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第10話



 バジリコックが出てきて、シルリィの視線の圧が強くなった。猛禽類が獲物を狩るときのような、射貫くほどに鋭い視線だ。

 シルリィの千里眼とも謂うべき特異な魔眼――魔弾の導師(クレアヴォイアンス)


「まるで一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりだな。花嫁たちにそこまで警戒されているのは光栄でもあるが、些か調子に乗りすぎたか」


 これからはもっと子どもらしく振る舞う必要があるかもしれない。

 わざと下手を演出するのは苦手な分野ではあるが、致し方あるまい。


「できればこの試練でも失敗するように見せかけたいところだが――さて」


 目の前に聳え立つ巨体。およそ牛五頭分の大きさといったところか。

 全体的に丸っこい図体に、硬質化した鱗に覆われた鶏の足が三本生えている。

 覆われた羽毛は斑状に七色に光る。これは体表から翅軸に魔力が漏れ出しているせいだ。目玉はその羽毛に埋もれて見えないが、巨体の割につぶらな目がどこかにあるはずだ。

 頭には天を衝く大きな嘴が真上に向かって伸びているが、これは狂態獣魔化する前の元の形が変化して残ったものだ。本当の口は別にある。

 そしてその口こそが獣魔バジリコックの名を体現していると言っていいだろう。

 頭の先から胴体の半ばまで、大きく裂いたような巨大な口が、幾重にも重なった乱杭歯を覗かせている。隙間からは腐臭が漏れ出て鼻を突く。捕食され魔力を吸い取られた獲物が中で腐っているせいだ。


 こと獣魔に関しては、通常の生物で見られる内臓や骨格構造の常識は通用しない。全ての生物から逸脱した造形を持つ生物。それが獣魔であり獣魔足る所以なのだ。 

 バジリコックは魔性生物を手当たり次第補食する。そのため肉体が捕食に適したものに変化しこの姿に至る。

 当然、獲物の対象には魔力の使い手である人間も含まれる。


「さぞや私は美味そうに見えているだろう。それとも、何か違和感でも感じ取っているのかな」


 イグセリカやシルリィが私の本来の魔力を感じ取れないのは、それがあまりに薄く広く満ちさせているために、私と大気の境界を見つけられないからだ。魔力を使うときのみ、子どもの肉体に合わせて部分的に濃くすることで、欺瞞を続けられている。


 だが獣魔は魔力の捕食者だ。魔力への嗅覚は人間の数十倍以上にもなる。

 私の匂いに誘われて出てきたはいいものの、すぐに襲ってこないのは、私の纏う魔力の質に他の生物とは異なるものを感じたせいだろう。こいつは喰えるものなのかと測りかねているわけだ。

 あまり長いことこの膠着を意地すれば、シルリィになぜバジリコックは私を襲わないのかと疑問に思われてしまうな。


 ならば、こちらからか。

 私は意識を魔力に集中させた。

 すると、私の体表を淡く輝く薄紫色の光子が取り巻いていく。


 魔力――ときにはオーラ、ときには念、ときには気、ときには威、ときにはチャクラ、ときにはエーテル、ときにはマナ。

 星の名と同じようにそのときどきで様々に呼び方が変わり、生命の肉体、大地や大気に宿るもの。

 魔王たる私の存在を根源とし、意志を持つ者の願いに反応し形を変え異象を呼び起こすエネルギーである。


 そして人が魔力を用いて異象を起こす際には、一種の光学現象が現れる。それはその人物の魔力の密度や使い方、癖などでそれぞれ現れる反応が違う。

 例えばイグセリカなら全身から湯気のような白銀色の魔力が発せられ、それが肉体をドーム状に覆う。

 シルリィなら今ごろ両目の周囲に鳥の羽のような幾重もの扇状の赤い光線が生まれているはずだ。

 私のものは制限しているが故に弱々しく、身体中に蔦が這っているような見た目の気持ち悪さがあるが、獣魔相手に美醜を気にしてもしかたあるまい。

 私は片手を前に向け肩の高さまで跳ね上げた。開いたままの掌の先に同じ色の刃が出現する。


 これを魔力刃クリンゲと呼んでいる。

 魔力の形態変化――自分の魔力を体外に放出し、自分の望む形へと変化させ機能を持たせる技術。

 出現させた魔力刃は、イグセリカから建前として受けている魔力講義で見せたものと全く同じ大きさのものだ。


「自分でも泣けてくるほどのひ弱さだが、万一にも一撃でお前の首を跳ね飛ばさないよう余分に生えた足を狙ってやろう」


 私の浮かべた薄い笑みに敵愾心でも感じ取ったか、バジリコックは身を低くし飛び掛かる構えを見せた。

 私の方が速い。踏み込むために突っ張った足の一本に、飛ばした私の魔力刃が掠める。


「ヴィヴァアアアア!!」


 醜い悲鳴を巨大な口から轟かせ、バジリコックは痛む箇所から逃れるようにのたうつ。

 見れば魔力刃の当たった箇所がざっくりと割れ、おびただしい流血を起こしていた。


「狂態獣魔のくせに随分脆いな」


 肩すかしをくらって思わず独り言ちた。首に当たっていたら本当にそれで終わっていたかもしれない。 

 私の嘲りを理解したわけでもないだろうが、バジリコックは喉の奥から狼のような唸り声を響かせ鋭く私を睨み付けた。


「ヴェエエエヴァアアアア!!」


 憤激に狂ったバジリコックは、三本の足でどたどたと不格好な姿で私に向かって駆けてくる。

 私は身を翻し走った。逃げる振りをして時間を稼ぐためだ。

 魔力刃は魔術の扱いに長けた者が、獣魔や野盗から自分の身を守る術によく選ばれるポピュラーな形だ。

 武器として想像しやすく、魔力容量が比較的少なくて済むという実利的な理由があるようだ。


 だがこの魔力刃、その本質は魔力の使い方の内で最も攻撃的なものだ。

 達人級になれば岩のような硬い物質はもちろんのこと、水のような流体も断ち割りそこに数秒の間、虚無空間を作り出すことも可能だ。人間の達人の中には海を割った者もいる。


 本来の私なら、刃の形をしていなくても同じ性質の塊をぶつければ物質の連鎖断裂を起こすことも出来る。

 魔力刃が鋼などの物質の刃と異なるのは、その効果が「断ち切る」のではなく「割り込ませる」ところにある。

 物質同士の繋がりに魔力の刃が割り込み、空間を支配することで物質の断裂が結果として起こる。

 魔獣の頑丈な肉体とて例外ではない、のだが。


「ヴァアアヴァアアアアアア!!」


 追いかけてくるバジリコック。

 見やればさきほど切り裂いた足の傷が歪な瘤状になって既に塞がっている。

 自分の魔力を使って細胞を増殖させ無理やりに再生させたのだ。さすがに首を飛ばされれば不可能だろうが、四肢程度なら容易に再生してくるのが獣魔だ。 

 獣魔は魔力を喰らう生物だ。傷を癒やすために魔力を使わされるのは屈辱でしかない。


「さぞや私を喰らって内臓魔力を補給したいことだろう。ほら、こっちだ。ついてこい」


 今のバジリコックにとって私は遠ざかるオアシスに等しい。

 私がさらに威力を弱めた魔力刃で小さな傷を増やしていくと、バジリコックは怒り狂い大口を何度もあぎとうて私に食らいついてくる。

 もちろん人間がただ走るだけで獣魔から逃げ切れるわけがない。


 一歩が万力の踏み込みとなって身体を押し出し、駆けるガゼルのような軽快な足取りと、木を跳び越える跳躍を得る技法が、バジリコックの追随を躱すにひと役買っている。

 こちらも魔力の技法としては基礎的なものだが、魔力刃と違い、自らの体外ではなく体内において魔力を変質させ力とするものだ。


 これには血流に魔力を混ぜ込み循環させる技術と、筋肉の拡縮に応じて瞬間的に魔力を乗せる技術の二つが必要になる。

 魔力を使う人間の体表に淡い光が伴うのはこのためだ。これを常態化させるのが難しく、時間が長いほどより優れた使い手だと見做されている。

 獣魔が生態系を逸脱した骨格や内臓構成を保てているのを見ればわかるように、この技術は究極的には真空状態の中にあっても生命機能を保持、生存させ続けることが可能になる。


「つまり動けば動くほど消耗が激しいということだ。バジリコックの魔力切れを狙いたいところだが、さて……」


 バジリコックの勢いは些かも衰えていない。

 人里に近付かないからと放置されている間によほど貯め込んだか。


「逃げ続けるのもいいかと思ったがこれも悪手か。面倒臭いな」


 子どもの魔力量ならせいぜい十五分も動き続けられれば上等だろう。それ以上はシルリィに怪しまれる。ましてや魔力刃で牽制しながらだ。持久力勝負は得策ではない。

 さすがに私も多少悩んだ。

 物陰程度ではシルリィの目から隠れおおせることはできず、バジリコックの魔力切れも狙えない。かといって、小手先の魔力刃で傷をつけ続けても再生されるだけな上、一撃で仕留めるのは子どものやることにしては印象が強すぎる。


 威力戦も持久力戦も、いずれも本当の勝ち星を得られないということだ。

 シルリィの監視から逃れない限りは……。






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『殺人鬼になるはずだったアキラが異世界で英雄になるまでの地獄のような過程』

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脳に善悪を司るチップを埋め込まれたアキラが異世界に転移し、そこで出会った少女と共に強大な魔獣や魔人と戦っていく物語。生き物を傷つければ罰が与えられるアキラは、どうやって乗り越えていくのだろう。



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