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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第三章 蝕む堕落は誰のもの
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【Ep12 聖なる魔女と暴く黒雨】12-6 悪事の相談

『ここに魔女がいる。それだけで俺はお前達を疑わなければならない』


 キーランの声が雨音を遮る。強い眼差しが、私を射抜く。


「魔女って……」


 私が唇を震わせれば、「お前は魔女だろう?」とキーランはすっと視線を動かした。


「――エイダ」


 キーランの薄灰の瞳が、エイダを映す。……エイダ?


「え、俺? あー……」


 エイダも意外だったのか、かなり困惑しているようだ。どうするかと言いたげに目を泳がせて、ちらりと私を見る。でも一瞬で目を逸らしたのは私の出方次第では困ると気付いたからだろう。この国では魔女はその存在自体が罪だ。だからシエルが、いや、聖女シェルビーが魔女を知っていたらまずいと思って知らないふりをしようとしてくれたのかもしれない。

 さっきリーヴェに見捨てられたばかりだからエイダの気遣いが嬉しい。いい子に育ってくれたなと噛み締めたくなる。でも今はそんなことしている場合ではないから、私は内心でエイダに謝りながらゆっくりと口を開いた。


「なんで分かったんです?」


 私がキーランに問い掛ければ、エイダが信じられないものを見たとでも言いたげな顔をしてきた。心情としては折角誤魔化そうとしたのに、といったところだろうか。

 その気持ちは分からないでもないのだけど、この状況では仕方のないことだから大目に見て欲しい。キーラン相手に言い逃れするのは結構難しいし、これ以上何かと誤魔化し続ければキーランが何も信じてくれなくなる。そうなると後々困るのは私だから、ここは認めてしまった方が結果的にいい感じになる気がしたのだ。……うん、いい感じ。自分でもきちんと言葉にできないあたりが微妙なところだけど、まあきっと大丈夫だろう。と、信じたい。


 そんな私の考えに気付いたのか、エイダが疑うような視線を私に向ける。でも私はその視線に気付かなかったふりをすると、エイダの方に歩きながら顔に困った表情を貼り付けて、「諦めた方がいいよ、エイダ」と彼の背を叩いた。


「キリルさんが疑いを口にするってことは、それだけ確信があるんだよ。言い逃れはできない」


 心底残念そうに首を振りながら言うと、エイダが「……そうかい」と顔を引き攣らせた。

 これはバレたな。私が魔女の存在を隠していたことを認めるだけでなく、キーランの興味をエイダに逸らそうとしていることが。そして今後何か困ったことがあれば、全部魔女であるエイダのせいにしようとしていることも。


 だけどエイダは何も言わなかった。代わりに諦めたように「あー……」と唸って、空をぼんやりと見つめている。視界の端でリーヴェがすんごい顔をしていたけれど、エイダが文句を言わない以上彼も何も言ってこないだろうと無視することにした。


「つーか、それっぽいことしてねェけどな」


 虚空を見つめていたエイダが思い出したようにぽつりと零す。ポリポリと頬を掻きながらその目をキーランに向ければ、彼は「どこがだ」と呆れたように返した。


「お前の身体から炎が上がっていた。普通は炎が自分に影響しないようにすることはできても、術者自身が燃えることはない。というかそんなことをすればいくら火炎魔法の使い手でもただじゃ済まない。お前が俺を殴った瞬間、確かに炎に触れていた。それなのにお前の手には何の異常もない。ただの火炎魔法ではないと考えるべきだ」

「だからって魔女だと思うかねェ……」

「魔女と言われてお前達全員動揺しただろう」


 そう言ったキーランの目は私とエイダだけでなく、リーヴェにも向けられた。全く気付いていなかったけれど、どうやら彼もまた動揺していたようだ。


「リーヴェ、エイダが魔女だって知ってたんだ?」

「当たり前だろ」


 私に答えたリーヴェはちょっと誇らしげだった。そうだ、民族至上主義の彼はエイダ至上主義でもある。単なるエイダ大好きっ子レベルだと思っていたけれど、私が聖職者として教会に入った後に重症化したらしい。


「あの子大丈夫?」


 私がこそっとエイダに問いかければ、エイダは「意外とマトモだぞ?」とどうでも良さそうに答えた。


「ま、たまにクソうぜェけどな。けど面倒事全部やってくれるから気にしないことにしてる」


 それ本人の前で堂々と言っていいのかな、とリーヴェを見れば、彼は少し照れ臭そうにしていた。意味が分からないけれど、この分ならエイダの発言は気にしていないのだろう。

 なんて無駄話をしていると、キーランが「もう少し緊張感を持てないのか……」と険しい顔をした。


「この国で魔女でいることがどういう意味か、分からないわけじゃないだろう? その存在を秘匿するということもな」

「脅しですか?」

「いや?」


 キーランが顔の右側に不適な笑みを浮かべる。左側は痛いからか、それとも動かないのか。どちらか判断する前にキーランが言葉を続けた。


「魔女がここにいる理由は聞かない。今はな。ここはレッドブロックだから何が出てきても不思議じゃない」


 そこまで言うと、キーランは視線を強くした。


「それよりも水門だ。早く話せ」


 キーランから威圧的な空気が漂う。それがもたらす緊張感にリーヴェが喉を動かす音がした。そして、エイダがそっと私に顔を近付ける。


(すげ)ェな、こいつ……顔面爛れてんのに話したいこと一切変えねェとか……(こわ)

「ね。ヤバいよね」


 肩を摩りながら言うエイダに、私もうんうんと頷く。そんな私達を見たキーランはうんと顔を顰めて、「誰のせいだと?」と苛立った声で唸った。



 § § §



 結局、キーランには水門の件を話すことにした。彼が中層以下を確実に沈めるために情報を欲しがっているかもしれないという疑いは完全に消えたわけではないけれど、あんな怪我をしても状況の改善を口にしている以上、その発言を全く信じないことなんてできなかったからだ。

 でも勿論、詳しく話したわけではない。教えたのは概要だけで、残りは浄化槽を見せただけ。エイダが魔女だとバレているから、もう魔女の魔法の痕跡を隠す必要もない。そしてそこでエイダにキーランの気を引いてもらい、私は彼らから離れた場所に行って魔女の魔法で水門を開けた。


 私が離れようとした時にキーランは訝しんだけれど、リーヴェに個人的な用があるからと言い訳して引いてもらった。ちなみにあんな奴に個人的な用なんてない。だけど水門の場所はリーヴェも知っていたし、私は魔女の魔法を使うためにキーランから離れなければならなかったので、エイダに言われて渋々帰路に着いた彼と一緒にその場を離れ、水門まで案内してもらったのだ。

 道中嫌味を言ってくるすずめちゃんを躱し、水門の場所を聞いた後はさっさと帰らせた。彼には私が魔女だと教えていないし、あんまり長く一緒にいてもお互いストレスが溜まるだけだからだ。


『お前はもっとエイダに感謝しろ』


 これと似た発言を別れるまでに何度されたか分からない。『してるしてる』と適当に答えていると、とうとうリーヴェはキッと目を吊り上げた。


『コキ使ってるだけだろ! 大体エイダだってなんでいつもお前なんかに、』

『はいはい、分かった分かった』

『〝はい〟は一回! 〝分かった〟もな!』


 発言内容どころか、受け答え方にも文句を付けられてはたまったものではない。もうこれは話を逸らすしかないと悟った私は、リーヴェの方を向いて大袈裟に両手を広げてみせた。


『でもエイダが私の頼みを聞いてくれるのは器が大きいからだよ。他に理由ある?』

『ない』

『なら解決。我儘な私がいることでエイダの度量の大きさが周りにもよく分かるし、そんなエイダによく頼られてるリーヴェが彼にとって必要不可欠な存在なんだってことも、みんな納得してくれると思うよ』

『それは……ふふっ』


 思い切りニヤけたリーヴェの顔はなかなかに腹立たしかったのだけど、お陰で鬱陶しい絡みが減ったので私はその後も水門に辿り着くまで彼とエイダをよいしょし続けた。非常に面倒臭かったけれど、変に噛みつかれ続けるよりよっぽどいい。


 そんなこんなで意味のない会話をし続けたリーヴェと別れ、水門を開けてから二十分ほど。私はきちんと徒歩でエイダ達の待つ場所へと戻った。

 ルイーズからの下水はもうとっくに浄化槽に辿り着いているだろう。遠目で見る限り二人が揉めている様子もないし、何か問題が起こっているようにも思えないけれど、実際に見てみるまでは安心できない。


 そうしてそわそわしながら歩いていくと、私に気付いたエイダが「大丈夫そうだぞ」と頷いてみせた。


「自分で見たかったのに!」

「怒るなよ。別にいいだろ、変わらないんだから。ほら、そんなに見たけりゃ今見ろ」


 呆れた様子でエイダが私に場所を譲る。それに文句を言ってやろうと思ったけれど、譲られた場所から見たものに私の些細な怒りはすうっと消えていった。


「お、大丈夫そうだね」

「だから言っただろ」


 再び呆れ声で言ったエイダに適当な相槌を打ちながら、足元の浄化槽を見つめる。そこには作った時とは比較にならないくらいに大量の水が流れ込んでいて、それらが浄化槽に入ったそばからどんどん綺麗になっていく光景が広がっていた。


「ああ、良かった。浄化が追いつかなかったらどうしようかと思った」

「この水どうすんの?」

「後で考える。そのまま捨ててもいいけど、綺麗な水だから使うこともできるしね」


 エイダと話していると、同じように浄化槽を見ていたキーランが「凄いな……」と零した。


「だが足りるのか? この程度の水を逃がせても、貯めるばかりじゃ今の雨量は凌ぎきれないだろう。後で考えると言うが、そんな余裕はないのでは?」


 そう問いかけてくるキーランが明らかに複雑そうなのは、彼はもうこの浄化に光魔法を使っていると知っているからだろう。明言したわけではないけれど、他国で光魔法の魔法陣を学んだと言っていたから、この浄化槽の中で起こっていることは理解できているはずだ。

 本来であれば、彼は私に光魔法は使うなと言わなければならない。でも今ここで光魔法の使用を禁止すればレッドブロックに下水が溢れる。そうならないためには水門を閉じなければならず、結果としてルイーズが国の目論見どおりに沈んでしまうから見なかったことにすると決めたようだ。


 それでも、キーランだって国の人間。法律を遵守しろと言う側の彼にとって、すぐに受け入れられるものでもないのだろう。抜け道を使うことは躊躇いなくやるタイプだとは思うけど、今回の()()は全く以て抜け道じゃない、堂々たる法律違反だ。

 光魔法の行使に魔女の存在、そしてその秘匿。ついでにルイーズの下水道に勝手に手を加えたこともきっと罪に問える。キーランはこの短時間でこれだけの罪を目の当たりにし、そして見逃す判断をしたのだ。全てレッドブロックで起こったことだからという言い訳はできるだろうけど、正直私が彼の立場だったら頭が痛くなりすぎてそのまま気絶しそう。


 なんてことを改めて言ってもしょうがないので、私は考えていたことを頭の片隅に追い払った。そしてキーランの質問を思い出して、その答えを用意する。この浄化槽がこれで足りないんじゃないかだなんて、私だってとっくに考えたのだ。


「同じ浄化槽をあと何箇所か追加しています。そこも全部使えるようにしたら一日は持つはずですよ。その間に排水をどうするか考えて対応すればこの雨が降り続いても耐えられる。だから問題ありません」


 その答えにキーランは納得したらしい。軽く頷いて、考えるように口元に手を当てる。顔の怪我の有り様とその仕草が合わなくて、いい加減応急処置くらいはしないのだろうか、と私の眉間に力が入った。ちなみに少し前に申し出てはみたのだけど、こんな怪我なんてどうでもいいと断られてしまったのだ。

 宮殿に帰ってからも同じことを言うのだろうか、なんて彼の周囲の反応を想像していると、キーランが「それと中層の氾濫か」と呟くのが聞こえてきた。


「中層でも同じように水を逃がす方法があれば、被害を最小限に食い止められる」


 安心した様子のキーランに、エイダが「それは俺らの仕事じゃねェぞ」と咎めるように言った。


「ここの処理を追加したのはあくまでレッドブロックを守るためだ。上のことは自分でどうにかしろ」


 エイダに言われて、キーランが眉根を寄せる。エイダのこの発言はレッドブロックの人間としてのものだ。キーランもそれは理解しているのか、「分かっている」と頷くと、真剣な目をエイダに向けた。


「それでも、手伝ってもらうことはできないか?」

「あ?」

「お前達は冒険者だろう。正式に依頼をするから、受けてもらうことはできないだろうか?」


 キーランの提案にエイダは嫌そうな顔をしただけだったけれど、私は結構驚いていた。何故ならキーランの立場でそんなことをするなんて危険すぎるからだ。


「いいんですか? あなたがルイーズに魔女と光魔法の使い手を入れて」

「やむを得ないだろう。勿論、この依頼によるルイーズでの活動は一切罪に問わない。仮に魔女の力や光魔法を使ってもな」

「たった小一時間で随分悪い人になりましたね」

「……それでルイーズの住民が救えるなら仕方がないさ」

「ご立派なことで」


 嘲るように鼻を鳴らしてみせる。するとキーランも少し悪い顔になって、「お前にも関係のある話では?」と続けた。


「このまま放っておけば教会区域も沈むだろう。いくらあそこは造りが特殊とはいえ、上層から下層全てに跨っているからな」

「あそこはどうせ上層側に避難して終わりですよ。あなたもそれが分かってるから、そんな()()()みたいな言い方なんじゃないですか?」

「ああ。しかしそこまで気にしていないとなると、お前の家が沈むと言っても無意味か」

「無意味ですね。まあそれでも、あなたが本名で依頼を出すなら考えますよ」


 我ながら意地悪なことを言ったな、と顔に笑みが浮かぶ。でもそれは罪悪感なんて微塵もないもので、発言のとおり悪意に満ちた笑みになっているだろう。

 現にキーランは私を見てピクリと眉を動かした。でもそこは流石皇族、普段から感情を隠すことには慣れているのか、その変化は一瞬で消え去った。そして先ほどまでと変わらない表情で「構わない」と答えた。けれど――


「……と言いたいところだが、それはできない」


 続いた言葉に、自分の顔に力が入るのを感じた。

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