戸惑い
「……ぃ」
遠く、意識の底から呼び掛けられる。
「……おい!何時までボーッとしてやがる、さっさと起きやがれ!!」
「んあ」
肩を強打される。荒々しいモーニングコールだった。数拍遅れて轟音が鼓膜を揺らし、意識が覚醒。思考のスイッチが入る。
「……気絶していた?」
「そうだよ、寝坊助野郎!」
「どれくらい」
「せいぜい10秒かそこら」
「状況は?」
「最悪だよ!!」
万感の思いがこもった叫びだった。
被せるように再び轟音。音源の方を見やれば、怪物としか表現出来ない化け物が暴れていた。
その特徴的なフォルムに、強いて近しい例を挙げるとするならば、ワニ、だろうか。だが、ソレをワニと形容するには、あまりにデカく禍々しかった。
硬く鋭い天然鎧を纏ったソイツは、体で擦り付けるように地を這い、咆哮と共に強大な鉤爪状の足が大地を踏み砕く。
既に、衝撃に巻き込まれた討伐隊の半数が死屍累々となって倒れていた。生き残っている若干名も苦戦を強いられていて、対応は常に後手に回っており、決壊が近い事をわかりやすく伝えている。会敵よりたった十秒、確かに最悪の二文字が合う状況だった。
慌てて近くに落ちていた砲刀を手に取る。数打ちの粗悪品でも、丸腰よりは幾らか安心出来るはずだ。急ぎカートリッジを確認し、術式弾を込める。身体を軽く動かし、問題が無いことを確認する。
「作戦は?」
どうにか立ち直った俺を見て、……大丈夫だと判断したのだろう、両手に戦斧を持ちそう問うてくる。
何故俺に、と文句を言おうとして、そういえば、わざわざ面倒を見てくれていたらしいコイツの名前を、聞いていなかったことを思い出す。反発しようにもそんな時間は無い。暫しの沈黙の後、答えた。
「行き当たりばったりだ」
正規兵どころか民間事務所所属ですらない俺を頼らないで欲しい。
近付けばその強大さがよりリアルな質感を伴って五感を刺激してくる。高層ビルを横倒しにしたかのようなその巨体は、横にデカいが、縦にも充分デカい。怪物と相対するのはこれが二度目、空間丸ごとを切り取られ把握されているような圧に慣れることは無い。
呑まれ、身体が震える。恐怖だ。理性が、感情が、今スグ逃ゲロと警鐘を鳴らす。それらを強引に押さえつけ、踏み出す。
「加勢する!」
短く声に出し、更に接近。怪物は俺らの事を脅威と認識していないのだろう、警戒することもなく無差別に暴れるだけだった。それが逆にうっとおしい。予測不可能の攻撃に対応するには、必然、要求される集中力が多大なものとなる。
予備動作なく鞭のようにしならせる尾を、すんでのところで前傾姿勢になって回避し、勢いのまま一回転。軽装故の身軽さを活かしひたすら前へ。一つ一つの動きが大振りなだけに、接近した方がむしろ回避は容易いだろうと判断。足元まで一気に近付く。
「【穿て】」
砲刀を振り下ろしつつ引き金を引く。砲身が青色に包まれ、直後紡がれた術式が弾丸となって放たれる。ヒトの頭程もあるそれは半透明の青色に輝き、螺旋を描きながら直進。鎧を穿かんと直撃する直前、対術障壁に阻まれ霧散した。
結果を見る前に振り抜かれた刀も、怪物に傷付けることは叶わない。砲身によって熱され、強化される筈の刀は、振り切った今ようやっと熱を帯び始めたくらいで、あまりに遅すぎる。
「よりによって“青”かよ」
いつの間にか近くにいた戦斧の男が声をかけてくる。
「障壁すら抜けないんじゃ、火力が足りなさすぎだ」
「生憎と優しさだけが取り柄でね!」
「怪物に優しさはいらんだろう」
「どうかな、きっとあまりの嬉しさに泣いてるよ」
俺の攻撃は足止めの時間稼ぎにすらならなかったらしい。軽口の間にも怪物の攻撃は緩まない。
踏み砕かれた大地が上から横から襲ってくる。体を丸め、紙一重で回避に成功した俺の耳に、切羽詰まった叫び声。
「突進が来るぞォ!!」
回避によって崩れた体勢が硬直する。刀を杖代わりに倒れるのを防ぐ。刀身と大地が深い音を奏でる。
それに被せるように、のんびりした声が、すぐ近くで聞こえた。
「ま、せめてこれくらいやってもらわなくちゃな。【強化】【爆ぜろ】【拡がれ】」
打ち鳴らした戦斧の間から術式が展開、放たれる。色は赤。それは見るからに荒々しい勢いでもって障壁に易々と穴を開け、尚勢い衰えず怪物に直撃。言葉通りに爆ぜ拡がり、今にも突っ込まんと力を溜めていた怪物が初めて苦痛に叫ぶ。
「《三重詠唱》……」
なんでこんな所にいるんだよ、というツッコミはなされない。ようやく届いた攻撃らしい攻撃に、怪物がこちらを明確に認識し、反撃体勢を取り始めたからだった。
足を縮め、尻尾を、丁度先端が頭部に届くように腹の下に通す。これまでに無い未知の行動に戸惑う間に、球の腹を押し伸ばした楕円形の、不格好な球体が出来あがった。
誰もが警戒から攻撃の手を止め、束の間の静寂が訪れる。
そんな俺達の様子を他所に、怪物は緩慢と動き始める。前へ、倒れるように。
「……まさか」
誰かが呟く。嫌な想像にぽたりと汗が落ちる。その間にも動きは止まらない。いや、段々とスピードアップしてさえいる。
答え合わせは向こうからやってきた。全身を一つの塊とした高速回転運動、つまり。
「ローラー攻撃かよ!!!」
魂の叫びと共に、地獄の鬼ごっこが、……突如飛来した、白光色の何かによって遮られる。
「――やほ」
凛とした、鈴の音を転がすような声が聞こえた。
パニックと怪物の回転音という騒音の中に、似つかわないその声は、嫌にはっきり聞き取れた。
「駄目じゃない、ケイ。『私の許可なく行動しちゃ』」
――貴方は弱いんだから。
そう言って優しく笑う彼女の後ろで、怪物が声も発さず倒れた。
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