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第12話



 さて、そろそろいいか。

 跳び退りながら、私はタイミングを見計らっていた。 


 これでそれなりの戦闘時間は稼いだ。上手く攻め手に欠け苦戦している状況を演出できたと私は自負している。

 あとはバジリコックにトドメを刺すだけだが、シルリィの目を掻い潜り、一度くらいなら高威力の魔力技を放てる場所が一箇所だけある。

 なおかつ、子どもの魔力刃でも魔獣の急所を狙ったことで辛勝できたと思わせられるような方法だ。


「つまりお前の中だ。バジリコック。獣魔は密度の高い魔力の塊であり、その中であればシルリィも私が何をしているかまではわかるまい」


 どんなに優れた千里眼を持っていたとしても、見えるのは表層的な部分だけであり、深い土中や深海を覗き込めるわけではない。

 裸眼でも岩の中身が見えないのと同じように、濃い魔力の中に埋もれてしまえば、まだ未熟なシルリィでは覗き見ることは難しくなるはずだ。


 私に嘲弄され続けたバジリコックはおよそ理性と思えるものも垣間見えず、私を喰うためだけに腹這いになり三本の足で地面を押し出して進んでいるような格好だ。

ある種、生物として極限まで高められた捕食本能の成せる怪物的な動き。


 私はうまく丸呑みされるために、目測で上手い具合に丸呑みされるような場所で足を止めた。ふむ、ちょっと行きすぎたか。少しだけ戻って位置を調整する。

 狙い通りバジリコックは、動きの止まった私を喰らう契機と見たか、巨大な口が私の全身を周囲の岩土もろとも飲み込まんと、口角をぎちぎちと引き千切れるほどに限界まで開く。


 苔と泥と血と骨に汚れた上下の顎が、横向きに私を丸呑みにする。

 まさに私が完全にバジリコックの口の中に閉じ込められる寸前だった。凄まじい魔力の爆発反応とともに、雷鳴のような叫び声が私に届いた。


「アルト!!!!」


 一瞬、そのことが信じられなかった。

 イグセリカが来たのか。しかし、なぜこのタイミングで? まさか、私を助けに?


 イグセリカはこの試練の前、自分たちは手を貸さず、下手をすれば死ぬかもしれないとも言っていた。ここで死ぬようならついてきても無駄だとも。

 つまり彼女は、この試練でアルトゥール・リープマンが死ぬことも覚悟していたのではなかったのか?


 計算外のことが起きて、私は生臭いバジリコックの口の中で少しの間熟考する必要に駆られた。 

イグセリカが私を救いに来るということなどまるで考慮に入れていなかった。全く以て想定していなかった事態だ。


 だが事実、イグセリカが私を助けようとしているとして、このまま彼女にバジリコックを倒させてしまえば、当初の目的が達成できなくなる。

 バジリコックは次なる獲物としてイグセリカに狙いを定めたのか、あるいは逃げ回っているのか、激しく身体を動かしているようだ。

 そのくせ口は開けず私を解放する気はないらしい。大した貪欲だ。


『アルトを、返せええええええええ!!!!!』


 イグセリカの嚇怒に満ちた怒声がバジリコックの口の中でくぐもって聞こえてくる。

 激闘が繰り広げられているのか、土砂崩れのような轟音も聞こえた。

 既にイグセリカが到着して一分以上経っている。彼女ならバジリコック程度、十数秒もあれば倒せるはずなのだが。


 即座に倒そうとしないのは、私が中にいるからか?

 イグセリカは内包する魔力が人よりも膨大ゆえに、力加減が私以上に不得意だ。

 口の中にいる私を巻き込まないように機を窺っているのだとしたら、時間がかかっているのも納得がいく。


 しかしていずれはバジリコック程度下すのに手間はかからない。その機を彼女に与えるわけにはいかない。ここで助けられでもしたら、私が彼女らに随行する権利を失ってしまう。

 さっきと同じ魔力刃で内側から削っていくつもりだったが、イグセリカに時間を与えるわけにはいかない。一撃で一息に仕留める必要がある。


 多少の無理強いは仕方ないか。

 獣魔に呑み込まれた少年。その窮地を脱するために魔力の新たな使い方を覚えた。なんて話はイグセリカも喜ぶ展開だろう。ここはひとつ、弟子の成長を見せてやるとしよう。


 私はバジリコックの口蓋内の粘つく舌の上で寝そべりながら、わずかな空間の中で両手を重ねるように前に突き出した。


「魔力刃の応用技だ。多少使用魔力は増えるが、バジリコックの中からならばシルリィにもさほど感知されないだろう」


 人間は知能を巡らせあらゆるものに工夫を凝らす。それは魔力の使い方であっても変わらない。

 人類が世界に再登場し、文明を持って魔力で戦争をするようになり、花嫁たちが誕生するまでの幕間。


 魔力を極めた彼女たちには及ばずとも、魔力の使い手として名を馳せた過去の武人たちが様々な技を編み出してきた。

 私が繰り出そうとしているのもその一つだ。歴史に残る技は、得てして大きな戦争や抗争の中で生まれることが多い。


 ――思えば、魔力のない物質世界でも人類は戦争とともに技術を発展させてきていたな。


 まあいい。

 『剣の牢獄(スカルモルド)』。それがこの技の名だ。


 イグセリカたちの村にも渡ってくる数少ない書物の中にも出てくるほどの、今より百年ほど前、戦争が多発していた時代に生きていたとある傑士の得意技だったそうだ。

 私が使うのはその極縮小版ではあるが、魔力刃の派生技として見せるには丁度いい形態だ。


 生物の身体は、部位によって魔力の「流れやすさ」というものがある。

 つまり体内に流れる魔力には、ムラができる。

 魔力の流れが悪い部分は、それだけ「割り込む」ことが容易になる。


 剣の牢獄は、その脆さを突き連鎖的に魔力刃が繋がっていくことで、あたかも肉体から無数に剣が生えてくるような状態から名付けられた。 

 最初の一撃を正確に脆い部分に突かなければならないという弱点はあるが、口腔内など生物的にも魔力的にも弱点の宝庫だ。


「刃の華を咲かせてやろう。イグセリカ、シルリィ、弟子の成長をとくと見届けろ」






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