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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第三章 蝕む堕落は誰のもの
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【Ep11 聖なる魔女と溢れた願い】11-4 不服な役目

 自治会に寄った後も色々見て回ったけれど、結局動物の首無し死骸の件で得られた情報はあまり多くはなかった。

 犯人に関する手がかりがないのはまあいい。だけど動機というか手法というか、そういうものとして創作が絡んでいる様子がないのは本当に想定外だったから肩透かしを食った気分だ。


 それからもう一つ想定外だったのは、ルイーズで魔女探しがそれなりの規模で行われてしまっているということ。

 街中を冒険者達が練り歩き、怪しい人間がいないか目を光らせている。少し話を聞いてみたところ、彼らの目的は魔女よりもお金らしい。安全なルイーズの街での魔女探しという依頼は、危険度としてはかなり低い。魔女が見つからなければ報奨金は出ないけれど、そもそも経費もほぼかからないから他の良さそうな依頼までのつなぎとして散歩がてらやっている人が多いようなのだ。

 ちなみにレッドブロックの方は別。あそこは危険だから、そこまで探しに行く人達は一攫千金を狙っているらしい。エイダがさり気なくレッドブロックにはいなかったという噂を流しているみたいだけど、レッドブロック出身者の話と思われない程度にしかできないからあまり効果は出ていないようだ。


 そういった状況だけど、それでもお金を目的とした冒険者しか動いていないのは幸いと言えた。

 この五十年、魔女や悪魔に関する創作が普及しなかったお陰か、住民は魔女をあまり恐れていないらしい。一連の事件が変質者ではなく魔女の犯行だと疑う程度には魔女を信じているけれど、その魔女がどんな存在かという具体的なイメージを持っている人はほとんどいないのだろう。


 なんだかおかしな話だけど、これでいい。もし住民が魔女を恐れ始めたらその先は地獄だから。

 無実の者が疑われ、裁判にかけられ、そしてあの森に送られる――五十年前、私の身に起きたことが繰り返される。それで事件が収まれば解決、首無し死骸が出続ければ不幸な人間もまた増える。


 正直なところ、気分は悪いけれど他人のことなんかどうでもいい。どうでもいいけれど、あまり本気で魔女を探されれば困るのは私だ。

 だから犯人の目的がどうであれ、人々が魔女を本気で恐れ始める前に事態を収拾する必要がある。


 とはいえ、今のこの状況では犯人探しに魔女の魔法は使えない。冒険者の誰かが魔女の痕跡を探しているかもしれないからだ。

 いつも使う風魔法も、あれは精霊の手を借りていると見せかけて実際は魔女の魔法。風魔法は広範囲の捜索に向いているけれど、同時に魔女の魔法の痕跡をそこら中に残してしまう。そう長く残るものでもないものの、どうせ見つからないだろうと高を括るのは愚かでしかない。


 魔女の私が悪魔の力に頼らず使えるのは神聖魔法、というか光魔法だけ。でもあれは捜索には向かないし、そもそもこの国で光魔法なんて大っぴらには使えない。

 それがルイーズなら尚更だ。教会の人間が見れば一発でそうと気付かれてしまう。そうなれば魔女バレとはまた別の方向で面倒臭いことこの上ない。


「――というわけで、よろしくねルルベット」


 自治会に行った翌日の夜。これまでに把握した状況を説明し、私は目の前のルルベットに微笑みかけた。「はい!」、元気の良い返事は彼女の長所。いつもどおり魔術師らしい格好をしたルルベットは、何故か額に手を当てて敬礼のポーズを取りながら背筋を正した。


「……なんでこいつがいるんだよ」


 そう嫌そうに言ったのはエイダだ。でもここはレッドブロックじゃなくて、ルイーズの中層。そんな場所でエイダと会うのは実は初めてだったりする。ギルドが中層にあるからエイダ自身は割と出入りしているらしいけれど、私が彼と一緒に来たことがあるのは下層までだ。


「僕が呼んだんだよ。文句ある?」

「いや……」


 シエル()が言えば、エイダは気まずそうに目を逸らした。古ぼけた椅子に座った彼は行儀が悪く、四本脚の椅子に後ろ二本の脚だけで自分の体重を支えさせている。「その椅子古いから壊れるよ」という私の注意に、エイダは「そん時ゃ立てばいいだろ」と謎の返事をした。暗に壊すなと言ったのにうまく伝わらなかったらしい。

 そんな察しの悪いエイダは周囲を見渡して、「つーかここ何?」と怪訝そうな顔で私を見上げた。


「ん? 空き家」

「そりゃ見れば分かるんだよ。でもここ中層だろ? なんでお前がそんな場所の空き家を知ってるんだって俺は聞きてェの。あと我が物顔で使ってて平気なのかってのもな」

「中層の自治会が貸してくれたんだよ。多少汚くてもいいから誰にも邪魔されない場所が欲しいって言ったら、ここを好きに使っていいって。家主が亡くなっちゃったから自治会が一時的に預かってるんだってさ」

「へェ、気前いいな。でも大丈夫なのか? ここ普通の居住区域だろ。聞き耳立てられたりしねェの?」

「それは防音用の魔道具置いてるから問題ないよ。あとここ崩れそうだからってことで、住民には避けられてるみたい」

「……それは最初に言ってくれよ」


 エイダは顔を引き攣らせると、梁や天井に視線を這わした。「あー、あそこ腐ってんな……」と嫌そうに言って、「で、」と再び私に視線を戻す。


「なんでこの女呼んだわけ?」


 エイダはよほどルルベットが苦手らしい。私が呼んだからという理由じゃ納得しなかったようで、何故彼女をここに呼んだのか知りたいようだ。


「シエルさんから楽しいことがあると伺いましたので!」

「お前に聞いてねェよ。どうせその〝楽しいこと〟って嘘だろうし」

「そうなんですか!?」


 ぐい、とルルベットが私に詰め寄る。近い、非常に近い。同性だからか先日のおじいさん達ほど嫌悪感はないけれど、代わりに圧迫感が凄い。


「悪魔召喚の現場に立ち会えるかもしれないのは、楽しくない?」


 にっこりとルルベットに微笑みかける。エイダが「それ可能性低いんじゃなかったっけ……?」と呟いているのが聞こえたけれど無視だ。確かに可能性は低いけれど、創作物から刺激を受けた犯行ではなさそうというだけで、悪魔召喚のために首無し死骸を作っているわけではないという話にはなっていない。


 ということをエイダに説明するのは面倒だから置いておこう。それよりも今はルルベットの反応の方が大事だ。今回彼女を呼んだのは当たり前だけど必要だったから。ここで興味がないと帰られてしまえば少々困ってしまう。

 でもそれは杞憂だったようで、悪魔召喚という言葉を耳にしたルルベットはパアッと顔を輝かせ、「楽しいです!!」と両手で鷲掴んだ私の手をぶんぶんと振り出した。……いつの間に持たれたんだろう。まあ、手を振り回すために顔の距離が離れたのは嬉しいけれど。


「あれ? 悪魔といえば、猫ちゃんは今日いらっしゃらないんですか?」


 ルルベットがはたと動きを止める。ついでに私の手も解放された。


「ん? ああ……最近は別行動が多いから」


 先日の自治会訪問の後、サリはまたふらっと姿を消してしまった。せめてお礼は言いたかったのに、声をかけようと人目に付かない場所に入った途端、彼はその場から去ってしまったのだ。魔女の魔法を使う時は力を貸してくれるけれど、それ以外は本当に姿どころか気配も感じない。


 ……と、普通に思い返していたけれど、少し待って欲しい。


「うちの猫が悪魔だって、ルルベットに言ったっけ?」


 表向きサリは猫に良く似た魔獣ということになっている。なのにルルベットは悪魔と聞いてサリを思い出した。つまり彼女はサリを悪魔だと思っているということだ。


「聞いてませんが、魔女さんと一緒にいるってことはそうなのかなって。特にツヴァイルルスは気位が高くてあんなふうに人には滅多に懐きませんし、相手を威嚇する時は声だけでなく手も一緒に出ちゃうくらい気性が激しいんです。なのにちゃんとお行儀良くできるってことは相当躾が行き届いているか、猫よりも更に知恵のある何かが擬態しているのかと思いまして!」


 ふんっと鼻息荒くルルベットが語り出す。ツヴァイルルスというのはサリが変身している姿のことだ。割とどこにでもいて、田舎だと時々野良猫に混ざっていることもある魔獣。人間には猫と括られてしまうくらい一般的な魔獣だから怪しまれることもないと思っていたけれど、どうやらルルベットには違うらしい。


「……そんなに人間といると不自然なの?」

「極稀に人慣れする子もいるみたいですけど、野良猫の王様ってあだ名が付くくらいですからだいぶ珍しいですね」

「王様ッ! くっ……」


 ルルベットの言葉に噴き出したのはエイダだ。ぷるぷると肩を震わせ、「野良猫のっ……王様っ……」と笑い続けている。私も顔に変な力が入っちゃっているけれど、サリに知られたら怒られそうだから我慢した。今度エイダに腹が立ったら告げ口しておこうと思う。


「ま、人間といるのが有り得ないって話じゃなければいいや。それよりあれ、持ってきてくれたんだよね?」


 ルルベットが想定外のことまで気付いてしまうのはもう気にしてもしょうがない。というわけで私は彼女に本題を切り出すことにした。


「勿論です!」


 元気良く答えて、ルルベットが鞄を漁る。すると中から出てきたのは台座にくっついた黒くて丸い玉。ラムエイドでの探索に使った魔道具と見た目はそっくりだけど、サイズが違う。

 以前のものはルルベットの手の中に収まる大きさだったけれど、今回は両手で抱えなければならないほど大きい。だけどやれる事は一緒、違うのは探索範囲だ。小さいものは半径一キロの範囲しか探れなかったけれど、この大物は三キロ近くまでいけるらしい。この場所で使えば中層はほぼ見ることができる。


 何故こんなものを持ってきてもらったのかと言えば、魔女の魔法が使えないからだ。魔法が駄目ならこういった魔道具に頼るしかない。

 でもラムエイドでルルベットが使うのを見た時、これはそれなりの経験がないと魔力の反応を精査できないと理解した。だからわざわざ他の街にいたルルベットを探して、超特急でルイーズまで来てもらったのだ。まあ、こんな大きなものがあるのは予想外だったけど。


「でもこれだと人間は全部見えちゃいますよ?」


 目線で魔道具を示しながらルルベットが言う。これは一定以上の魔力を持っていると映る仕組みだから、人間も映って当然だ。でもそれは元々想定内。


「構わないよ。住民に夜は出歩かないようにって自治会長さんに呼びかけてもらったから」


『――頼みがあるんですけど』


 そう、昨日自治会に行った時にお願いしておいたのはこれ。だからみんな夜は家の中にいるはずで、出歩いている人がいれば目立つだろう。全員が全員自治会の指示に従うとも限らないけれど、何もしないよりはよっぽど確認が楽になっているはずだ。


「でも見分けはどうするんだ? ただの見回りの冒険者かもしれないだろ」


 事情を把握してきたらしいエイダが首を傾げる。私はそんな彼の方を見ると、「ふっふっふっ」と人差し指を立てながら笑ってみせた。


「それを考えてないはずないでしょ?」

「あ?」

「これです」


 そう言って取り出したのはマナクリスタル。先日エイダに渡したものとは別で、どこでも買える安物だ。ちなみにこれは自治会に用意してもらった。

 マナクリスタルは魔力を込め直せば壊れるまで何回でも使えるのだけど、小さく質の悪いものに関しては使い捨てにする人が多い。そしてマナクリスタルそのものが希少なこともあって、空になったものは自治会が新しいものと交換する形で回収しているのだそうだ。今回、空でもマナクリスタルがあったら嬉しいなと言ったら、自治会長さんが必要量を貸し出してくれた。


「僕が魔力を込め直したマナクリスタルを、自治会で雇ってる見回りの冒険者に持ってもらってるんだ。これを持ってれば魔道具での映り方が変わるはずだから、冒険者に関してはわざわざ近くまで行って確認しなくても大丈夫。って言っても別口で魔女探ししてる人は別だけどね。でもまあ、そういう人達は動きで分かるでしょ」


 私が説明すると、エイダは呆れたように「手の込んだことすんなァ……」と零した。それでも納得はしてくれたらしく、魔道具を見ながら小さく頷いている。

 しかしふと思い出したように目を瞬かせると、「けど魔道具って動かすのに魔力いるだろ?」とこちらに視線を戻した。


「街全体見るだなんてすげェ量なんじゃねェの? そっちのマナクリスタル足りるのか?」

「そんなの必要ないよ」

「は?」


 不思議そうにエイダが首を傾げる。けれど数秒して、何かに気付いたかのように「……おい待て」と顔を引き攣らせた。


「まさか俺を呼んだのって……」

「今回僕らはただの魔力源だよ。犯人が見つかるまでね」


 私がにっこりと答えれば、エイダはうんと顔を歪めた。


「おっまえ……! 本当そういうとこ! どうにかしろよ、いい加減!!」

「エイダ、自分の立場忘れた?」


 私がお師匠様だぞと言い含めて笑いかければ、エイダが苦々しい顔で言葉を止める。口がパクパクと動いているのはまだ言いたいことがあるからだろう。だけど言うに言えないらしく、百面相よろしく顔面の動きでのみ気持ちを表現している。


 そんな彼に喜んだのはルルベットだ。「何やらただならぬ関係があるんですか!?」と、恐らくはただの知的好奇心でエイダに問いかけているけれど、当のエイダ本人にはもう彼女を避ける気力もないらしい。


「……お前ら嫌い」


 そうぽつりと呟いて、エイダは埃まみれのテーブルに突っ伏した。

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