アルトがバジリコックに飲まれる前に到着していれば、いかようにもできたのに。
「諦めるもんか! アルト、必ず助ける!!」
何か方法があるはずだ。
自分の想定の甘さを後悔するのはアルトを助けた後でいい。
バジリコックは口腔内で捕らえた獲物から魔力を絞りきるまで口を開けない。
子どものアルトがどこまで耐えられるかわからない。魔力を持つ人間が無理やりに無くされた場合、その先にあるのは廃人化だ。
一秒でもはやく出してやらないといけない。なのに。
「くそっ!」
渓谷の崖に突っ込むように張り付く。衝撃だけで岩肌が削れ、辺りに砂礫が飛び散る。
そのイグセリカをバジリコックは追う。攻撃を躊躇ううちに、追われるのはいつしか自分の方になっていた。
バジリコックはその巨体を使ってイグセリカに体当たりを繰り返し、次の獲物にしようと追い縋っている。
両手両足に自在にエンジンを作り出し縦横無尽に動き回るイグセリカにはかすりもしない。
とはいえ、動き回ってバジリコックの自爆を誘うのはさすがに時間が掛かりすぎる。
シルリィがいればまだ対処の仕方はあった。だが彼女の脚ではここまで来るのにまだ時間がかかる。
待ってはいられない。幼い子どもの身体はそこにいるだけで死の危険性を纏っている。
一か八か。
イグセリカが決断の最終局面に差し掛かったときだった。
自分に向かって飛び掛かってくる眼前の獣魔が、一瞬ダブって見えるような、強い魔力の鳴動を一瞬だけ感じた。直後。
「――なっ」
イグセリカはその光景に瞠目する。
バジリコックの巨体が身震いしたかと思いきや、棘のような魔力刃が皮膚のいたるところから瞬く間に連鎖的に発生していった。
身体中を枝状に貫かれたバジリコックは、穴という穴から血を噴き散らしながら地面に墜落し、小石に跳び上がるボールのように回転を繰り返して激しくバウンドする。
イグセリカは、いまだ起きたことが信じられないでいた。
あれは、魔力刃の高等応用技だ。
百年も前の英傑が見出した、戦場を己が剣のみで支配するために生み出され、敵兵千人を連鎖的に虐殺する奥義。
あの英雄バンガでさえ、知略を巡らせても倒すのに何年も掛かったと言われているほどの。
人間が肉体に持つ魔力の流れのムラを突き、自らの魔力を強引に流し込む。そのとき受ける苦痛はまるで一本の木が身体の中に生えてくるようだという。さらに一人の表皮から生えた魔力の枝が周囲の兵士を巻き込み増殖していく。
戦場では、敵兵たちの悲鳴と呻吟が押し寄せる津波のように敵本拠地まで迫ってきたという逸話もある。
その強力さもさることながら、魔力の微細なコントロールと指向性を維持する制御力が求められるゆえに、かの英傑以外使いこなせる者は以後現れず、味方の兵士ですら逆に安堵しバンガに感謝したとまで言われるほどだ。
バジリコックを貫いた今のそれは極々縮小版でしかないが、文献で知ったかの英傑の魔力技を目の当たりにして、いくらイグセリカといえども戦慄は拭えなかった。
「ア、アルトっ!」
呆けていた自分を内心で叱咤して慌てて駆け寄った。バジリコックの身体は地面に削られ血と砂にまみれ見るも無惨な姿になっていた。
血の気が引いた。
自分の短慮が招いたこの事態の結末を目の当たりにするのに数秒間、息を止める必要に駆られた。だがすぐに正気を取り戻す。
「アルト! 今出してやるからな!」
中で助けを待っている愛弟子に届くように声を張り上げ、バジリコックの巨大な口をこじ開けんと腕を伸ばした。その直後。
「うわあああっ!?」
イグセリカの顔面の真横に飛び出してきたのは、馬車の車輪ほどの大きさの魔力刃だった。
それはバジリコックの内側から放たれ、できた縦の裂け目から新たに体液がごぼごぼと流れ出る。するとそこからさらにもぞもぞと動く腕が伸びてきて、周囲を探るように動き回る。
その手がバジリコックの羽毛を掴むや、引っこ抜くように力んで裂け目から身体を引っ張り出した。
「おや、師匠」
バジリコックの体液を滴らせながら、ぬぽっと出てきた頭はそんなことを気楽そうに言った。
「アルト……? おまえがやった、のか?」
血塗れの弟子は、口角を上げて誘うように笑う。
「これで試練はクリアしましたよね?」
――――――――――――
「ふはー、イグセリカ、やあっと追いついたあ……って、ええ! アルトくん! どうしたのこの状況!?」
膝に両手をついて息を切らすシルリィが驚愕している。
バジリコックの体液を全身に浴びて立つ私と、そんな私を膝立ちで見上げているイグセリカを目前にしたからだろう。
「アルトはね、バジリコックに喰われたのに自分の力で這い出てきたんだ。あたしが未熟なばかりに手間取ったせいで、アルトは自分で力を絞り出した。あたしも驚いたよ……。まさかアルトが魔力であんな……、あんな…………」
神妙な声でイグセリカが言う。少しばかりその声に疑惑の色を感じた。
獣魔の体内ならスカルモルドが適していると踏んだが、さすがに子どもがやるには大技すぎただろうか。何か誤魔化す言い訳でもでっちあげた方がいいかもしれない。
窺うように彼女の顔を見て、私はぎょっとした。
「し、師匠? 泣いてるんですか?」
「あたしっ、アルトがっ、こんな立派になってるとは思わなくてえええ! 今になってこみ上げてきたんだうあああんっ!」
鼻水どぼどぼじゃないか。
「うっ、うっ、イグセリカ、アルトくん、よがっだねえええ!」
なんでシルリィまで泣きはじめているんだ。
「試すような真似してごめんなああああアルトおおお!!」
「もう二度とアルトくんを騙したりしないよおおお!」
それからしばらく、イグセリカとシルリィは感極まったように泣き散らしていた。
しかし、二人ともいい加減腕を離してほしいものだ。ただでさえ私は今バジリコックの体液がこびりついていて不快なのだから。
………………………………
村に帰る道すがら、私は二人に尋ねた。
「ところでぼくを騙したってどういうことですか?」
「ぅぇっ!?」
シルリィが耳にまで届きそうなくらい肩を弾ませて驚く。
「さっきシルリィさん、そんなことを言ってましたよね?」
追及してやると、二人は見るからに慌てふためく。
「こ、こここ、こここ細かいことは気にするな! アルト! ぶ、武人は戦いに勝ったあとは何も考えず家路に着くものなんだよ!」
「そ、そそそ、そそそそおだよ! ど、どうせ考えるなら今日のご飯何にしようかなとかにしよ! ね!」
「初耳ですが。それに今日のご飯も何もここのところ毎日痩せた家畜の粗末な肉スープしか食べられていないでしょう。獣魔はとても食べられたものじゃないですし、狩りをしようにもバジリコックが騒いだせいで辺りの獣はみな逃げ出していますし」
「そ、そうだ! だからはやく領主様を説得して税金の見直しをさせないとね!」
「わ、わあ! ようやく話が最初に戻ったね! アルトくんも無事合格したことだし、作戦会議たくさんしなきゃ!」
「…………」
「よぉーし! あたしたち三人で村を救うぞー!」
「おーっ!」
まあいいだろう。これでこの試練における私の目的は達成された。イグセリカたちが裏で何を画策していようが、私の最終目的には関係あるまい。
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